epilogue.
「クロームねーさんのこと、ミーの彼女だと思ったってこと、ですかー?」
「‥‥‥‥ああ」
「だ、だってミーが好きだって言って、付き合ってもらってるじゃないですかー」
「好きは言われてねぇな」
「っえ?!」
「言われてねぇぞ、好きだとは」
「う、うそ‥‥っ」
あたふたとするフランが本当に可愛くて、その反応がもう好きだと言っているようなものだった。今思えばどうして疑ったんだろうなんて。それだけ自信がなかったこと、ベルフェゴールが、本気の証だ。
「あっ、あのっセンパイ」
「好きだよ、フラン」
「‥‥っ、」
「家柄なんかフランが気にしてる何万分の一も俺は気にしてねぇよ」
「せん、ぱ‥‥」
「んな下んねぇこと気にしてる暇あんなら、俺のことでも考えてな」
「っ、‥‥は、い」
「よし」
ベルフェゴールの言葉に漸くフランが笑う。やっと笑ったと、ベルフェゴールは安堵の息を漏らした。
手首を引き、ぎゅうっと抱き締めてから、腕の中に閉じ込める。後ろからそうすると、初めて、フランから体重を預けてきた。フランに見えないベルフェゴールの口端が釣り上がる。
「今回はおあいこっつーことで、いいか」
「そ、んな‥‥その、本当に黙っててごめ、んむ」
「もう謝んな、おあいこなんだっつの」
大きな手のひらで口を覆って黙らせる。俺もごめんなとベルフェゴールが呟くのを、フランは初めて会ったときとはまるで別人のようだと思いながら聞いていた。
「あのセンパイ、仕事、は‥‥?」
「平気だろ、スクいるし」
「‥‥えっと、じゃあ、その」
「ん?」
今日はこのまま、一緒にいられるんですか。
真っ赤な顔でフランが訊ねるとベルフェゴールは耳に唇を押し当て、囁いた。
「ししっ、当たり前じゃん」
「‥‥っ近、ぁ」
「デートでもすっか?」
「っしたい、ですー」
じゃあ決まり。
行きたいところはと訊かれたが、フランは行きたいところが思い浮かばず俯いた。なんて言えば、なんて‥‥。でも、デートなんて、したことがない。
「行きたいとこがないなら、」
「っ、」
「今日は俺の行きたいとこに行くか」
「はいっ」
アパートにつけていた車に乗り、向かったのは車で二時間以上走ったところ。夕日が大きな観覧車を照らしている。まだ少し早いけどと言いながら、お互い昼食を摂っていなかったので早めのランチ。
色違いの食器をいくつか買って、紙袋を上機嫌で抱えるフランがこれでごはん食べたら絶対おいしいと呟いた。隣で聞いていたベルフェゴールの心臓ががしっと掴まれたのは言うまでもなく。
「高いとこは? 嫌いか?」
「あっ、えっと‥‥わかんない、です」
「じゃあまあ、行ってみっか」
大きな観覧車に乗り込むと、ゆっくりと上昇していく。ガラスに両手をついて外を見るフランを、ベルフェゴールは目を細めながら見つめていた。
「せっ、センパイ!」
「ん?」
「か、傾い‥‥っ」
「落ちやしねぇから安心しな」
隣に移ったベルフェゴールに一度は目を剥いたフランだったが、その後は特に気にするでなく。
光り輝くネオンを、まるで宝物を見るように、すべて視界に映そうとしているかのように見ている。
不意に、フランがベルフェゴールの手におずおずと自らの指をちょこんと乗せた。
夜景に向けられていたきらきらの瞳と笑みが、ベルフェゴールに向けられる。
(やっぱり‥‥)
フランにどうしても見せたかったこの夜景。それは、釣り合わないなどと見当違いなことを考えているフランにこのくらい、ベルフェゴールの目には輝いて見えていると知らしめたかったから。
瞳も笑みも涙も、髪の毛の一本だって、いつもフランはきらきらと輝いて見える。
そのことを、どうしても。ベルフェゴールが伝えようとしたその時、フランがぽつりと漏らしたのは思いもかけない言葉だった。
「センパイ、みたい‥‥」
「あ?」
「ミーにとってセンパイはいつもきらきらしてるんです、センパイが、作ってくれたケーキみたいに」
「‥‥は?」
「センパイが作ってくれたケーキはいつもきらきらしてて、食べたらね、もっともっと世界がきらきらするんです、よー」
「――‥‥‥‥」
「あれ、伝わらないですかね‥‥んー‥‥えっとー」
「もう黙っとけ、ここで襲われたくなかったら」
「な‥‥っ」
これ以上いたずらにこころを掻き乱されては堪らない。尤も、本人には自覚がないが。‥‥尚悪い。
脅すような口振りで制して、フランの唇をさっきよりも乱暴に奪う。
「ん‥‥っ、んぅ」
「きらきらしてんのは、オマエ」
「え? ミーは、」
「してんの、オマエはそう思ってなくても、俺にはフランが一番きらきらして見える」
「――そ、ですかぁ‥‥」
頬を染めたフランが、無意識で呟いたであろうことばに、眩暈がする。
「センパイのきらきら、少し、ミーに伝染ったのかも」
これから先ずっと、フランには敵わないとベルフェゴールが悟った瞬間だった。
フラン本人は気づいていない。皆がほしがるフランという存在を、独り占めしている事実。
(‥‥俺だけの、)
手をすり抜けて行ってしまわないよう、握った手に力を込めた。
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