閉館時間が間近に迫った図書館でレーナは勉強をしていた。
五年生となった今年はOWL試験があるので例年のようには過ごすことが出来ない。努力のかいあってようやく次席を取ったというのに…。成績はきっと去年より悪くなることは確かだ。ため息が出そうになるのを堪え、カリカリと無心で羽ペンを走らせていると閉館時間になったのかマダムピンズの声が聞こえる。レーナは急いで勉強道具を片付け図書館を出た。
厨房の近くにある自寮の談話室に入るとレーナが恋焦がれている人が勉強しているのを見つけた。

「…セドリック、勉強しているの?」
「うん。レーナも今まで図書館で勉強してたの?」

自然な動作でセドリックの正面に座ると彼の優しげな顔がより近くにあり思わず赤面しそうになる。

「ええ。…今年はOWLがあるからね」
「…えらいね」

ヨシヨシ、と頭を撫でられ今度は本当に顔が赤くなってしまった。そんな顔を見られたくなくて俯きながら話を続ける。

「そんなことないわ。あなたの方がずっと……クディッチもあるんだし」
「…そうだね」

くわぁ、と欠伸をするセドリックを見てこれ以上は邪魔をしてはいけないと思ったレーナは、無理をしない程度に頑張ってね、と精一杯の笑顔を向けて立ち上がった。そしてそそくさと女子寮に向かった。

「レーナ!…ありがとう」

振り向くと、思った以上に声が大きくなって恥ずかしいのかほんのりと頬を染めたセドリックがいてレーナは一度頷くと、階段を登っていった。




もうすぐホグズミードに行ける。レーナは一度くらいセドリックと一緒に行けたらいいなと考えながら朝食を食べていた。行くならーーハニーデュークスに行って、ゾンコで悪戯道具を買って、クディッチ専門店を見て、三本の箒でバタービールを飲む。
きっと楽しいんだろうな…と妄想をしていると後輩の噂話が耳に入ってきた。

「知ってる?…セドリックとレイブンクローのチャンの噂」
「知ってる!何度か二人で居る所見たことあるし…」
「でも、セドリックにはハッフルパフに本命がいるって噂もあるよ」

レイブンクローのチャンと言えば、ホグワーツでは珍しいアジア系の笑顔が可愛い女の子だ。長い黒髪も綺麗で顔立ちもエキゾチック。しかし、自信過剰ではないがレーナもそれなりに自分の容姿が優れていることを自覚していた。ミルクティ色の髪にアーモンド型のヘーゼルの瞳。すっきりした鼻に薄く色付いた唇。ホグワーツに入学してから何度か告白されたし、可愛いと噂されていることも知っていた。だからこそチャンには負けたくなかった。しかし、恋愛下手なレーナにはどうすることもできなかった。


いつもならセドリックと隣に座る魔法薬学の授業では同室の女の子と座り、夕食の際にいくらセドリックが話しかけようとも生返事しかしないし目も一切合わせようとしない。
急に変わってしまったレーナの態度にセドリックは困惑していた。
本当なら今年こそはレーナをホグズミードに誘うつもりだったのに、最近では禄に話すらできていない。そんなセドリックの隙に漬け込んだのはチョウ・チャンだった。


ホグズミードの前日、もう行くまい、と決めていたレーナにお誘いが来た。相手はレイブンクローのロジャー・デイビース。レーナはセドリックのことを諦めることにしていたので、新しい恋が目覚めるかもしれないということでそのお誘いをOKした。


可愛い服を着て、髪の毛を巻いて、薄くメイクをしたら完成!鏡を見て確認する。…我ながら上出来だ。この姿で本当はセドリックとデートしたかったのに…。泣きそうになるのを堪え、時計を見ればもう約束の時間間近。レーナは急いで待ち合わせ場所に向かった。

「ごめんなさい、遅くなって」
「いや、大丈夫。女の子は少し遅れるくらいが丁度いいよ」


レーナ達はハニーデュークスやゾンコ、クディッチ専門店を見て回ってから三本の箒に行くことになった。
バタービールを飲んでまったりしていると、扉が開き客が入ってきた。レーナが視線だけを動かしてみると、そこには仲睦まじ気なセドリックとチャンが居た。
ーーー自分がいけないのだ。負けたくないと思っていても、負けるのが嫌で全てを投げ出した自分が。それでも悔しくて、悲しくて涙が止まらない。ロジャーはそんなレーナの肩を優しく抱き、三本の箒から出た。
近くのベンチにレーナを座らせるとロジャーも隣に座った。ロジャーは何も言わずにポロポロと涙を流すレーナの頭をそっと撫で続けた。




「…本当にごめんなさい」
「気にしなくていいよ。何となく分かってたから」
「…え?」
「レーナのこと、応援してるから。諦めるなよ」

そう言うとロジャーはレイブンクローの寮に帰った。レーナは心の中でお礼を言うと、女子寮に戻っていった。
その日の夜、ベッドの中でレーナは決意した。明日からは避けずに話そうと。


大広間で朝食を食べていると、セドリックが入ってくるのが見えてレーナは鼓動が早くなるのを感じた。

「レーナ、おはよう」

相変わらず自分に声を掛けてくれるセドリックに嬉しく思うがそれと同時にチャンが好きなのにどうして声を掛けてくるんだと思ってしまう。
取り敢えず、返事だ。考えるのは後でもできる。そう決めたレーナは久しぶりにセドリックの顔を見て答えた。

「…おはよう、セドリック」

ニコ、と笑うとセドリックが一瞬固まった。
しかし直ぐにハッとし笑顔を作った。

「何だか久しぶりだね、こうやって話すの。…嫌われたと思ってた」
「それはごめんなさい。少し色々思うことがあってね…」
「…そっか。嫌われてないならいいんだ」
「あなたのことを嫌いになるなんて絶対ないわ!」

セドリックは暫しポカンとしていたが、その後急に顔を赤くし、狼狽え始めた。レーナも自分の発言に気づきじわじわと恥ずかしくなり、……またも逃げ出した。

そのまま女子寮に逃げ帰ったレーナはその日、授業を全部サボってしまった。寮で物思いに耽っていると、同室の子が帰ってきた。

「このサボり魔め!」
「…ごめんなさい」
「ノート見せて欲しかったら今から談話室に行きなさい」
「なんで?」
「いいから、ノートが欲しけりゃ行きなさいよ」

背中を押され階段を降りると、そこにはセドリックが居た。気まずい雰囲気が漂う中、レーナはまたも逃げようとしたが今度はセドリックがそれを阻んだ。

「僕が、君を呼んでくるように頼んだんだ」
「…そう」
「ずっと言おうと思ってたんだ。でも、中々言い出せなくて」
「うん…」
「……君が好きだ」
「…え?チャンと付き合ってるんじゃないの?」
「付き合ってないよ。……君の返事を聞かせて欲しい」
「………私も」

好き……と言おうとした瞬間に抱きすくめられる。応えるようにゆっくりと腕を背中に回し、ぎゅっと抱きつくとセドリックの鼓動がドクドクと凄いスピードで脈打つのがわかった。

「凄いドキドキしてるね」
「…そりゃあ緊張してたから」

フフ、と笑えばムッとした表情で見つめられる。

「…夢みたい」
「そうだね。でも、…現実だよ」

頬に手を添えられ、ゆっくりと近付く顔。レーナが目を瞑るとそっと温かい唇が触れた。名残惜し気に唇が離れるとレーナは自らセドリックに抱きついた。
もう絶対に離さない、離れないとでもいうかの様に強く。



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