光る汗。揺れるユニフォーム。

キラキラ輝く、まぶしい夏。


「皆そろそろ帰って来るかな〜」


今日、立海大テニス部は全国大会の準決勝だった。でも、あたしとマキは試合を見に行ってない。

理由は簡単なことで、みんなが、幸村先輩が、勝つといったから。
今日の試合を勝って、そのあと、明日の決勝に備えて練習をすると言ったから。

あたしたちマネージャーは試合を見に行かず、学校に残って選手が帰ってきてからの練習の準備をしているのだ。


「うん。もうそろそろ帰って来るんじゃないかな」


やっとコートの整備を終え、ジリジリ容赦なく照らす太陽のせいで伝う汗を左手で拭いながら空を仰ぐ。

同時に、柳先輩の話を思い出した。

私は先日、柳先輩に聞いてみた。何故、幸村先輩は全国大会でまだ一度も試合に出ていないのか。


「あの、もしかして、幸村先輩ってまだ…試合に出るくらいに身体が良くなってないんですか?」


心配だった。だって、あんなに人一倍練習して、そんな先輩が試合に出れないのには大きな理由があるんじゃないかって。
だけど、柳先輩の返事はそれとは違った。


「ああ、それも確かにある。退院したばかりだし、無理はさせたくないからな。だけど、それだけじゃない。もう1つ」


あたしは、なんとなくもう1つの理由も気付いていた。


「あいつは、まだ――」


視界の端に、黄色い軍団が帰ってきたのを確認する。先頭には、幸村先輩。


「皆、帰ってきたよ香奈!」


ねぇ、幸村先輩。


「本当だ」


あたし、先輩に、話したいことがあるんです。





花言葉 10





「あたし明日応援するための旗作りたいから、先帰るね!」


そう言うや否や、マキはそそくさと家に帰っていった。
はじめは柳生先輩が試合に出ないのにやる気でないだの何だの文句言ってたくせに、結局張り切って応援旗なんか作ってんの。

あたしは、マキより少し遅れて帰る準備を済ますと、直ぐには帰らずある場所に向かった。

それは、花壇。今日は、まだ水をあげてなかったから。
花壇から一番近い洗い場の蛇口にホースを繋ぎ、そこから水を出して花にかけてやる。

キラキラ光る水滴。眩しい。


「香奈が水をあげてる所、初めて自分の目で見たよ」


背中に当たっていた太陽の光が、声と共に一瞬遮られる。
声のした方を向くといつもの如くの部活スタイルをした先輩が立っていた。

まだ、練習してたのか。


「そうでしたっけ」
「うん」


ポツリとそれだけ呟くと、先輩は屈んで優しい顔をし、マリーゴールドに触れた。まるで宝物でも触るように。
そして、視線はマリーゴールドに向けたまま、言葉を続けた。


「ねぇ。この花壇さ、半年前から急に手入れされなくなっただろ」
「あ、はい。…なんで知って」
「香奈が手入れするようになる前、誰がこの花を手入れしていたか知ってる?」


まるでその人を知っているような口ぶりに、あたしは何も答えず先輩を見つめる。
それはあたしが、長い間知りたかったことだからだ。


「それね、俺だよ」
「………っへ!?」


予想外の返事に、あたしは口をポカンと開けて間抜けな声を出してしまった。

え、だって、あたしはこの花壇を世話していた名も知らない人に少なからず憧れていて。
世話を勝手に受け継いだりして。

それが…その人が、幸村先輩?


「母が花を好いていてね。俺もガーデニングが好きになった。で、あの事務のおじさんにこの花壇を世話させてもらっていたんだ。半年前…」
「?」
「…半年前、病気で倒れて入院するまではね」


そこで、すべての辻褄がつながることに気付いた。

先輩は半年前の冬、病で倒れて最近まで入院していた。
花壇の手入れが急にされなくなったのは、半年前の冬。
そして、先輩はガーデニングが趣味で、この間もピンチなど、花の世話の仕方を知っているといっていた。

まさか、そんな…、あの美しく憧れた花を育てていたのが幸村先輩なんて。


「退院して、花壇なんてとっくにダメになってると思ったけど。…そこにあったのは、素人なりにもキチンと世話された花壇だった」


ずっと座っていた先輩は不意に立ち上がると、そっとあたしの頭を撫でる。


「すごく感謝した。お礼が言いたくて、でも誰が世話してくれてるのか分からなくて、最近やっと分かった。…香奈だった」
「……」


あたしの名前を言いながらとても綺麗に微笑む先輩に、思わず顔が赤くなる。これは、太陽の光でも暑さのせいでもなかった。

あたしの持つホースから、ずっと水が流れ出ていたことに気付き、水道の蛇口を捻って水を止める。
そして、幸村先輩の方を向き、あたしは、やっとまともに口を開いた。


「先輩、最近いつも1人遅くまで残って練習してますよね」
「?ああ、」
「なのに…先輩、全国大会、まだ一度も試合に出てませんよね」
「…ああ。」


あたしは手に持っていたホースを道の傍らに置くと、先輩の前まで行く。
そして、真っ直ぐ先輩の目を見ながら続けた。


「先輩、なにを怖がってるんですか」


ジワジワと蝉の鳴く声が耳に付く。先輩の目は、見開いていた。








「ああ、それも確かにある。退院したばかりだし、無理はさせたくないからな。だけど、それだけじゃない。もう1つ」

「あいつは、まだ――全力で試合をするのを、怖がっている」



そう、先輩はきっと、全力でテニスをすることを、怖がってる。

当たり前だと思う。
つい最近まで難病にかかり入院していて、手術だって最近行ったばっかりで。

だけど、だったらなぜ人一倍練習するのか。


「…迷いがあるんですよね」


体調を崩さないよう、制限してしまう自分。
残って人一倍練習してまで、テニスをしたがる自分。

そして、フラフラするそんな自分をやるせなく思っている。…先輩は、そういう人だと思うんだけど。


「…ほんと、なんで香奈にはバレちゃうのかな」


そう言って少し泣きそうな顔をする先輩。あたしは、先輩の手を掴むと花壇の前まで引っ張っていき、無理やり座らす。
そして、マリーゴールドを指差しながらたずねた。


「先輩、マリーゴールドの花言葉って知ってますか?」
「え…?」


先輩のおおきい手をギュッと握る。


「"生きる"って意味なんですよ」
「!」


そう、先輩が目指したのも求めたのもずっと一緒だった。
意思はいつだって、1つだった。


「身体のことを考えて制限するのも、思い切りテニスをしたいと思うのも、両方生きたいって意志じゃないですか。たったひとつの、先輩の意思じゃないですか。それをなんでやるせなく思うんです?素敵じゃないですか、それでいいじゃないですか、そんな先輩は、かっこいいじゃないですか!」


一気に捲くし立てて、荒ぶった息を整える。
ただのマネージャー、ただの後輩、ただの他人の意見。

だけど、それがすべてなんじゃないかと思った。

その瞬間、フッと、抱き寄せられる感覚。

目をパチパチと開く。


「うん、ありがとう」


あたしは、幸村先輩に抱きしめられていた。


「香奈の言葉が、すべてだ」


先輩はどうしてあたしの考えが分かり、あたしはどうして先輩の考えが分かるのだろうか。

もしかしたらそういう相手を、運命の相手と呼んだりするのかもしれない。




先輩は、全国決勝の試合に出るらしい。

そしてその試合のあとに、あたしに話があると言った。



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