「本当に行く?」

心配そうな顔をして問い掛けてくる親友に笑みを浮かべて頷く。
昨日泣いた所為か、ドロシーの瞼は少し腫れていた。幸い、今日は土曜日なので授業がない。朝食を取ったあとは、寮でゆっくりしよう。そう決めると、ドロシーは重たい腰をあげた。

クリスに手を引かれながら、廊下を歩く。長いはずの大広間までの距離が今日はとても短く感じた。やっぱり行きたくない。でも、逃げるのはもっと嫌だ。ドロシーはそんな葛藤を胸に秘めながら歩いていた。



今日はビルは女の子とは居なかった。一緒に居たのは同じ赤毛の少し背の低い男の子だった。随分と話に熱中しているのか、此方に気付いていない。
いつもだったら、すぐに自分に気付いて挨拶してくれる。そしたら、きっとこの腫れた瞼を見て心配してくれるのだろ、いつもだったら。自分は何かしてしまったのだろうか。そんな事を考えつつドロシーはビルから死角になっているだろう位置に座った。

「ほらほら、食べて」
「うん。ありがとう」

クリスがテキパキと取り分けてくれる朝食を食べる。ドロシーはビルの姿を視界にいれないようにせっせと食べ終えた。



二人が寮に戻っていると、レイブンクローの男子生徒に声を掛けられる。その人は、ドロシーが珍しく仲良くしている男子だった。彼は頭が良く、性格は優しく、顔はハンサムだ。なんだかビルと共通点が多い。

「あのさ、ドロシー話があるんだ」
「話?」
「ああ、こっちに来て欲しい」

彼、アンディはドロシーの手首を掴みズンズン進んでいく。後ろから何かを叫ぶクリスの声が聞こえた。しかし、そこへ戻ることはできなかった。




着いた場所は、中庭だった。彼はドロシーをベンチに座らせると、自分も隣に座った。彼は一度大きく深呼吸をして、口を開いた。

「…何となく分かってるかもしれないけど俺さ、ドロシーのことが好きなんだ」
「…嘘でしょ?」
「嘘じゃない。初めて君と話をした時からずっとだ」
「えっと、」
「君がウィーズリーを好きなことは知ってるさ。最近、ずっと彼を気にしてる風だったからね」

どうして、と小さく声を漏らすと彼は自嘲気味に笑った。

「いつも君のこと見つめてたからね」
「アンディ、あの、ごめんなさい」
「うん、分かってるよ。覚悟はしてたから大丈夫。……ウィーズリーの奴、好きな人居るみたいだけど知ってる?」
「ん?なんて?」


爆弾発言が聞こえた気がする。思わず訊き返すが、返ってくるのは同じ言葉だった。―――ビル・ウィーズリーには好きな人が居る。
これはドロシーを一気に絶望の淵へと突き落とした。あまりの衝撃で言葉を失ってしまったドロシーの手をそっと取ると、アンディは掌にちゅ、とキスを落とした。

「お願いだ。俺のこと、もっと前向きに考えて欲しい。隙につけいるなんて紳士がするべきことじゃないけど、それぐらい君が欲しいンダ」

そう言うと、掌を自分の頬に押し当てた。彼の顔は緊張しているのかは分からないが、とても熱かった。どれくらいの間そうしていたのだろう。暫くして彼は名残惜しそうに手を離した。

「もう少しだけ、考えて。それで返事をしてほしい」
「…わかったわ」


アンディの後ろ姿が見えなくなった刹那、#ドロシーは#フーッと大きく息を吐いた。
いつもと雰囲気が違って見えるとは思ったが、まさか告白されるとは思わなかった。さっきは急すぎて只驚くばかりだったが、今頃になって恥ずかしくなってきた。手紙等での告白はあったが、あんな面と向かってストレートに好きだと言われたのは初めてだった。好きな人には好きな人が居るという事実を忘れる位にその事で頭がいっぱいだった。
とりあえず、一度寮に戻ろう。そして頭を冷やそう。そう思いドロシーは歩き出した。

廊下を歩いていると、向かいからビルが来ているのが見えた。顔を合わせづらかったが、妙な行動を取れば不審に思われることは確実だった。挨拶をしようかしまいか迷っていたができなかった。できるだけ平静を装い、ビルを見ないようにしながら歩く。そして隣をすれ違った瞬間、腕をグッと引かれた。思いの外力が強く、ドロシーは体をよろめかした。ビルはそんなドロシーを両腕でしっかりと抱きとめた。

「あ、ありがとう」
「………」
「もう大丈夫だから、離して」

しかし、ビルはドロシーを離そうとはしなかった。それどころか、より腕に力を込めて抱き締めた。頭を肩に当てられているので、ビルがどんな表情をしているのか分からない。
ドロシーは困惑していたが、好きな人に抱き締められているという事に照れつつも幸福を感じていた。



「告白された、って聞いた。……もしかして、付き合うの?」

ようやく頭をあげたビルは、飼い主に捨てられた子犬のような瞳をして尋ねた。




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