「切原、これどこ置いとけばいい?」
「あー、部室の横に置いといて」
「了解ー」


夏も終わり、季節は秋に移り変わろうとしていた。
まだ日光の元で運動をすれば汗ばむくらいには暑いけれど、それでも夕方になれば少し肌寒い。

そう、夏休みはとうに終わり、夏は終わる。全国大会も終わり、先輩たちも引退した。

全国大会の決勝、立海は負けてしまった。

でも、いいんだと思う。

先輩達が、彼が、精一杯全力でそれを追いかけられたのなら、いいと思う。





はてさて、そんなわけで全国も終わったわけで。
元々、あたしとマキがマネージャーをするのは全国大会が終わるまでの約束だったわけですが…。


「マネージャー、そこのボール入ってるカゴ持ってきてー」
「あ、はーい」
「あたし半分持つよ〜!」
「マキ、ありがと」


あたしたちはまだ、テニス部のマネージャーを続けてたりする。

本当はちゃんと約束通り、全国が終わったら辞めるつもりだったんだけど(柳生先輩も引退しちゃって意味ないし)、時期部長を任された切原に頼み込まれて、そのままマネージャーを続けることになった。

とか言いつつ、あたしとマキがマネージャーを続けたいなぁ、なんて思ってたことも事実で。正直、これからもと言ってくれて、嬉しかった。

以前と変わったこと。

あたしとマキが臨時マネージャーから正式なマネージャーになったこと。
先輩達が引退してしまって、なんと切原が部長になったこと。
そして…


「全く…いくらマネージャーだからって女子にこんな重いもの持たせるなんて、よろしくないね」
「っうあ!幸村先輩!」
「やぁ、香奈に会いに来たよ」
「…部員を見に来たんじゃないんですか?」
「んー、香奈に会う、ついでに」
「……っ」
「あ、照れてる」

「ゲ、幸村部長」
「ゲって何だい?赤也」


そう、幸村先輩がわざわざ毎日部活を見に来て、あたしにその…アプローチ、をしてくるようになったこと。

実は、全国大会の試合が終わったあとあたしは先輩に告白された。





「昨日、花壇で話したとき、やっと香奈へのこの気持ちが何か分かった」


前日に花壇の前で話したとき、試合の後に話があると言われていたから。神奈川に帰る前、試合の会場の裏に2人で抜け出した。


「本当は試合に勝って告げた方がかっこついたんだろうけど」


夕日に照らされ頬が染まり、真剣な顔で話す先輩は今まで見たどの男の子よりもかっこよかった。


「香奈が好きだよ。返事は今すぐじゃなくていい。…でも俺は、香奈と付き合いたいと思ってる」





正直、嬉しかった。
たぶん、きっと、あたしはずっと前から…ううん、初めて会ったときから。

先輩に惹かれていた。

先輩が、好きだった。

でも…


「ねぇ香奈、今日も一緒に帰れる?」
「あ…はい」
「ねぇ香奈」


するりと、あたしの両手を握る先輩。


「全国大会からもう1ヶ月くらい経つよね」
「…は、い」
「そろそろ、返事ほしいな、なんて」


あたしはまだ、先輩の告白に応えられないでいたりする。





花言葉 11





「マキ、あたし購買行くけど」
「あ、じゃあついでに白牛乳買ってきて!」
「はいはい」


今日はお母さんがお弁当を作ってくれなかったから、久しぶりに購買に買いに行くことに。
一応マキにも声をかけてみたけど、やっぱりついてくる気はないらしい。マキは基本的にはほとんど動かないからな。
そう考えると、マキがテニス部のマネージャーやってるなんて想像出来ない。恋って、すごいな。

そんなことを考えているうちにいつの間にか購買に着いていた私は、お気に入りのパン、立海名物かぼちゃパンを買おうと手を伸ばした。
そのときだった。

―トン、

かぼちゃパンを取ろうとしたあたしの手に、誰か別の人物の手が重なる。


「「ごめんなさ……あ」」


思わずその手を引っ込めて謝り、顔をあげた。
すると、そこにいたのは。


「…嫌がらせの!」
「…太田香奈!」


そう、夏休みに入る前、あたしに嫌がらせをしてきた先輩だった。


「…なに」
「え」


キッと睨みながら「なに」と言われると戸惑ってしまう。あたしは昼ご飯を買いに来ただけなんだけどな。

てか、この人、なんか怖くないな。

なんていうか、前よりも、あたしに対する雰囲気が柔らかくなったというか。分かんないけど。


「あー、お弁当、なくて。お昼買いに」
「…ふぅん。じゃあ買えば?」
「え、でも先輩も買うんじゃ」


そう、たぶん手が重なったということは先輩もこのパンを買おうとしていたとういことで。
何を隠そう、このパンは今日のラスト一個だったのだ。


「私はちゃんと弁当あるし。あんた買いなよ」
「…ありがとう、ございます」


なんか意外だったというか、拍子抜けした。
だって、あんなに嫌がらせしてきた人だし。
花壇まで荒らした人だし。

絶対譲ってくれなんかくれないと。


「えと、じゃあお言葉に…甘えます」
「うん」


おずおずパンを取ると、レジで購買のおばちゃんにお金を渡す。そんなあたしの動作を何も言わずジッと見てくる先輩。
なんか怖い。何も言ってこないのが、逆にとても怖い。


「それじゃあ…」
「あのさ」


ドキッと心臓が鳴る。
やっぱり、そう簡単に帰してはくれないのか。
そう思いながらゆっくり振り返ると、これまた予想外。

先輩は、少しばつの悪そうな顔でこっちを見ていた。


「あ、あの…さ」
「はい」

「ごめん…ね。あの…夏休み、前。嫌がらせ…して、さ」


先輩の口から聞いたのは、今日、一番予想外で一番驚きの言葉だった。

あたしがポカンとした顔で突っ立っていると、先輩はさらにばつの悪そうな顔になり、「それだけ」と言うと踵を返して教室に帰ろうとした。

その時、一気に今までの自分に納得した。してしまった。

幸村先輩のことが好きなはずなのに、返事ができなかった理由。


「ま、待ってください!」




あたし、ずっと引っかかってたんだ、この人のこと。

あたしに幸村先輩への気持ちを真っ直ぐ告げてきた先輩。

その気持ちを、間違った形であたしにぶつけた先輩。

なのに、いきなり、嫌がらせをやめたこの先輩のことが。


「あの、こんなこと聞くの変なんですけど」
「…」
「…なんで、急に嫌がらせをやめたんですか?」


先輩は一瞬何かを思い出したように眉を潜めて、キュッと唇を瞑り少し俯いて考えた後、ポツリポツリと話した。


「うん。実は…さ」



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