仁王に貰った不細工なキーホルダーは、とりあえず学校指定の通学鞄に付けた。ゆらゆら揺れるその不細工は、なんだか私に似ていると思った。


「君たち、学校は?」


それは、突然だった。パンチングマシーンで威力を競っていた私と仁王に話しかけてきたのは、警官の格好をした小太りの男だった。

そう、私たちは制服を着てゲームセンターで遊んでるわけだけど、今日は平日。義務教育の中学生な私たちは学校に行ってないはずがないのだ。


「その制服…立海かな?立海は今日、普通に学校あるはずだけど」


これが補導ってやつなのか。真面目に生きてきた私にはもちろん初めての経験で、思わず固まる。すると、仁王が耳打ちしてきた。


「(森島)」
「(はい)」
「(いっせーのーせ、で走るぞ)」
「(え、)」



逃げる、という選択肢を用意していなかった私は、仁王の言葉に驚いて振り向く。それと同時に警官が近づいてきて、またそれと同時に仁王が言った。

「(いっせーのー…)」
「っせ!」
「ぎゃっ!」

「あ、君たち!」



結局、仁王が私の腕を掴んで引っ張って行く形になり、私は変な悲鳴をあげてしまった。縺れる足にヒヤヒヤしながらもなんとか走る。今日は、ずっと仁王に連れまわされてるな。まぁ、名目はよう子の監禁紛い行動のお詫びだから、良いのだけど。

警官の制止する声は、すぐに聞こえなくなった。






テニス部に所属していて普段から運動している仁王と比べて、運動なんか苦手な方の私はすぐに息が切れてしまい、そんな私に気づいたらしい仁王は近くにあった公園へ足を向けた。
もとより、逃げていたのだから、特に目的地なんかなかったのだろうけど。

ベンチに座った私は、座りながら思わずうずくまった。

ああ、やばい、吐きそう。
動悸が激しい。
あんなに全力疾走したのはいつぶりだろう。

隣に立っていた仁王の影が遠ざかり、しばらくすると、再び戻ってきた。


「森島」

仁王の呼びかけにゆっくり顔を上げる。そこには、ちょっと困ったような顔をする仁王と、濡れたタオルが差し出されていた。


「ありがとう…って、なにこれ。タオルじゃない」
「うん、タオル持っとらんから、ネクタイ濡らしてきた」
「ネクタイって!」


思わず大声で叫ぶ。
お腹に力がグッと入ったからかだろうか。なんか、ちょっとマシになったかも。

とりあえずネクタイを受け取り、左手で汗を拭う。
そして、深く深呼吸をし、仁王に隣に座るように促す。
彼は、待ってましたと言わんばかりに素早く座り、かと思うと肩を震わせはじめた。


「なにを」
「…っふ、く、」

「何を笑ってらっしゃるの?」


私の言葉を皮切りに、仁王はげらげらと声を出して笑いだした。


「ははははは!やばい、補導されそうになったん、初めてじゃ。生まれて初めての経験!」


初めて…だったのか。それは意外だった。でもそんな爆笑することなのか。私は笑えなかった。


「てか、昨日今日は初めての経験ばっかりな。拉致、監禁されたんも、丸一日授業サボったんも、補導されそうになったんも、全部初めて、初めてばっかり。しかも警官て。監禁されてた俺が警官に会うとか、タイムリーやと思わん?」


興奮ぎみに、陽気に笑っている仁王だけど。
それは、笑えない。監禁、笑えない。
私がこんな状況になってるのはよう子の監禁のせいだし。

タイムリーって、それは、笑えないよう。


「あー…はぁ、笑った。笑ったらなんか腹減った」


仁王って、自由だな。あと、よく笑う。クールでミステリアスなイメージが持たれがちだし、実際私も、多分よう子も、そう思ってたけど。
実はそんなことないんだな。

なんか、普通の中学生なのだな。


「あ、あそこにコンビニある。何か買おう。森島、お金」
「えー、私もうあんまりお金ない」
「じゃ、メロンパン買ってくる。半分こしよ」
「…200円で足りる?」


ちょうど200円しかない。
ゲームセンターで遊びすぎた。


「充分やろ」


そう言って大人っぽく笑った仁王は、妖艶で、なんだかやっぱり普通の中学生じゃない気がするんだ。

いつの間にか、すっかり吐き気はなくなり動悸も治まっていた。




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