フランがヴァリアーにきて一週間。眠れない夜は、七回目を数えた。
バレないようバレないようと気を張って過ごしていたが、フランにとってサイアクの相手にバレた。
「お前もしかして、ひとりで寝れねーの?」
「っ、まさか、そんなわけ、な‥‥」
「だって寝てるっつったら大抵談話室で仮眠程度だし、お前の部屋いつも電気点いてっし」
「‥‥ストーカーかよ」
「ちげえよ観察だっつの」
ベルフェゴールは、おかしいと思っていたのだ。最初こそ夜行性なのかとか消し忘れかとか、でも、それにしても。毎晩電気の消えない部屋の中、生きている音すらしないのもざらで。
「‥‥師匠たちといたころは、犬ニーサンや千種ニーサンと同じ部屋で、ミーを真ん中にしてくれてて眠ってたんです」
こことは較べるのも烏滸がましいくらい、汚くて狭くて、雨風を凌ぐのがやっとのようなところだったけれど。
それでもあそこは暖かかった。
言いながら膝を抱えるフランに、ベルフェゴールは得も言われぬ心地になるが、それを、表に出したりはしない。
「ひとの気配がないと、ミー、眠れないみたいなんです」
「難儀な奴」
ぽんと頭を撫でたかと思えばししっと笑って、ベルフェゴールが談話室を後にする。先ほどより抱える膝に力を込めたのはひとりでいると思いたくなかったから。
入ってきたときは隊員でごった返していた談話室だ。
フランが入ると一旦は静かになるものの、どうぞお気になさらず、とフランが本を開くとそのうちに騒がしさを取り戻す。もちろんフランに馴れ馴れしく接するような不躾な輩はいないが、会話の対象が自分でなくても、言葉のやり取りそのものがフランの心地のいい音なのだ。
けれど入ってきたと同時にベルフェゴールは隊員たちを蹴散らしてしまったから、いまは独りだけ。
どうせ独りきりなら自室にいても変わらない。
自室に戻りベッドへ寝転んで天井を見た。豪奢な造りのシャンデリアも、華やかな証明も完璧な空調も、いま横たわるこの柔らかなベッドもそうだ。黒曜にはなかったものばかり。こんなもの全部なくていいから、黒曜に帰りたい。骸が迎えにきてはくれないかと何度も思ったが、面倒嫌いの彼がそんなことするわけがないのも、わかりきっていた。
ふかふかの枕に顔を埋め、眠りたくて目を瞑る。そんな時だ。
「ちゃお〜」
「なんか用ですかー堕王子」
「おい、堕ちてねーよ」
「ゲロッ」
バン、と大きな音を立てて飛び込んできた、そんな不躾な人間が誰かなんて聞くまでもない。
フランが頭を上げなかったのが気にくわないのか、頭目掛けてナイフ、ではなく白く柔らかいが大きな物がそれなりのスピードでぶつけられ、痛さにくぐもった声を上げる。
その、フランの後頭部に乗るような形で止まった枕をベルフェゴールはほいとフランのそれと並べた。
気配だけでは行動が読めない。ナイフ関連ならまだしも、前例がないものがわかるはずないのだ。
「王子今日ここで寝る」
「‥‥は?」
「だからー王子、今日、ここで」
「聞こえてるようるせぇなでてけよ堕王子」
「センパイの言うことは素直に聞けよ、カエル」
「特にありもしない権力振りかざしてんじゃねーよオイ」
言い合いに飽きたのかベルフェゴールはフランの隣で巣作りを始めるし、自称王子が他人の言うことを素直に聞くタイプの人間じゃないことはこの一週間でよくわかったから、フランも諦めた。
「っ冷た!」
「ししっ、カエル足あったけー」
「考えらんない、せっかくあっためたのに!」
「王子冷え性なんだよねー」
上質な毛布の下、裸足がじゃれているのは端から見れば可愛らしいかもしれないが、被害者からすればいい迷惑だ。
何を思ったのかベルフェゴールはフランの髪の毛に鼻先を埋めている。喰えないひとだと言おうか迷った末やめて、そのままにさせた。
「あったけー布団、悪くねぇな」
「いやいや、ミー川の字で眠ってましたけど同じ布団ではなかったんで眠れないんですけどー」
「んー‥‥も、だまって、カエル」
もそもそと動きいい位置を見つけたらしいベルフェゴールは早くもうつらうつらとし始め、その気配を背中に感じながら、先の言葉とは裏腹にフランもまた、睡魔に襲われた。
ちかいところで、ひとが、いきをするおとが、する。
「‥‥っ、な、なんで!」
「んー‥‥まだ、七時じゃん‥‥」
「しち、じ、って‥‥」
昨日ベルフェゴールと共にベッドに潜ったのは確か二十二時前だった。眠るつもりなど露ほどもなく、転がっているだけの予定で。だって、眠ろうとしたところで眠れないのは目に見えていたもの。それがどうだ、九時間も意識をすっ飛ばしていたとでもいうのか、他人の、ベルフェゴールの、隣で。
「もーひと眠りしろって‥‥」
フランの起こした身体を、腕を崩し再度寝かせると、抱き枕よろしく長い手足で拘束される。すう、と聞こえてきた寝息に、抱きすくめられた力強さに、なぜ再度眠さが襲うのか。
耐えていたフランを陥落させたのは、何のことはない、ベルフェゴールの、フランの髪を梳く優しい指先だった。
(結局ふたりして昼食の支度ができたとルッスーリアが呼びに来るまで)
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これが出会ってすぐだってんだからベルのタラシっぷりが半端じゃねぇなと。
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