( 1/1 ) 「.......。」 「...わかるか?」 「うーん、もう少し考えてみる。」 「そうか、頑張れ。」 「うん。」 「.......。」 「.......。」 「........。」 「やっぱりわかんない。」 「諦めるの早いな、おい。」 椅子から立ち上がり片手にわたしの通う高校が使っている教科書を持ち、もう片方にシャーペンを持ちそのシャーペンで問題を指しながら解説をしていく。 その距離僅か数センチ。この心臓の高鳴りも実は聞こえてるんじゃないかってくらい近くて落ち着かない。けど集中しないとせっかく教えてもらっているのだから。わたしは問題用紙に集中する。 彼は有名大学に通う大学生、土方十四郎。彼には家庭教師としてこの家に来てわたしの勉強を教えてもらっている。そんな彼と家庭教師の関係で早2年。わたしは彼に恋をしてしまった。なんとも残酷な運命を選ぶものだわたしは。 「...てことだが、わかったか?」 「うん、なんとなく。」 「じゃあここ問いてみろ。」 「うん。」 彼といれるのは週に2回火曜日と木曜日。その日は彼の大学の授業が早く終わるからわたしが学校から帰る時間と合うらしい。でも欲を言うと毎日会いたい。 しかし所詮高校生と大学生。歳はそんなに変わらないにしろ見た目がものすごく変わる。まさに大人と子供の境目といっていいだろう。 「お、わかってんじゃねーか。」 そう言ってシャーペンでトントンと問題を指す。そこには自分で書いた憶えが無い数式がズラズラと書いてある。でも明らかにわたしの字だ。無意識に解いていたらしい。 少し休憩、と言って土方さんはうーんと背伸びをする。だいぶ疲れているらしい。その姿も可愛らしく思えてわたしは頬が緩む。それがバレないように話しかけた。 「土方さん、大学楽しい?」 「あー、楽しい時は楽しいな。」 「いいな、高校っていろいろ縛られてるからつまんない。早く大人になりたい。」 「俺としちゃァ高校生が羨ましいよ。」 「えー、どうして。」 「色々楽だからな。」 「そうかな...。」 「姫路野も大学生になれば絶対高校生の方がいいって思うさ。」 「ふーん...。」 そう言って頬杖をついて思考を巡らせていると土方さんは思い出したように聞いてきた。 「そういえば姫路野、大学どこ行くんだ?」 「大学、かぁ。わかんない。」 「そうか。まあ、焦らず「土方さんと同じ大学に行けたらいいな。」」 じっと彼を見つめて彼の言葉を遮ってそう答えた。すると彼は目を開いてわたしを見た。そして頭をガシガシとかいて困った様子をしている。 「土方さんと会えるんなら、わたしどこでもいいや。」 「...それ、意味わかって言ってんのか。」 「そういう意味を込めて言ったつもり。」 そう言ってにっこり笑うと土方さんは再び頭をガシガシとかいて、項垂れた。 なんだかいつも大人な土方さんがこうして困っている姿をしているととても面白い。余裕がないのか本当に困っているのかわからないけど、なんか面白い。 「ごめんね、困らせて。」 「あぁ、全くだ畜生。」 右を向いて左を向いて上を向いて下を向いて、土方さんはやっとわたしの方を見てくれた。頬はほんのりと赤に染まっていた。 また新たな一面を見れた気がして少し嬉しいわたしがいる。土方さんってかっこいいだけじゃなくて可愛い部分もあったんだ。 「姫路野が先に仕掛けたんだからな。」 「ごめんね土方さん。この家皆姫路野なの。」 「...凛華。」 そう言って椅子を引き寄せて頬にそっと手を添えられる。そして優しく優しく撫でてくれた。わたしはその心地よさで目を閉じる。 「俺も実家に帰ったら土方ばっかだが。」 「...十四郎、さん。」 「よくできました。」 ふっ、と鼻で笑い徐々に近づく息遣い。わたしはただただそれが静かに重なるのを待っていた。 息遣いが混じり、離れるとお互いの顔を見合わせて笑った。その瞬間社会的地位なんて関係ないのだと思えてきた。 大学生、高校生とうだうだ考えている暇があったら行動するのが一番なんだね。あぁ、変なこと教わっちゃった。 「こういうことはちゃんと口に出して言わなきゃいけねーよな。」 「そういうもんなのかな。」 「少なくとも俺はそう思ってる。」 変なところで真面目な彼は少しわたしから目線を離し、再び絡み合わせる。この時間がとても幸せだ。 「凛華、好きだ。」 わたしはその言葉に頬を緩ませ、ただ静かに頷いた。 このキスは毒薬 甘い甘いわたしの心を溶かしてしまった あなただけが持っている特別な毒薬。 |