「…っはぁ、はぁ」


先輩たちから逃げるために必死で走って、気付いたらあたしは校門前の花壇の所へ来ていた。





花言葉 07





荒い息を整えながらも花壇に視線を向ける。昨日と変わらない。踏まれてぐしゃぐしゃにされたマリーゴールド。あたしが一生懸命育てた可愛い可愛いマリーゴールドがあるだけ。


「ごめんね…」


ごめんね、マリーゴールド。あたしのせいでぐしゃぐしゃにされちゃってごめん。守ってあげらんなくてごめん。
あたしは目を瞑ると何度も謝った。


「おやおやこれは…酷いことをする人がいるもんだねぇ」


驚いて、思わず瞑っていた目を開けて振り返った。
そこには麦藁帽子を被って軍手をし、手にはスコップを持った用務員のおじさんがいた。


「いつもこの花壇を世話してくれていた太田さんだね。これは…誰かにやられたのかい?」


この用務員さんとは話したことがある。この花壇の世話を引き継ぐと決めたとき、一度だけ花の世話の仕方を聞いたんだ。
まさかあたしのこと、覚えているとは思わなかった。
用務員さんの質問に、あたしは小さく頷くだけの返事をする。


「そうか…どれどれ、少し見てみようか」


そう言ってあたしの隣に腰を下ろすと優しくマリーゴールドを触りはじめた。その手をしばらくジッと見ていると、不意に手が止まる。
視線を上にあげるとおじさんはにっこり笑っていた。


「うん、ほとんど大丈夫だ。少しだけ、抜かなきゃいけないものもあるが、ほとんどはきちんと植えなおせばまた元気になるよ」
「っほ、ほんと!?」


マリーゴールドがまた元気になると言う嬉しい情報に声を高くして聞くと、用務員さんはコクリと頷いた。


「あとはね、これとかこれとか…このへんのは、割と大丈夫だけど草姿が崩れているからピンチをしたほうがいいかもしれない」
「…?あ、は、はい」


マリーゴールドの世話に関するアドバイスをもらったみたいで、だけどあたしは水遣りくらいしか手入れをしたことなんかないから何のことだか分からない。


「用務室にハサミがあるから、持ってきてあげようか?」
「え、あ、や、…はぁ」


何のことだか分からないままどうやら話が進んでるようで、どうしようどうしようと若干冷や汗をかきながら曖昧な返事をしてしまったそのときだった。


「俺がピンチしますんで、ハサミを貸してもらえますか?」
「…おお、精市くん!」


あたしと用務員さんの間に、誰かが割って入ってきた。
そう、幸村先輩。
ユニフォームを着てジャージを羽織り、頭にヘアバンドをつけた部活スタイルの幸村先輩だった。
用務員さんは幸村先輩のことを知っているようで、先輩の名前を呼ぶと嬉しそうに「分かった」といって事務室へ行ってしまった。


「ゆ、幸村先輩…あの…」
「俺の趣味はガーデニングなんだ。だから任せてよ」
「いや、そ…」


そうじゃなくて。
先輩は、「俺がピンチをする」といって間に入ってきた。
一体いつからあたしと用務員さんの話を聞いていた?
あたしの言いかけの言葉を待ってるのかなんなのか、幸村先輩はマリーゴールドの花を植えなおしながらも何も喋らない。
仕方なしにあたしもマリーゴールドを植えなおしはじめた。


「キミが、この花壇を手入れしていたんだね」


それもつかの間、急に幸村先輩が話し出してあたしは思わず作業の手を止める。


「は、はい…」
「意外だね」


意外って…あ、あたしみたいなのが清楚に可憐に花の世話をしてたらおかしい、ってこと?
ちょっとムッとしながらもまた作業を再開しながら返事をする。


「そうですかね?あたしは幸村先輩がガーデニングっての方が意外ですけど」
「そうかい?よく、やってそうって言われるけど」
「幸村先輩、意外と性格ひねてますもん。似合いません」


あたしがそう言った瞬間、今度は幸村先輩の手が止まって、そうかと思えばクスクスと笑い出した。


「な、何を笑って…」
「ふふ、いや、なんかバレてるなぁって思って」


それを言うなら幸村先輩だよ。
会った初日に負けず嫌いなとことか大丈夫って言ってしまうとことか色々バシバシ当ててきてさあ。


「ね、香奈ちゃん」
「なんですかー?」
「ここに来るまで、誰に呼び出されてたの」


一瞬空気が止まった。
ドクンと心臓が大きく脈を打って、チラリと視線だけ右へ向けるとバチリと幸村先輩と目が合った。

幸村先輩は、真っ直ぐあたしを見つめていた。



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