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ゆっさゆっさと体を揺らされてる感覚に意識が夢の中から覚めていく。ぼんやりと薄暗い天井が目に映るが掠れて見える。


重たい瞼を開けようと擦りながら揺らされている原因を探ろうと周りをキョロキョロした。


そこにいたのは、あの人だった。



「おいかっ……!!??」

「しーっ!」



名前を叫ぼうとした口を大きな手で覆われる。慌てた様子で静かにするように言うこの人は青葉城西高等学校バレー部の主将、及川徹先輩だ。


ただいま青葉城西高等学校、通称青城は只今合宿中である。次の大会までに青城も今以上にレベルアップをして及川先輩の後輩にあたる影山がいる烏野高校や昔から敵視している牛若さんなどを打ち負かすためにこうして強化合宿を行っている。


及川先輩は言っていた。彼のモットー「叩くなら折れるまで」で影山くんや牛若さんをボッコボコにして「ざまあみろ」と吐きたいらしい。性格の悪さがうかがえる。


合宿先は某高等学校。ここもなかなかの強豪でいつも練習試合や合宿でお世話になっているらしい。今回初めてマネージャーとしてついていく私はついこの間知った。


初めて合宿に来た私がどうして3年の及川先輩に夜中起こされなければならないのだろう。しかもここは女性専用の部屋。常識外れにもほどがある。



「なんの用ですか、こんな夜中に。」

「本当ごめんなしこちゃん!」

「いや、だから用件はなんですか。」

「トイレついてきて!!」



は、という言葉も出ない。開いた口が塞がらないというのはこういうことだろうか。



「なんでですか。」

「あそこのトイレ夜中は本当に怖いの!ひとりは無理!」

「ほかの先輩についてってもらえばいいじゃないですか。ほら、岩泉先輩とか。」

「この及川さんが言えるわけないじゃん!怖いからトイレついてきてなんてさ、情けないよ!」

「今も十分情けないです。てかここまで来れたんだからトイレまで行けますよ。」

「寝てる部屋は隣だから来れたんだって!ね!お願いなしこちゃん!」



幼児に言われるなら「はいはい」と大人しく聞いてついていくが、もう18歳にもなる大の男がトイレについてきてとお願いされても。


と、ここで私は思いついた。


いや待てよ、今まで散々及川先輩にあれだこれだと弄られていた私だがこの「トイレついてきて事件」を弱みとして握っていれば、今度は私が及川先輩を弄ることができるのでは?これこそ下克上。



「わかりましたよ…。早く行きましょう。」

「っ!ありがとうなしこちゃん!」



ホッとした顔を見せる及川先輩を横目に上着を羽織り、教室を出た。廊下は意外に静かで寒くて、先が真っ暗な方を進んでいくと思うと少しぞっとした。


なるほど、及川先輩が怖がる少しわかる気がする。



「トイレこっちですよね。」

「そうそう、そっち。」



その時先輩はさり気なく私の手をきゅっと握り、先輩のポケットの中へと入れた。



「うわ、なしこちゃん手冷たい!」

「……すみません、これ歩きにくいです。」

「歩きにくいだろうけど手先が冷えるよりかマシ。」

「別に平気ですけど……。」

「女の子は手先足先冷やしちゃいけません!」

「先輩は私のお母さんですか。」



はいはいもう行くよ、と及川先輩と並んで暗い廊下を進んでいった。


教室とはそんな距離は離れていないらしく、目的地にはすぐついた。横にあるスイッチを押し電気をつけ「どうぞ」と先輩に言う。



「お願いだよ!そこにいてよ!」

「大丈夫ですって。ここにいます。」

「絶対だよ!」

「しつこいです。」



及川先輩はまだ言い足りなさそうにトイレへと入っていった。私は男子トイレの表記の下で蹲る。


上着を着てきたが思った以上に廊下は寒く暗く、恐い。月の明かりが窓から差し込んで廊下を所々照らしてくれているがそれが逆に不気味に感じてゾッとする。実を言うと私も少し怖い。


及川先輩のトイレが終わるのを待つが暫くしても出てくる気配はない。おかしいなと思いつつもじっと待っているが、トイレにしては長過ぎる。お腹壊したのかな?



「及川先輩?」



シンとした空気の中、私が先輩を呼ぶ声だけが響いていく。それさえもこの怖い雰囲気を増幅させるのには充分だった。



「及川先輩?お腹痛いんですか?」



もう一度トイレの中へ向かって声を発するが返事は返ってこない。


今は及川先輩しかいないし入っても平気かな、そう思った私は男子トイレに足を踏み入れる。そして及川先輩が入ったであろう扉をノックする。



「及川先輩大丈夫ですか?」



コンコンとノックをするが、返事すら返ってこない。どうしよう、返事もないしこのまま及川先輩置いて帰れないし私も来た道ひとりで帰るの少し怖いし。


思考を巡らせていた刹那だった。



「だーれだ。」

「んぎゃあああ!!?」



突然背後から飛び出してきた手が私の目の前を覆う。冷たい手の感触と突然の登場に女の子らしくない叫び声が出てしまった。あまりにも吃驚してしまったため、目に涙が溜まる。


覆っていた手をとり、後ろを振り向くとそこにはニコニコした及川先輩がいた。



「な、なんてことするんですか!」

「まあまあ。このやりとりも必要だったんだって。」



なんで、と問おうとした時だった。


及川先輩は携帯を顔の横で振る。その携帯の画面には赤いボタンと「録音」の二文字が映し出されていた。私はそれを見て固まる。


そしていつものニコニコ笑顔で口を開く。



「交換条件なんだけど、いいかな?」

「……わ、私のその叫び声を弱音に今回のトイレついてきて事件を黙ってろってことですか。」

「なにその事件。まあ、そういうことかな。」



再び笑顔向ける及川先輩に私は頭を抱えた。やられた、ただその言葉が頭の中を埋め尽くした。



「せっかく、及川先輩の弱み握ったと思ったのにー!」

「俺に勝とうだなんて一万年早いよ。」

「くっそー!」



まんまと及川先輩の罠にハマってしまった私はあまりにも悔しくて目に溜まった涙を拭くのも忘れ及川先輩を睨んでいた。この人は油断も隙もない。叩くなら折れるまでというが後輩にもこんな容赦ないのか。



「まあ、トイレが怖いからついてきてっていうのは本当のことだけど。」

「?」

「なしこちゃんの泣きっ面を見たかったっていう方が大きいかな。」

「な、なんですかそれ!?」



なんて失礼な!と言おうと口を開いたときだった。


ゴツゴツした指がそっと私の目の方へいき、溜まった涙を掬い取る。さっきまでぼやけていた世界は少し落ち着きを取り戻した。



「でもあんな寂しそうに俺のこと呼ぶなしこちゃんは貴重だったね。」

「そ、そんなことないです!」

「俺のこと心配してくれたの?」

「別にそういうわけじゃ……。」

「ふーん?まあいいや。明日も早いし早く帰ろうか。」



ありがとう、そう言って及川先輩は私に手を差し伸べた。それに戸惑いながらも手を乗せるとまた及川先輩のポケットの中へと入れられる。



「今度は返事してください。」

「ん、なんで?」

「……し、心配するので。」

「やっぱり心配してたんだ。」

「だから別にそういうわけじゃ。」



寒く暗く、恐い廊下を二人で歩く帰り道はさっきよりも明るく、暖かくなっていた。







返事してよ!



「……お前ら大丈夫か。目の下に隈できてんぞ。」

「……大丈夫。」

「……大丈夫です。」




タイトル:スイカさんより



後輩マネージャーが合宿中の夜中に及川のトイレに付きそうお話でした!斬新なシチュエーションを頂き書いていてとても楽しかったです!合宿中のお話結構書いてて楽しかったので次もまた挑戦してみたいです( ^ω^ )
リクエストありがとうございました!


 
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