仁王と別れてからしばらくして、やっとまともに身体が動かせるようになった私はそれでも覚束ない足取りで、よう子のアパートへ向かった。 一応インターホンを鳴らしてみたけどやはり応答はなくて、だけど扉は開いたので無断で乗り込む。中には、ぼんやりとテレビを見つめながら座っているよう子がいた。 しばしお互い無言だったけれど、不意に声が降った。 「不法侵入」 「…よう子」 「その机に置いてあるお金」 よう子がゆっくり指さした先にある机の上に、数枚のお札が無造作に置かれている。 「そのお金、仁王が置いていったよ。"ポケットに入ってた"、財布から、抜き取ったお金」 私は、無造作に置かれたお札の横にある小さなメモ用紙に視線を落とした。そこには、恐らく仁王の字で、"森島へ"と書かれていた。 「仁王、また、このアパートに来たんだ」 「うん、かなえが来る少し前に。…でも、私がしたいのは、そんな話じゃないよ」 今まで、テレビに向けられていたよう子の視線が、ゆっくりこちらに向けられる。 真っ直ぐに見つめられて、逃げられないのだ、と思った。 「一日、仁王と過ごしたの?」 「……うん」 「私のことを、警察に言われないために?財布も定期も持ってないって言った仁王に、付きっ切りで?」 「…う、ん」 「でも、警察うんぬんは私の問題だし、仁王は財布を持ってたよね?」 鋭く突かれた言葉に、身体が固まった。 そう、私は気付いていた。 監禁したのはよう子であって私でない。例え私がよう子の友人であっても、私が仁王といる必要なんかひとつもないこと。 そして、私……いや、私と仁王は、気付いていた。 定期も財布もないと言った仁王のポケットに、財布が入っている事を。 彼の言葉に真実を突き付けて、彼を突き放すことは出来た。 関わらないでおくことは可能だったんだ。 だけど私は、それをしなかった。 女子なら誰もが一度は憧れた仁王。 彼と、一緒に居たかったから。 私が、彼を知りたかったから。 よう子が彼を好きなことを、知っていたというのに。 「仁王ね、好きなんだって。かなえのこと」 「…うん」 「昔っからさぁ、かなえはズルイよね。私の方が勉強は努力してたし、信念のために、自分も他人も傷つける勇気があったよ。だけどいつも成績は勝てなかったし、人に好かれるのもかなえだった。かなえは根が優しいから、友達もたくさんいたけど、私はかなえしか友達がいなかった」 私は、気が強いよう子が私を羨ましがっていることを知っていた。 憧れて、劣等感を抱いてることも知っていた。 仁王は私を好きだと言ったのに、彼を監禁してしまったとき、その私しか頼る人間がいなかったのだということも、分かってる。 でも、それは私も一緒だった。 「…ねえ、中学入りたてのころ、覚えてる?」 よう子は表情こそ変えなかったが、その瞳の奥がゆらりと揺れたことは分かった。 「私、誰かに嫌われるのがいやだから、誰にもいい顔してさ。同じクラスの女子に、自分がないとかいいふりしぃとか、色々言われてさ。私が泣きそうになったとき、よう子、庇ってくれたよね」 ――あんなのは向こうの都合しか言わないんだから、聞く耳持たなくていいんだよ! 嬉しかった。 ただ最初に同じグループになっただけだった私を、全力で全面で、味方して庇ってくれたのが、凄く嬉しかった。 彼女が、友達だと思った。 よう子となら、本当に親友になれると思った。 嬉しかった。 でも、同時に、羨ましかった。 自分が正義だと思う方に味方して、自分の思いを真っすぐ伝えられるよう子が。 私が逆の立場なら、とてもよう子の味方はしなかったと思うから。 だから、思った。 もし、今度、よう子に何かあったときは、私も、よう子のように、彼女の味方になろうと。 自分の正義に従おうと。 「でも、結果、よう子を裏切ることになったかな」 「……」 「仁王にはね、もう学校で会っても、喋らないって言われたよ」 「……」 「ゴメンね、よう子」 「……本当に、ごめん」 「…っかなえ、 ―パタン。 私は、ゆっくり、よう子のアパートの扉を閉めた。 |