※最初の一文を読んで不快になられた方はお読みにならないほうがよろしいかと。




 大学では、クロームと付き合っていることにしている。そのほうが互いに都合がいい。師匠のこととか、その他諸々。

「ケーキ、お弁当‥‥?」

「そうですー」

「‥‥それ、この前雑誌に載ってた」

「ほんとですかー、おいしいんですよーこれ」

 食べますー?と独特の口調で訊ねると、クロームはたっぷり黙っていいの、と控え目に訊ね返した。傍から見れば可愛いカップルだ。女の子がふたりでいるような感は否めないがそれでも女子から絶大な人気のフランに男子から絶大な人気のクローム。周りの羨む眼福カップルと言っても過言ではない。
 とはいえそれが仮の姿だと知っているのは校内ではひとりだけ。
 どうぞとクロームの前にケーキを差し出してもどうせほんの少ししか取らないのでフォークを奪い、並みの一口大に掬って差し出した。ありがと、と頬を染めるクロームはフランの目から見ても可愛い。

「それ、Risplendere.の一番人気のチョコレートケーキじゃない!」

「あー、M.Mネーサン‥‥」

「あそこ持ち帰りやってないわよね、どうしたのよそれ!!」

「今日もうるさ‥‥いや元気ですねー、ミーのひとより控え目な生気という生気が吸い取られてるなうですー」

「バカフラン!」

 まさにいま食べようとしていたクロームから、ひょいとフォークを奪うとあとは一瞬で。あ、と止める間もなくM,Mの口の中に消えてしまった。クロームはこころなし、あ、と落ち込んだ顔を見せる。

「おーいしい!」

「まだありますからそんな顔しないで大丈夫ですよ」

「‥‥ありがと、フラン」

 ラウンジにいる全員からと言っていいほどの羨望の眼差しを尻目に、M,Mに取られたフォークを取り返すのは諦めフランは自分のソレでクロームの口元まで運んだ。照れつつも隣からケーキを狙う視線はいくら鈍いクロームにもバシバシ伝わっていたので、小さく口を開ける。

「‥‥おいしい」

「でしょー?」

「で、コレ、どうしたのよ」

 ここ一回行ってみたいのよね、イケメンしか働けないって聞いたし従業員もパティシエも全員イケメンなんだって、なんて鼻息荒く言うM,Mには悪いがその手の話題に興味はない。

「あー‥‥センパイが、働いてて」

「それで?」

「余ったからあげるって、くれ‥‥」

「あんたねぇっ、余るわけないのよ! 朝からスッゴい並ぶんだからね!」

 始業の時刻を五分過ぎ、やっとM,Mがそれに気づき、漸く解放されたふたりだった。
 今度は連れて行きなさいよ、と捨て台詞を残し去って行ったM,Mの、なんと頬のつるりとしたことか。フランとクロームの元気ならとっくに吸われ尽くしている。

「‥‥この後は?」

「フラン、バイトだから、私も帰る」

「じゃ駅まで一緒ですねー、送りますー」

「ありがと‥‥」

 クロームを送り別れてから、先ほどポケットの中で震えた携帯を確認すると、ちょうど昼休みだったのかメールの送り主はベルフェゴールで。

『今日はこっち十一時には上がるから残業すんな。ルッスーリアには言っとく』

 くす、とつい笑ってしまう。はーいなんて絵文字も記号もない簡素なメールをしたけれど、本当は嬉しくて仕方ない。
 そういえば講義で後ろに座ってた女子たちが、もう二週間も彼氏に会ってないよ、なんて話していたっけ。もう付き合って三ヶ月を過ぎたが、週五ペースで会っている。ゆっくり会えるのは月に二度三度だが、会えるだけでいいのだ。好きで好きで、酒の勢いに見せかけて告白した。いいけど、なんて気のないようにに受け入れてくれた割には、すごく大切にされているのは明らかで。
 フランの週四回のバイトには余程のことがない限り迎えにきてくれる。それに合わせてシフトを組み替えてくれたというのだから、それを知ったときは正直泣くかと思った。
 仕事が終わった時間が遅くなければ、帰りに家に寄ってくれることもしばしば。逆に会えない日の寂しさが増すなんて、言わないし、言えないけど。
(でもミー、あの女子よりは、幸せですから、ねー)
 ベルフェゴールに触れている時間、確かに満たされているはずなのに、こころが冷えるときがある。フランが抱えた秘密を、まだ打ち明けられずにいる所為だ。
 見上げた空は都会特有の小ささで、見える星もまた少なかったがそれでも、懸命にきらきらと瞬いているようだった。






『risplendere』はきらきら光るとか光り輝く、とかそう言った意味の言葉を拾ってきました。
読みはリスプレンデレ。だそうです。




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