ふと目が合った瞬間、湧き上がるのは―――…
そこに居るのがふたりだけでなくとも、あなたと視線が絡んだ瞬間湧き上がるものがある。
触れて、欲しいと
そんな単純だけれど、熱に浮かされた様な願いを口に出来る程正直にはなれず、誤魔化す様に… 想いを封じ込めるために 私は瞳を閉じるのだ―――
「椎…」
初めてその唇を許された時の、己の心臓の鼓動を忘れられない。
緊張に固まる身体を抱き寄せ、見下ろした白い頬へと己の掌を添えて 彷徨う視線を捕まえたくて、似合わない甘さで名を呼んだ。
素直に見つめ返してくれたものの、やはり恥ずかしいのか逸らされ閉じてしまう双眸 そうはさせじと今度は強請る様にその耳許へ直接囁き注ぎ込んだ。
「なぁ…こっち向けよ、頼む…」
「…っ…」
触れ合うことに不慣れな女の身体が小さく震えて それでもようやく捕まえた恋人の全てを独占したくて、渾身の甘えでもう一度名前を呼んだ。
見つめ返してくれた瞳は恥ずかしそうに揺れて、薄茶のそこへ二つ映り込んだ自分に満足して笑む。呼応する様に椎の頬の赤味が増して
(畜生…可愛過ぎるっつーの…)
そして触れた口付け
ただの粘膜の触れ合いなどではなく、愛しい女の“ナカ”に触れられたのだと全身が歓喜した。
触れることを許され、踏み入ることを許されて 欲しくて堪らなかったろ柔らかさに興奮して箍が外れた様にその咥内を蹂躙した。 そこは想像した以上に甘く―――…
我に返ったきっかけは、頬を滑り落ちる涙。
胸元に添えられていた遠慮がちな指先が俺の着流しを掴んで皺を刻む。
上昇し続ける体温と、解き放たれそうになっていた俺の裡の獣が一筋のそれで抑え込まれる。
惜しみながらも慌て離した唇は、抱き締めた身体と同じく小刻みに震え、俺の後悔を煽る。
「悪ィッ!…夢中になっちまった…!」
抱かれることは愚か、口付けすらも初めてだと言っていたのに 逸りすぎた自分を悔いたところでもう遅く、 これで嫌われたならどうすれば良いのかと本気で慌てた俺の姿は、端から見たならさぞかし滑稽だったことだろう。
「大、丈夫…っ…」
「…ッ―――」
しかし、恋人の濡れた唇からようやく零された苦しげな呟きは吐息の様に俺の肌を擽り、 安心を与えるためにだろう、微笑みの形に引き上げられた唇も、涙と俺自身の唾液に濡れて妖しく俺を誘う。
そうして再び堪えきれず同じ過ちを繰り返す俺は、真実愚か者なんだろう。 (否定はしねェ)
会う度ごとに幾度も重ねて椎に俺を刻みつける。 最近ではようやく口付けにも深く応じてくれる様になって
最中に間近でこっそり窺い見る表情にも、羞恥や苦しみだけでない色に染まり、 時折呼吸を与えてやりながら、啄む様に小さなその唇を舐めると、ぴくり震える身体の皮膚一枚下から薫らせるのは紛うことなき欲望だ。 寄せられた眉根が艶めいて、湧き上がる慣れない“欲”を必死に抑え込もうとしているのがわかる。それでも
「椎―――」
己を見つめて欲しくて 『なぁ…』と、甘える様に名を呼びながら顔中に口付けを降らせ強請ると、頬を桜の花芯色に染めながらその目蓋をゆっくりと開いてくれる。 抱き締めているのも、口付けているのも、組み敷いているのも俺なのに 擦り寄り強請りさえすれば、どんな時でも応えて甘やかしてくれるのは椎なのだ。
潤んだ瞳から滑り落ちる一筋の。
「椎…」
悲しくて泣いている訳じゃないのはわかっていても惚れた女の涙には弱く、 慰める様に柔らかな前髪を優しく梳きながら眦に口付ける。
「も、とちか…」
未だ涙の幕越しにしか見えない俺に懊れるかの様に瞬かせるその眼差しに 縋る様に呼ばれる自身の名に
椎が俺に許し、差し出す全てに俺の男はどうしようもなく誘われて―――
「…っん……!」
(悪いのはお前ェだ―――)
俺みたいな奴に好き放題にさせるアンタが悪い 恋しい女の仕種の全てが媚薬だって言うのに、自分がどんなに辛くても恥ずかしくても応えようとしてくれるその献身は、時も場所すら選ばず男を惹きつけて誘う。
理由はそれで充分だろう?
ダメと囁く言葉の裏で、瞬かせた瞳の奥に薫(くゆ)るものはきっと俺の望みと一緒―――
『貴方が欲しい―――…』
お前の真摯な
そのまばたきこそが罠
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