あなたを忘却する方法
※高虎と嘉明
シリアス。
秀長の死ねた注意です。


俺は、そのとき泣くことを忘れた。

「ひでなが、さま」

白い布は、何のしるし?
香るのは彼の好きな花の香で、胸元に置かれた脇指は、彼が生涯使わなかったものだ。

「は…はは、秀長さま!なんて事されてるんですか、布をお顔に置かれてしまったら、息が出来ないじゃないですか」
「秀長さま、ほら。餅、一緒に食べましょうよ。高虎の餅はうまいと気に入ってくれたじゃないですか」
「俺が丹精込めてついた餅なのですよ」
「ねえ、外は晴れですよ。外へ出て、お散歩でもされませんか」
「俺もお供致しますゆえ」

動かない彼を見て、なんとなくだが悟った。

死んだ。
彼は、死んだ。

震える指で布を取り去る。いつも一つに結っていた髪はそのままで、流れた毛先が布団の上に散らばっていた。

肌は以前と変わらず、色白で温厚そうで柔らかで。
けれど、まぶたは動かないし、唇も乾いてしまっているし、ああ、それより何て顔色をしているんだ。こんなでは倒れてしまうだろう。

……倒れるわけ、ない。
もう立った状態から倒れることすらできないのだ。

死に対することには、俺は今まで冷静だったが、秀長さまが亡くなったということには冷静にはなりきれない。
目の前はぐらぐらと陽炎のように揺れていた。
それなのに栓がされたみたいに涙はでなくて、俺は薄情者なのかも。そうだと思う。

なんだか妙で、俺はその人の前から去った。何度も何度も転びかけた。足ががくがくとして、なかなか進むことが出来なかった。



どこかへ行こうと思った。
…そうだ、川へ行こう。
川で、何も考えずにいるのがいいかもしれない。
いつの間にか目が覚めたら、目前にはあの人がいて、いつもの笑顔で言うのだ。

「高虎、こんなところで寝ては、風邪をひいてしまうよ?」



川につくと、俺は水に脚を浸けた。
寒空の下、といっても風はそんなに吹いてはおらず、天気も良い。
川を泳ぐ魚を驚かしてやろうと思ったのだが。
冷たい。ぴり、と足の皮が引きつる気がする。神経がしびれて、なんだか寒いのか熱いのかもよく分からなくなった。

えい、と立ち上がって川に入ってみる。
ずぶりと腰まで入った。濡れる。冷たいが、深いところはそんなに冷えていない。

「藤堂」

名を呼ばれて、ふと後ろを見たら見知った顔があって、自分が驚いてしまう。

「…ええと、確か嘉明じゃないか」
「……こんなところで」
「今日は良い天気だな」
「………馬鹿みたいだ」
「あはは、そうか」

彼も知っているのだろう。
加藤嘉明もあの人のことを敬愛しているから、俺と似通ったところがあるのかもしれない。性格は全然違うが、あの人とそれに通じる事柄の印象はなんとなく一緒のような気がした。
だから、川に来た。
あの人が死んだから、川に来た。


ぱた、と川の水がはねたのか、俺の頬が濡れる。
手を伸ばしてぬぐえば、それは筋を作っていて、辿れば目に行き着く。

俺は、やっぱり泣きたかった。

そう実感した途端、涙が濁流のようにあふれた。

それは止まることを知らない。

うその泣き方は習ったけれど、出そうと思えば、出すことも出来るけど。
一度本気で箍が外れた涙のとめ方なんて俺は知らない。
だれも教えてくれなかったよ。いや、確かに教えてくれた人はいたが、その人自身はもういない。箍の外れた理由が彼だったのだから。
泣き止む方法を教えてくれたあなたが、俺を泣かせてどうするんですか秀長さま!

水を手でかきあげる。指の間には隙間があるから、水はそのまま川にかえる。
ぱしゃんと水が跳ねた。嘉明はそんな俺をじっと見つめてから、指先を川につけてはかき混ぜた。

川はまるで秀長さまだ。
透明で、すくうことは難しい。少ない部分なら何色にでも染まる。血の色にだって。
けれど一度川に返せば、何も知らなかったみたいに無色に戻ってしまう。

そんな彼を俺は素敵だと思っていたし、ついていきたいとも思っていた。自分の全てを預けることができるくらいの信頼があるのは、いままでの君主の中でも秀長さまだけだ。
けれど彼は、あまりにも早く俺の前からいなくなってしまった。


俺はまさしく、血や泥みたいな人間だった。もちろんそれが嫌だった。
秀長さまを汚す気がしていたから。けれど彼はそれを笑い飛ばしてくれた。だからもう、血でも泥でも構わない。
それでも構わないから、秀長さまが生きそびれた分を、俺は俺として生きるんだ。彼が俺を救ってくれたみたいに、今度は俺が彼を…救うなんてできないが、少し足しにできたらいい。

血も泥も、川に返れば見えなくなるから。
彼なら昔みたいに笑って許してくれる気がするから。

「俺は秀長さま、あなたが大切だった」
「…………藤堂」
「俺は生きます。目一杯生きます。……だからそちらに行った時には、俺を誉めてください」

聞こえたのか否かは分からないけれど、聞こえていたらいいと思う。
いつかみたいに笑って、良く頑張ったねと彼が言ってくれるまで、少しの間俺は生きようと思う。



修正して再録。
大和郡山主従、いいですよね‥!


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