ホームレスのおじさんは、仁王が渡したサンライズをペロリと食べ終わるといそいそとどこかへ消えてゆき、ちょっとしてから茶色のケースを引っ提げて戻ってきた。


「よし。じゃ、弾きますか」


そう言いながらおじさんが茶色のケースから引っ張り出したのは、同じく茶色のバイオリンだった。


「すげー。おっさん、マジで弾けるんか?」
「人並みにはねー。」
「わー、楽しみです!」


おじさんはバイオリンを軽く弾き始めた。かと思うと、急に演奏を止めてしまった。
そして、大声で叫んだ。


「……しまった!」


しまったしまったと言いながら、頭をワシワシと掻き、申し訳なさそうに続けた。


「少年少女よ。私はバイオリンは弾けるのですが、歌は歌えないのですよ」
「「はぁ…」」

「歌はいつも、サヲリに任せてるからね。でも今、彼女はいないからね」


そう言って、軽く笑顔を見せる、おじさん。なんで笑ってんの。

なんだかやっぱり変な人だなぁと思っていると、おじさんはふと、真顔になってバイオリン演奏を再開した。真剣な顔。結構、素敵。

しかし、そうかと思えば、またまた演奏を中断して、私と仁王の背後に視線を向けたかと今度は溢れんばかりの笑顔をみせて叫んだ。


「サヲリ!!」


私と仁王がほぼ同時に後ろに視線を向けると、息を切らせた女の人が立っていた。黒髪の、美人だ。

その女の人は私と仁王の間を通ってツカツカおじさんに近づいたかと思うと、おじさんの頬を思いっきりビンタした。

「っこのバカ!!」



修羅場?私と仁王は二人して思わず頬を引き攣らせる。

大人の女、怖い。









「みっともない所を見せてしまって、ごめんなさいね?」


おじさんにバイオリンを見せてもらっている仁王から少し離れて、女の人とベンチに座りながら話す私。

ホームレスのおじさんは実はホームレスではなくて、おじさんは、28歳でやっぱりわりと若かった。

(ま、中学生の私たちから見たらおじさんかな)

そして今、ごめんなさいと言いながらもケラケラ笑っているこの女の人、サヲリさんは、一応おじさんの恋人らしい。



「幼なじみなの、私たち。彼の方が年上なんだけどね。でも仲良くて、いつの間にか付き合ってた」


おもむろに馴れ初めを話し始めるサヲリさんに、私は耳を傾ける。

幼なじみから付き合って、この歳でもまだ付き合ってるってすごいな。


「昔から彼はバイオリンが好きでね。神童、って呼ばれてた時期もあったの。それで、私は歌が好きだし二人で夢見て東京へ出たりもしたけど、結局、都落ち」


サヲリさんは懐かしそうに、哀しそうに、可笑しそうに、話した。

苦労、したのかな。


「いつ頃からかなぁ。彼、放浪癖があって。一人でふらふらしだすようになった。んで、私が必死になって探すと、今みたいにお腹がすいて野垂れ死んでたりすんの」


ああ、それで。お腹空きすぎて、私たちにサンライズをくれって。

サヲリさんの視線の先には、仁王にバイオリンを弾かせているおじさん。
本当に愛しい目だな。
彼氏が放浪癖って、私だったら嫌だな。
疲れそうだし、何より辛い。
サヲリさんは綺麗な人なのに、何であの人なんだろう。

そんな私の気持ちを悟ったかのように、サヲリさんは続けた。


「何度もね、別れようと思ったんだけど。…見て」


そう言ってサヲリさんが指さした方には、仁王が返したバイオリンをさっきの真剣な、至極素敵な顔で弾いているおじさんがいた。


「彼ね、いつもはちゃらんぽらんで、テキトーで放浪癖があって、ほんとどうしようもないんだけど。…バイオリンを弾いてる時だけ、ああいう真面目な顔になるの」



似てると思った。



「あの顔見たら、どうしたって…好きだなぁって感じちゃうの」



仁王は、おじさんに似てると思った。

いつもは飄々としててミステリアスで、何考えてんのか分かんない。
でも、時折みせる子供みたいな姿が、愛しく思わせるところが。



私は、サヲリさんに似てると思った。

そんな彼に、捕まってしまっているところが。



「かなえちゃん。あの銀髪の彼のこと、…好き?」





パズルのピースを当てはめるように。

その言葉は、私のもやもやの中にストンと落ちた。




そうか、私は、仁王を本当に好きになってしまったのか。




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