―――ガヤガヤと騒ぐ声が聞こえる。自分の名前を呼ばれている気がしたが、レーナは再び微睡みに沈んだ。



レーナが起きたのは太陽が真上に来た時だった。重たい瞼を開けると、そこには見慣れない天井があった。上半身を起こし、辺りを見渡す。近くのテーブルには、沢山のお菓子や花が置かれていた。そして、やっと自分が医務室に居ることに気づいた。シャッと白いカーテンが開く。

「おはようこざいます、ミス・クルーガー。調子の方はどうですか?」
「……大丈夫そうです」

レーナはベッドから降り、マダム・ポンフリーに元気であることを示そうとした。しかし足がもつれ、倒れそうになってしまった。

「…………今日も此処に居るように」

レーナをベッドに座らせると、マダムポンフリーはカーテンを閉めた。授業に出れないことに悔やむが、仕方ない。机にあった手鏡で顔を確認すると、怪我は全て綺麗に無くなっていた。そのことにホッとしたレーナは再び布団を被った。……が、如何せん寝れそうにない。それもそうだ、先ほどまでずっと気持ちよく寝ていたからだ。

「…暇だわ」

レーナは、ぼそっと呟いた。
医務室の外から高い声が聞こえてくる。誰か怪我でもしたのだろうか。そう思案していると、またもカーテンが開いた。

「ハイ、レーナ!元気?」
「アンジェリーナにアリシア……私は元気よ」
「それはよかった。私達、ハリーに話を聞いてあなたのこと心配してたの」
「そうそう、何でもトロールと闘ったんでしょう?」

ぎゅうぎゅうとアンジェリーナに抱きしめられながら、アリシアに頷く。

「グリフィンドール生は皆あなたのこと心配してたわ」
「え……?」
「信じてないわね?本当よ」

パチリとアンジェリーナはウインクをした。

中には自分の親の事を知り、心配などしていない人もいるだろう。それでも心配してくれる人が少しでもいるということが、レーナはとても嬉しかった。

「そういえば…ハッフルパフのディゴリーにもあなたの事を聞かれたわ」
「あら、それ本当なの?アリシア」

レーナをおいてヒートアップする二人。呆気にとられているレーナを、二人は興奮した面持ちで尋ねた。

「どういう関係なのよ」
「どうって言われても………し、知り合い?」
「隠さなくてもいいのよ。レーナ、言いなさい。私達、友達でしょう?」

言うも何もレーナとセドリックの関係は知り合い、言ってもせいぜい友達といったところだ。この二人は何を期待しているのだろう。どうしたらいいのか。レーナがしどろもどろとしていると、二人は顔を緩ませレーナに抱きついた。

「顔を赤くして…なんて可愛いのかしら!」
「うぶねぇ…」
「だからっ、違うって!本当に只の知り合いよ…」

語尾に向かうにつれて小さくなる声。顔が赤いのは照れてるからではなく、二人の勘違いを指摘するのに熱くなっているからよ。レーナの頑張りも虚しく、勘違いをした二人はニマニマとレーナを期待する目で見つめていた。どうにかして話題を変えようと四苦八苦していると、再び医務室が開いた。丁度カーテンを開いていたので入ってきた人を見た途端、レーナは頭を抱えた。

「レーナッ!無事みたいでよかった、心配したんだよ」

入ってきたセドリックはレーナを見つけると一目散に近寄った。その光景を見たアンジェリーナとアリシアは、レーナに親指を立てると座っていた椅子をセドリックに譲ると医務室から出ていった。

「君がトロールに襲われたって聞いた時、心臓が止まるかと思ったよ」
「…………うん」

椅子に座りながらセドリックはゆっくりと言った。
レーナは、なんと言葉を返せばいいのか分からなかった。目を伏せて何度か返事をするが、会話は止まってしまった。
少し間を置いて、セドリックは悲しそうな表情をした。

「もしかして………レーナは僕のことが嫌いなのかい?」
「…………」

僕のこと避けてるよね。
まさか自分の行動がバレているとは思ってもみなかった。レーナは避けている本当の理由を言おうとしたが、それはできなかった。

「嫌いな人にお見舞いに来られても迷惑だよね。帰ることにするよ」

セドリックは早口でそう述べると椅子から立ち上がり、医務室から出ていこうとした。

――――待って!

レーナは急いでベッドから降り、セドリックの元へ駆け寄ろうとした。しかし足がもつれ、その場にペタンと座りこんでしまった。

「…お願いだから待って。私の話、最後まで聞いて」

上目遣いにセドリックを見上げた。
セドリックはそんなレーナを抱えると、ベッドに座らせた。

「待つよ。…待つから君の話を聞かせて」



レーナは深く深呼吸をし、ゆっくりと口を開いた。

「あなたのことを嫌いだから避けてたんじゃないの。私、あなたといると緊張して、いつもみたいに喋れなくなるの。それが嫌で…ごめんなさい」

泣きそうな声で、ごめんなさい、ごめんなさいと何度も呟く。目の縁に浮かんでいた涙がついに一筋溢れた。
セドリックは静かになくレーナをそっと、優しく包み込むように抱きしめた。

「僕の、早とちりだったみたいだね。僕の方こそごめん」

ぶんぶんと首を横に振る。早く泣き止みたいのに、一度泣き出すと涙が止まらない。セドリックはレーナを抱きしめたまま続けた。

「僕は、…君ともっと仲良くなりたいんだ」

だから、図書館で自分が居ないかを確認していたレーナを見つけた時は大きなショックを受けたんだ。
自分の心情を吐露したセドリックは、レーナの瞳を見つめた。

「…君は、どう?」
「わ、私も…もっとセドリックと仲良くなりたい!」




医務室に来てからどれくらいの時間が経ったのだろう。せいぜい一時間くらいか。とセドリックは考えていた。

「セ、セドリック。そういえば授業は?」
「この時間は大丈夫だよ」

この数十分で、だいぶ打ち解けたようだ。積極的に話かけてくるレーナを見て、セドリックは口元を緩ませた。

「あのさ、私たいていの教科はできるんだけど唯一、魔法史だけは得意じゃないの」
「確かにビンズ先生の授業はつまらないからね」
「うん。だから、その…教えて欲しいの。魔法史を」

レーナが初めて言った我儘。セドリックがそれを許さないわけがなく。できるだけ優しく、そして限りなく甘い声でオーケーの返事をすると、二人の間に約束が結ばれた。

それから暫くの間、多少のぎこちなさは残るものの、前よりずっと親密になった二人はずっと話をしていた。


いつの間にか日は傾き始めていた。レーナはふと自分が起きてから何も食べていないことに気付いた。それに気付くと、どんどんお腹がすいてきた。
キュルルル、と小さくお腹が鳴った。
―――デジャブだ。レーナはハリーとロンと乗った特急でのことを思い出し、笑われることを覚悟した。

「もしかして、ご飯食べてない?」
「うん…」

意外にも、セドリックは笑うようなことはしなかった。そのことにレーナがホッとしていると、セドリックは渋い顔をした。

「駄目じゃないか。君は病人なんだからしっかり食べないと」
「……はい」
「じゃあ、厨房で何か食べ物を貰って来るよ」

そう言うと、セドリックは颯爽と医務室を出ていった。
レーナがセドリックと仲良くなれたことに嬉しくてニヤニヤしていると、医務室の扉が開いた。セドリックがどこにあるのか知らないが、厨房に行って帰ってくるには速すぎる。
扉から入ってきたのは、友人達三人だった。

「レーナ!起きたのね」
「うん。昼頃に起きたわ」
「朝にも来たんだよ。でも君、中々起きないから」
「僕達、心配していたんだ。ところで怪我は大丈夫?」
「ええ。もう平気」

レーナが三人から質問攻めに合っていると、厨房から貰ってきたのか、美味しそうな料理を持ったセドリックが帰って来た。

「僕もそろそろ行かなくちゃ。ご飯ちゃんと食べるんだよ」

机に料理を置き、セドリックは手を振ると医務室からいなくなった。
何だかハーマイオニーの瞳がキラキラしている気がする。…嫌な予感がする。

「レーナ!さっきの人、セドリック・ディゴリーよね」
「うん…」
「もしかして付き合ってるの!?」

何故こうも女子はこの手の話題が好きなのだろう。レーナはハーマイオニーの質問一つ一つに真面目に答えた。勘違いを生まないように。
そして、その日の夜にようやくレーナはグリフィンドール寮に戻れることになった。
やけに静かだったハリーとロンが気がかりだが、ハーマイオニー曰く相手にしなくていい、とのことだった。




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