なんだか予想と違ってた。 あたしのイメージでは呼び出しなんてするのはもっとキツめの、鼻がもげそうな匂いのする香水でもふってそうな人だと思っていたのに、意外。 あたしの目の前であたしを真っ直ぐ睨んでくるこの人は、別に不細工ではないけど取り立てて美人でもない、普通の人だった。 「好きなの」 あたしを屋上の目立たない日陰に連れてきた先輩は、開口一番そう言った。 一瞬何を言われたのか分からなくて、頭にクエスチョンマークを浮かべていると、先輩はさらに眉間の皺を増やして繰り返した。 「私、好きなの。幸村くんのこと」 「…つ、つまり?」 「何で分かんないの。マネージャーやめて、幸村くんに近づかないでっ!」 なんだか愕然としてしまった。こういうことってあるんだなぁって。 彼女にとってこの呼び出しは、テニス部のマネージャーをするあたしへの羨望とか妬みじゃなくて。そうじゃなくて、マネージャーであるあたしと仲良くする幸村先輩への独占欲なんだ。 そういう人相手に、マキと柳生先輩の事情とか全国へ向けてのアシストとか、そんな理由は意味を成さなくて…。 「…先輩が、嫌がらせしてたんですよね?」 「そうだよ。友達に幸村くんと一緒に帰ってた二年を調べてもらって、あんたって分かって、嫌がらせした」 「…辞めたら、嫌がらせ、無くなりますか?」 「無くなるよ」 そうか。 辞めるしか無いんだ。 「嫌がらせ、止めてあげるから。だから幸村くんに…近づかないで」 あたしがマネージャーを辞めるのに、何の問題があるのだろうと思った。 元々あたしにマネをやる気なんかなかったんだ。マキの世話をする、そのためだけに入部して…。 第一幸村先輩にだって既に「辞めてね」なんて言われちゃってるし、入部して日は経ってないから別にテニス部に対して情があるわけでもない。 今なら簡単に辞めれる。 だけど、 「香奈ー、柳生先輩って知ってる?」 「やる気がないならさっさと辞めてね」 「あたし今超幸せ。マネがんばろーね!」 「放っとけないんだよね、香奈ちゃんのこと」 だけど… 「や…めま…せん」 「――っはぁ?」 ―バチンッ おそらく先輩が期待していたであろう言葉と正反対のあたしの返事に、ドスのきいた声と共にビンタが降ってきた。 さすがに暴力を受けるとは思っていなかったので、あたしは驚いて先輩の方に思い切り顔を向けた。 だけど、そのときに視界に入ってきた先輩の顔に、あたしはさらに驚くことになった。 「……っ、」 先輩は、ポロポロと涙を流して泣いていた。 さっきまでの怒りに歪んだ顔は何処にもなく、ただあたしを見つめながら泣いていた。 「…好きなの」 「ご、ごめんなさい。あの、あたし…」 「好きなの幸村くんが!あなたも幸村くんが好きなの?違うよね?どうして辞めてくれないの!」 先輩の意見はもっともだった。 あたしは別に幸村先輩が好きではない。 凄い人だということは知ってるけど、それだけ。それ以上でも以下でもない。 だったらこの人の…幸村先輩が好きだという気持ちを優先するべき。彼女の思いを無下にしてはいけない。 分かってる。分かってるけど…。 「…あたし、楽しみなんです」 「え?」 あたしはまだマネージャーを始めて日は浅い。 失敗も多いし、辛いこともたくさんある。 だけどテニス部のマネージャーは、それと同時に楽しみの一つになりかけてる。 ちょっとだけ、彼らのアシストをするのが、楽しいんだ。 「先輩の気持ちは分かります。だけどマネージャーはあたしがやりたいと思ったことなんです。あたしは…辞めませんよ」 「――ッお前、覚えてろよ!!」 ―バンッ!! 先輩は、思い切り屋上の扉を閉めて出ていった。これで先輩の嫌がらせは続くんだ。 「覚えてろよ」なんて言われて、何をされるのか正直怖い。 でも、それでも、あたしはテニス部のマネージャーを辞めたくないと思った。 花言葉 05 「香奈帰ろー」 「うん…」 あの先輩が屋上から去ったあと、とりあえずあたしは部活へ行った。 その時真田先輩に怒られそうになったけど、何故か柳先輩が助けてくれた。とりあえず感謝だ。 そして、部活が終わったあたしはいつもの通りマキと二人で校門へ向かっていた。 いつもならそんなに気にすることはない。 だけどその時は何故か、何故か無性に花壇のことが気になって、校門の脇に咲いてる花壇に目をやった。 「―――えっ…」 言葉を失った。 「香奈?どうし、――あっ!」 あたしの目の前に広がっていたのは…誰かの手によって故意に荒らされ、無惨な姿になった花壇だった。 「あれ、香奈ちゃんだ。固まってどうし――あれ、この花壇…」 あたしたちの後ろに幸村先輩が立っていたことに気付かない程、あたしの頭の中は真っ白だった。 「――ッお前、覚えてろよ!!」 → |