「大丈夫ですか?」




あの日、俺は姉貴と姉貴の彼氏に、居酒屋はしごに付き合わされていた。

そもそも中学生の俺が酒など飲んでいいわけがなく、もちろん慣れてないし、さらに元々俺は母親似じゃからお酒はからきし弱い。
姉貴たちに無理矢理飲まされた酒はぐるぐる回って、胃から込み上げてくる感覚が何度も襲った。

酔いより先に吐き気がきていた俺は、何度もえずきながらフラフラ覚束ない足取りで、そんなうちに姉貴とその彼氏を見失ってしまった。

こんな所まで中学生の弟を引きずりまわした挙げ句、見捨てて帰るなんて、姉もその男もろくな人間ではないなと思う。
もう立ってるのも辛かった俺は、路地に入り座り込むと、いっそに吐いてやった。

周りを歩く人間は、こんな頭をしている俺を中学生とは思うはずもなく、訝しげな目でこちらをジロジロ見ながら通り過ぎる。
誰一人、話しかけてくる人は居なかった。
やっぱ関東って、冷たいんかの。なんて思いながら、吐いたせいで生理的な涙と鼻水が出て、視界がぼやけた。
カッコ悪くて、本気で泣けそうだった。

そんな時だった。




「大丈夫ですか?」


人の気配。目の前に立つ、女。

最初に思ったのは、見たことある顔だなってことだった。

でも、俺の記憶を軽く探ってみても思い浮かぶ人物が居なかったので、考えるのはやめた。

大丈夫ですか。
そんな彼女の問いかけに答えなかった俺に、彼女は仕方なさげに、ハンカチを取り出して渡してきた。とりあえず、受け取る。



彼女は、何故か制服を着ていた。

こんな所で制服なんか着て、一体何をしているのか。
そう思って、僅かにだけ、下げていた頭を持ち上げる。


「…あの、あんまり飲み過ぎない方がいいですよ」




その瞬間。唐突に思い出した。

彼女が着ている制服が、うちの、立海大中等部の制服だということ。
そして、目の前にいる彼女が、クラスメイトだということ。

だけど、今のこんなカッコ悪い俺は多分キャラじゃないし、気付かないフリをした。

そのうち、彼女は街中へ姿を消した。











「……もう、分かるか?」


仁王はそう言いながらポケットに手を突っ込むと、薄いピンクの、桜の描かれたハンカチを取り出した。
私はそのハンカチに、見覚えがあった。


「その彼女が、森島。お前じゃった」





その日のことは、覚えていた。

あの日私は、親戚のおじの通夜があって、学校の制服を着て行っていた。
そして、通夜の後、親戚一同で弔い酒などと言って居酒屋をまわっていて、私も父と一緒にそれについてまわっていた。

その時、路地の方に座り込む銀髪がいた。

私は、その人物を、同じクラスの仁王雅治だと思ったんだ。


だから私はゆっくりその人に近づいて、話しかけた。だけどいつも括られている髪は括られてなくて、しかも、いつもみたいな飄々としたかっこよさは微塵もなくて、咄嗟に、私は彼を仁王じゃないと思ったんだ。

まず、顔を上げないせいで確認ができないし。
だいたいこんな所に中学生の仁王がいるわけない。
それにこんな場所だから、銀髪の人も珍しくないんじゃないか。

色んな可能性を拾って、彼は仁王じゃないと結論づけた。

だから、持っていたハンカチだけを渡して、父の元に帰ったんだ。




「あれは、仁王くんだったの」

「……そっからは、簡単じゃった」


森島の存在を知って、知ったらやたらと目につくようになって、目につくからよく見るようになって、よく見ると森島の他人思いな所とか気のいい所とかしっかり者な所とか当たり前に良いところに色々気付いて、色々、色々考えてるうちに…。


「なんかもう……好きじゃった」




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