仁王に、メロンパンを買ってくるから公園で待つように言われた私は、おとなしくベンチに腰掛けたまま彼の帰りを待つ。

さっきはバタバタしていてあまり周りを見ていなかったけど、やっぱり平日のお昼なだけあって、誰も公園にいない。遊具も何もない広場のような公園なので、元気に遊びまわる子供さえもいない。
そう、誰も。


「……!」



誰も…、じゃなかった。

ホームレス風の男性が一人、こっちを見てる。なんだろ…ちょっと気味悪い。襲われたりしないよね。
そんな怖いことを勝手に考えて、一人ビクビクしていると、向こうからコンビニの袋を提げた仁王が小走りで帰ってきた。
私はこっそり、ホッと胸を撫で下ろす。


「ちょお、森島、見て、見て!」


そして帰ってきたかと思えば、何故か嬉しそうに袋からメロンパンを取り出した。

うん、そう、こういう子供みたいな顔を、時々するんだ。仁王は。

だから、戸惑う。


「なに?」
「これ、名前、ほら、サンライズ!」


私は仁王の言ってる意味が分からなくて、首を傾げる。
確かに仁王が持つメロンパンの包装紙には、「メロンパン」でなく「サンライズ」と書いてある。


「メロンパンとは違うの?それ」
「いや、メロンパンじゃけど!…あ〜、何て言ったら」


なんか無駄にウキウキしてる仁王は、落ち着かない様子で、私の隣に腰を落とす。


「俺の家、転勤族で。色んな地域転々としとって。神奈川の前は、関西におったんじゃ。んで、引っ越しは神奈川が最後やて言うから立海を受験して、その受験勉強は関西でしてたんじゃ」


「(仁王も受験勉強とかしてたんだ…)」


「そのとき、受験勉強の合間によく食べとったんがサンライズで。要はメロンパンみたいなもんなんやけど、今ではあっち特有の呼び方で、こっちきてから見ることはなかったんじゃけど…」


こっちきて、初めて見つけた。


そう言って、嬉しそうに笑う仁王を見て、私の顔も思わず綻ぶ。

落ち着いていてミステリアスな雰囲気があったり、自然に私の手を取ったり、妖艶に微笑んだり。
かと思えば。
ゲームセンターに行きたがったり、非日常にはしゃいだり、懐かしいサンライズにテンションが上がったり。

彼は、色んな顔をするということを、知った。
そして、知れたことを、喜んでる自分がいる。

これは、何だろう。
世界が丁寧に、クリアに見える感覚。

私の、この気持ちは、一体。




「あの…」

仁王への気持ちに思いを巡らしていると、後ろからか細い声が聞こえた。
その声の主を確かめるために後ろを振り向く。


「え…っ!」


驚いた。後ろに立っていたのは、先程異様にこっちを見つめていた、ホームレスだった。
猫背の腰に、ボサボサの髪。くすんだ色のコートを着ていて、歯が一本抜けていた。


「え…っと。なに…か?」
「あの、あのね、君たち、それ、食べるの?」


そう言ってホームレスが指さしたのは、仁王が持ってるサンライズだった。


「その…つもりですけど」
「あの、実は私、凄くお腹がすいていてね。…それ、くれないかな?あ、もちろん!お礼はするよ、うん…」


なんだ。つまり、このホームレスの男性はお腹がすいていて、だから私たちが持ってるこのサンライズを食べたくて、お礼はするから譲ってくれ、とな。

私と仁王はお互い目を見合わせて、小さく頷いた。


「いいですけど、別に」

「え……、ほ、ほんとかい!あ、ありがとう!」


そう言うや否や、男性は仁王からサンライズを受け取り、むしゃむしゃ食べた。いい食べっぷりだな。


「ふぅ…ありがとう!」


そこそこの大きさがあったサンライズを、ペロリと食べてしまった。
ニッコリ笑った歯は、一本抜けてる。
てか、近くでよく見るとこの人、思ったより若い?


「ときにおっさん。お礼って、何してくれるんじゃ?」
「ああ!…えっと、バイオリンと歌を披露するよ!」


…バイオリンと、歌?

私と仁王は、ふたたび顔を見合わせた。



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