あ、え?…なんだ、分かりにくいのが愛なのか。 It was loved.5 私が目を覚ましたとき外は既に夕日に包まれていて、文化祭も明日があるから大雑把ではあるものの、ある程度片付けられていた。 (ここの文化祭は2日間行われるのだ) 「(…そういや、脚立から落ちたんやっけ)」 ぼんやりした頭で暫く窓の外を見ていた。なんか情けなくて。 だって、せっかくあの一氏がチケットくれたっていうのに。手を、伸ばしてくれたというのに。 漫才、見に行けなかった。 仲直りするチャンスを、自分で逃してしまった。 情けないやら悲しいやらで自然と涙が溢れる。暫く涙を流していたけど泣いていてもしょうがないと思い直し、グイっと顔を拭った。 そのとき、同時に保健室の扉が開く音がして、窓の反対側を見た、ら。 「えぇッ!?一氏!!」 「…ん、」 窓の反対側…つまり私の右側には、パイプ椅子に座りながらベッドに頭を乗せて寝ている一氏がいた。 「あら、小泉さん起きた?」 予想外の一氏の存在にアタフタしていると、カーテンが開けられて保健室の先生が顔を覗かせた。 「あ、えっと、先生」 「あなたね、脚立から落ちたんよ?白石くんの話によると、あなたが脚立に乗ってるときに文化祭に来てた子供がぶつかったんやて」 「そーなんや…」 「あなたもうずっと、ずーっと眠ったままで。頭打ったみたいやけど、どう?」 「あ、大丈夫です」 「よかった。多分、ずっと眠ってたのは寝不足やったからやね。最近眠れてなかったん?」 そういえば、最近一氏とのことで毎晩眠れなかった。 寝不足で、だからこんな時間まで眠ってたんだ。 「…その子、彼氏?」 不意に先生に言われ、視線の先を辿るとそこには勿論未だに眠っている一氏が。 「あ、えーと…」 「その子ね、あなたが運ばれてからずっと一緒に付き添ってたのよ」 え、一氏が、…私に? 心配してくれたんだとか、一緒に居てくれたんだとか、色々考えると嬉しくなってしまって思わず頬が赤らむ。 だけど次の瞬間、あることに気付く。 「運ばれてからずっと…って。一氏!一氏起きて!」 私は一氏を起こそうと彼の体を思い切り揺する。 それと同時くらいに、先生は変な気を使ったのか私の鞄を取ってくると言って、保健室を出ていった。 「一氏、一氏っ!」 「あー…、―っ美咲!?」 私に揺すられた一氏は、起きたかと思うとすごい形相で私の両肩をガシッと掴んだ。 てか、今、名前―― 「おま、お前!大丈夫か、俺のこと分かるか!?」 「え、うん。一氏ユウジ」 「……はぁーっ、」 一氏は盛大なため息をついたかと思うと、真面目な顔をしてジッと私のことを見つめる。 「…このボケ、なんで脚立とかのぼってんねん」 「え」 「そんなん白石なりにやらせろや」 「う、うん。ごめん」 「しかも全く目ぇ覚まさんし。先生は大丈夫や言うたけど、せやけどお前はずっと寝たままやし…」 ギョッとした。 何故かと言えば、目を覚まさないだのなんだのと訴える一氏の声が、今にも泣きそうに震えてたから。 「喧嘩したままもう会えへんかと思た」 「……」 「折角小春にお笑いライブにお前呼んでもろて、その時あの別れる発言取り消させようと思てたのに」 「……」 「まぁ、いま言うとくわ。あの時は動揺して言えんかったけど、俺はお前と別れるつもりないから」 「…なぁ、一氏」 「ん?」 私、あんたに、いっぱい聞きたいことあるんだけど。 「漫才、は?私にずっと付いててくれたって、漫才はどうしたん?」 今にも溢れてしまいそうな涙のせいで歪む視界。そこに映る一氏は、さも当たり前のように言った。 「小春に頼んだ。お前と会えへんくなるかもやのに、漫才なんかとてもできへんかった」 とうとう涙が流れて、私はベッドシーツを掴みそこにうずくまる。 一氏にとって、私が死のうが生きようが関係ないと思ってた。 でも、そうじゃなかったのか。 「なぁ、一氏」 私は聞きたくて、だけど聞いたらすべてが終わってしまうような気がして口に出せなかった言葉を言う。 「もしかして私のこと…、好き?」 一氏は私の腕を掴むと小さく引っ張って、シーツから顔を起こさせる。 「好きやなかったら、付き合わへんから」 めちゃくちゃ赤い顔をして照れながら呟く一氏を見て、なんだか一気に色々理解した。 この人は、プライド高くて照れ屋で、だけど同情とか中途半端な気持ちで誰かと付き合えるほど器用じゃない人だ。 なんだ、簡単じゃないか。 一氏に掴まれている手とは反対の手で私から彼の手を握る。握り返された手を見て、また、泣けた。 「…美咲。今度、デートにでも行くか?」 「うん、行きたい。けど、一氏と小春ちゃんの漫才も見たい」 「……了解」 私は、ちゃんと愛されてたらしい。 → |