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人は嬉しいとき、その気持ちを誰かに伝えようと誰かに分け与えようと幸せを言葉にしたり表現したりする。人は悲しいとき「大丈夫だよ」という言葉を求めて慰めてくれる人を見つけ慰めてもらう。人は寂しいとき体にぽっかりと空いた穴を埋めるために人を利用する。人というのは所詮自分が一番大事で自分さえよければそれでいいと心のどこかで思っている。


ああ、なんて汚い生き物なんだろう。しかしこんな汚い生き物は同じ生き物に恋をする。私は人のこんなところも愛しくて守ってあげたくなる。ぎゅっと抱きしめて壊れ物のように優しく撫でてやりたい。そうすればきっとそれは私しか見えなくなる。


そう思ったのは彼とそういう関係になった時だった。



「なしこ。」



そう呼ばれる度に必要にされている気がして頬が緩むのを我慢できない。振り返って返事をすると彼はにっこりと笑って私の頭を撫でてくれる。それが嬉しくて彼へと寄り添う。その時間がたまらなく愛しくて私が一番幸せなひと時だ。


彼は青葉城西のバレー部の主将。バレーの強豪校として恐れられている青城の主将だなんて相当実力のある人なんだろう。知った頃は「すごいね」と言っていたが彼の冷たい目を見てそれについて触れるのはもうやめた。お前に俺の何がわかる、そう言われている気がした。


関係を持って彼は友達としての距離より更に縮まった。素直に嬉しかった。私が今の彼の特別なんだって教えてもらっているように思えたから。彼も「なしこが彼女でよかった」なんて言葉を言ってくれていた。それだけで幸せだった。


だけど彼には秘密がある。私には隠しているつもりだろうけど隠しきれていない。笑顔の裏に隠していたそれは友達よりも近い距離にいる私の目の前にあった。決して越えることのできない壁を見たときは泣き崩れそうだったけどそれでも彼の傍にいたいという私の我が侭が欲を出し、何も言わず気づかないフリをして彼の傍にいる。



「なしこ、ごめん遅れて。」

「ううん、平気だよ。」



急いで着替えたのだろうか、乱れたジャージで校門まで走ってきた彼は手を合わせ謝る。今日は火曜日なのだが委員会もあって帰りが遅くなるから一緒に帰ろうと言ったのは私。別にそこまで気にする必要はないのに。



「別にゆっくり来てよかったんだよ?」

「だめでしょ。女の子を暗いところで待たすなんて。」



またそうやって期待させるようなことを言う。そうやって女の子扱いをするから彼から離れられないんだし、もっともっとと欲が出る。そんな自分の姿を想像して滑稽だと鼻で笑う。



「早く帰ろう。明日も朝練あるんでしょう?」

「...うん、帰ろうか。」



そう言って彼は手を差し出す。その手にそっと冷たくなった私の手を重ねると暖かい手で覆われた。彼の体温が伝わる。繋がれた手が引かれるように彼のポケットの中に入り歩き出した。少し歩きにくいがこの歩きにくさに幸せを感じた。


女の子もいるからなるべく大通りを通ろうという彼の配慮によりキラキラと輝く通りを歩く。まるでイルミネーションを見ているみたいだ。こうして二人でどこかへ出掛けることはあまりないからこうして二人並んで歩く短い時間も私にとっては大切な宝物だ。


そのときだった。



「徹...?」



少し低めの女の人の声。その声を聞いてどきりと心臓が跳ねる。前に一度聞いたことがある彼の思い出。その中で彼が楽しそうに話す思い出があった。その思い出の中でよく出ていた女の人。私はその人の話を彼から聞いて確信した。


ああ、私って身代わりなんだって。


それでもいいと思って彼から離れなかったのは自分だし、傷ついても何も言えない。気づいたときに離れていればいい話だったのを私の我が侭で離れなかっただけ。彼の傍にいたい、ただそれだけだった。


私は振り返らず横にいる彼を見る。すると彼の目はイルミネーションよりもキラキラと輝いていて私なんか見向きもしていなかった。そんな時少しずつポケットの中に入っている手が離れ始める。



「元気にしてた?」

「はい、陽子さんも元気そうですね。」

「こんな時に風邪なんて引いてられないわ。」

「ああ、確か大きな仕事任されてたんですよね。」

「ええ、私の夢を叶える大事な仕事よ。」



耳を塞ぎたくなった。彼の声がいつもよりも柔らかい、優しい。彼の笑顔がいつもより自然だ。そこにいるのは彼であって彼でない。私の知らない彼がいてそれを向けているのは私なんかじゃなくてその女の人で。ああ、考えすぎて頭が痛くなってきた。



「ところで、そちらの方は?彼女?」



ああ、もう、なんでそこ突っ込んでくるのなんて理不尽な怒りを女の人にぶつけてしまう。本当に頭が痛い、今すぐこの場から走り去ってしまいたい。しかしそれは彼の手が阻止していた。



「この子?この子は俺の大切な人。」

「ふーん、手なんか繋いじゃって。両思いなのね。」

「いや、片想いだよ。」



その言葉を聞いて女の人と私の驚いた声が重なった。確かに私達が関係を持ったときは特にお互い付き合ってもいいよ見たいな感じで始まった関係ではあった。バレー部の人やクラスの人には彼女なんて言ってたのに。どうして?



「俺の気持ち、この子に伝わってないんだ。」

「ちょ、あんたそういうのは私じゃなくて本人に言いなさいよ。」

「うん。だから今言うところだったんだ。」



そう言って彼がにこりと笑う。その顔を見て女の人が気まずくなったのか苦笑いをして「それじゃあ」を短い挨拶をしてその場を去った。なんて気まずい雰囲気を残してくれたんだ。段々私も気まずくなり緩くなった繋いでいる手を抜こうとするが強い力で握られた。



「何で逃げようとするの。」

「あ、いや、その。」

「何で聞いてこないの。」



むすっとするその横顔を横目に私は逃げることを諦めて「どうして片想いなのか」と聞いてみた。



「俺のなしこが好きだよって気持ち、伝わってないと思ったから。」

「え、」

「俺がまだあの人好きだと思ってるんでしょ。」

「なんで、それを。」

「なしこの考えてることわかりやすいもん。」



そんなにわかりやすい態度をとっていたわけではないはずだが。相当のショックで自分でもわからなくなるくらいわかりやすい態度をとっていたのだろうか。



「それで。」

「え?」



ズイッと顔が近づく。反射的に後退りしたが繋いだ手が彼の方へ引っ張られ距離がさらに縮まる。ずっと望んでいたことが今目の前で起こっているのに現実味がなくてどう対応していいか分からず流されるままだった。



「どうしたらなしこに気持ちが伝わりますか。」



あーあ、こんなこと言いたくなかったのに。ここまで気づかなかったなしこのせいなんだからね。わかってる?と至近距離で話す。わかってる、わかってるからこの状況から開放して欲しい。恥ずかしさで口から火が出そう。さっきの頭痛は熱に変わり顔全体に広がる。



「あ、あの。」

「なに。」

「もう、伝わってるんで。大丈夫です。だから、あの。」

「いや、伝わってない。ちゃんと俺の目見て言って。」



その言葉を聞いて初めて彼の、徹の瞳を見つめる。キラキラとイルミネーションのように光る街灯が反射して光るその中に間抜けな顔をした私の顔が確かに映っていた。徹の瞳の中に私がいる。私の瞳の中には徹がいるだろうか。



「...うん、いる。」

「?」

「徹が、いる。」



そう言葉を漏らすと、待ってましたと言わんばかりの勢いで徹は私を抱きしめた。キラキラと光る街灯が私達のそのみっともなく実に青春らしい姿を映していた。







あなたの瞳に映るのは誰?



「あの、徹さん。」

「なんでしょう。」

「そろそろ離れよう。」

「なんで。」

「人が見てて、は、恥ずかしいから。」

「!?!?」



タイトル:ひなさんより



リクエストありがとうございました!とびっきり切ない話にさせていただきました!シチュエーションも私があまり書かないものだったので新鮮で楽しかったです(⌒▽⌒)ありがとうございました!


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