しばらくおじさんの演奏とサヲリさんの歌声を聴いたり、二人が東京へ行ってたときの話を聞いたりしたけど、そろそろ暗くなるからということで、二人とは別れた。

おじさんとサヲリさんは、結婚…とかはしないのだろうか。

幸せに、なってほしいな。




「なんか、素敵な二人じゃったな」


二人と別れたあと、私と仁王はなんとなくベンチに座って夕焼けを見つめてた。
おもむろに呟いた仁王の言葉に、私は無言で頷く。


「おっさんの演奏、かなり良かったけどな。音楽の世界っちゅーのは、難しいんかのぅ」
「そうだね。サヲリさんの歌声も…綺麗だった」
「上手くいかんな」
「うん、」
「…」
「……」



夕日。5時のチャイム。カラスの声。暗くなる。二人との別れ。

色んな言葉がぐるぐる回って、仁王の雰囲気からも感じた。

今日が、夢の一日が、終わる。



「最後に…」
「え」
「海、行かん?」


そう言うや否や返事も聞かずに、彼は私の手を取って歩きはじめた。









夕日が沈みかけてる海は、キラキラ光っていて本当に綺麗だ。
生まれも育ちも神奈川だから、小さいころからよく海には遊びに来ていたけれど、私は、夕方の海が一番綺麗だと思う。

浜辺へ続く階段に仁王と並んで腰をおろし、海を眺める。まだ、手は繋いだまま。
磯臭い、潮の匂いが鼻を掠めた。


「森島。今日は、ありがとな」


少しの沈黙の後、仁王がポツリと零した言葉に、私は困った。
だって、元々仁王は被害者であって、迷惑かけたのはよう子であって、今日のはその罪滅ぼしで。

でも、そんなのは全部口実でしかなくて、今日は、私が楽しくて、幸せな日だったんだ。


「全然。何だかんだで、すっごい…楽しかったし」



仁王のこと、好きになれたし。そう思うと同時に、顔に熱がたまるのを感じた。




「…すまん、かったな。色々」

「いや、それは。こっちこそ、よう子が迷惑かけてごめんね」







「うん。……それはな、違うよ、森島」


違う。その言葉に、私は俯いていた顔を持ち上げる。

「え?」


仁王はあの、何を考えているのか分からない目で、あの妖艶な目で、私を見つめていた。


「多分、お前は、高橋が俺に迷惑かけたって…お前は高橋に巻き込まれたって、思っとるよな」

「…仁王、くん?」

「違うんじゃ。そっから違う。そっから、間違っとる」


私は仁王が何を言いたいのか、何を伝えんとしてるのか全く理解が出来るなくて、仁王の紡ぐ言葉を頭の中で繰り返す。

よう子が仁王に迷惑かけて、私はよう子に巻き込まれたよ。

それが間違ってる?

なに?

一体、何を、仁王は。



「これはな、森島。昨日からの、この出来事は、俺じゃ。俺がな、起こした」

「俺が森島に迷惑かけて、俺が高橋を巻き込んだんじゃ」

「あのな、森島。当事者は、俺と高橋ちゃう。当事者は…森島と俺なんじゃよ」


私はぽろぽろ零れる仁王の言葉に固まる。どうしたって、頭がついていかない。

潮を含んだ風が強く吹いて、私の髪を乱した。








「ごめんな。俺はな、森島。お前んことが…森島のことがな、好きなんじゃ。」

空気が一瞬止まった。

ずっと繋いだままだった手をスルリと解いて、いつもより何倍も小さな声で言った仁王に、その言葉に、私の身体は硬直する。

頭も、回らない。



彼は、そんなに泣きそうな声をして、一体何を言ってるんだろう。


「なに、言ってるの仁王くん」
「…」
「私たち、今日、初めてまともに話して」
「うん」
「私が好きになるのは、ともかく…」
「うん」
「私っ、仁王くんに想われる、理由がない…!」
「森島」




仁王は、下げていた頭をゆっくり持ち上げると、真っ直ぐ私の瞳を見つめた。
その瞳は揺れていて、そう、中学生の仁王の目。


「大丈夫ですか、って、言ったんじゃ」



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