( 1/1 ) わたしの今の状況を説明しよう。 昨日のことをズキズキと痛む頭で振り返りツッコミどころがありすぎることがわかった。ひとつひとつ解決していこうかと思ったが頭が痛いのでもう何も考えたくない。 とりあえず一旦落ち着こうと目を開け体を起こし、辺りを見回した。 「ここ、どこ...?」 そこはわたしの部屋なんかよりも殺風景な部屋だった。あ、どうやらわたしはベッドにいるらしい。意外にフカフカだったので少し嬉しい。 ......じゃなくて、ここどこよ? ズキズキ痛む頭を押さまえながらわたしはベッドから出る。立とうとしたがとにかく頭が痛い。あれだけ飲めば二日酔いも相当酷いだろう。 その場で蹲り「うー。」「あー。」と唸っていた時だった。 「お、起きたか。」 「え。」 わたしとは別の声がした。声がした方向を見ると目の前には目が死んでいる銀髪天パがいた。彼は水と数粒の薬をわたしに渡してくれた。 飲め、ということだろうか。 手にとろうか迷っていると彼がわたしが取るよりも先に口を開く。 「二日酔いの薬だから飲め。」 「あ、ありがとう。」 「気にすんな。」 親切な彼から薬を受け取り、飲む。あ、わたし疑いもせず飲んだが大丈夫だろうか。そう思っても遅い。既に薬は喉を通り食道を通っているだろう。 その時はその時でまた色々と考えよう。とりあえず今はこの頭痛から逃れたい一心だった。 「昨日は悪かったな、巻き込んで。」 よっこらせ、と掛け声とともにベッドの近くにあるテーブルの側に座る。彼は申し訳なさそうに謝った。 「えっと、とりあえず説明お願いできますか?」 「あー、うん。えーと、どこから話せばいんだ。あ、俺坂田銀時って言うんだけどあんたは?」 「わ、わたしは姫路野凛華です。」 「姫路野さんね。」 そう言って彼はよろしく、と手を差し出した。反射的にそれを掴んだわたしだがよろしくの意味がわからなかった。 「そういえば、昨日のアレはなんですか!?あれ、天使の格好してましたけどやってること悪魔に近かったんですけど!」 昨日のことを思い出してもゾッとする。真顔のままわたしの首を絞め続ける天使の姿はわたしが今まで想像してきた優しい天使なんかではなかった。 今思い出しただけでも首のあたりが締め付けられたときと同じような感じがする。首をずっと持たれている感じがして落ち着かない。 「もしかして、天使のコスプレですか!?いや、にしてもなんで真夜中に。しかもわたしの首を絞めて...。」 「いや、あれ正真正銘の天使だから。」 「へえ、そうなんですか!天使ってやっぱりあんな格好してるんですか!いやー、にしても最初は小さくて可愛いななんて思っていたんですけど......、 ......え、天使?」 坂田さんの方を向くと一切動揺を見せない。どうやら本当のことらしい。疑うこともできるが昨日のことを経験したら信じるしかない。 わたしは別に天使も悪魔も幽霊も信じているわけではない。寧ろいないだろ、信じるとかお子様じゃんとか馬鹿にしている類の人である。 その馬鹿にしている類の人は昨日どうやら本物の天使というやつを見てしまったらしい。中身は悪魔だったが。 「な、なんで天使がわたしなんかを襲ってきて...。」 「ごめん、それ俺のせいなんだわ。」 「え、坂田さんのせい?」 「そう、実は俺天使たちに追われててさ。」 へらっと笑って答える坂田さんをわたしは目を丸くして見る。天使たちに追われるということは相当やばいことをしたわけだきっと。ということはこの人はきっとあれだ。 「坂田さん悪魔!?」 「んなわけあるか。」 よかった、とりあえず悪魔ではないらしい。一安心する。お前の魂を喰らいに来たとかそんな恐ろしいことはないらしい。 いや、できない。天使たちに追われるとか坂田さん一体何して追われているの。それに悪魔でないとしたら一体何者? 「あの、坂田さんって一体...。」 「俺?あぁ、まだ俺のこと言ってねェか。」 今まで下を向いていた顔が上がり、わたしを見つめる。 その時気づいた。なんて奥深い赤い瞳をしているのだろう。このままずっと見つめていたら吸い込まれていってしまいそうだ。そう思っていても逸らせないでいる。 そんなわたしに坂田さんは見つめたまま答える。 「俺は翼を取られた元天使、通称堕天使ってやつ。」 「墮、天使...。」 「奴ら天使たちのお偉い方大天使様ってのに喧嘩売ってな、翼取られちまった。」 そう言って背中をトントンと手で軽く叩く。表情も口も軽い。どうやらそこまで気にしていないらしい。 「え、でもなんで天使たちは坂田さんを追って?」 「...実は俺よォ、牢屋ぶっ壊してきたんだわ。」 「は?ぶっ壊して?それって脱獄したってことじゃ...。」 「そういうこと。で、俺を連れ戻しに天使たちが迫ってきたわけ。」 「え、でもわたし関係ないですよね?」 「多分俺の匂いがいつの間にかついていたんだろ。あいつら匂いに敏感だからな。」 「え、一体いつ匂いなんかついたのかな...?」 「そうさなァ、例えば居酒屋で隣に座っていたとか。」 そう言ってニヤリと口角を上げて笑う坂田さんを見てわたしはヒクヒクと片頬が引き攣る感じがした。 つまり坂田さんは居酒屋で酒を浴びるように飲むわたしを見ていたのだ。居酒屋の旦那に自慢話をして閉店までお酒をガバガバ飲む女の欠片のないわたしの姿を坂田さんは見ていた。 今なら恥ずかしさで海の底まで沈むことができる。もう穴に入りたいレベルではない。沈みたいレベルまで達していた。 「いやァ、まさかそれで襲われるとはな。あそこ通りかかってよかったぜ。」 「え、てことは昨日わたしがあんな目に遭ったのは...。」 「だから俺のせい。ついでに目もつけられたな。」 「え、ええええぇぇ!!?」 ガサガサと後退するがすぐ壁にぶつかり鈍い音と共にわたしは項垂れる。勢いが良かったのか頭の上あたりが膨らんでいる。きっとたんこぶできた。 いやいや、そんなことより。 痛みを手で押さえて我慢しながら、キッとわたしは坂田さんを睨んだ。 「なんてことしてくれてんですかァァ!!!」 「だから謝ったじゃん、ごめんって。」 「いやいや!!それ謝って済む問題じゃないです!!」 「ったくよォ、姫路野さん勘弁してくれや。」 「こっちのセリフです!どうしてくれるんですか!?また襲われたら今度こそ死にますよわたし!!」 「...あー、わかったわかった。責任取りますよ。」 眉間に皺を寄せたところを抑え、片手でわたしを制すかのように頭を掴む。 いやいや、二日酔いで頭痛いのに頭掴むってこの人何考えてるの。ちょ、叫んだせいか掴まれているせいかわからないけど余計頭が痛くなった。 そんなわたしの状況を理解していない坂田さんは死んだ目を輝かせてわたしを見た。 「俺が招いた出来事だからな。」 「そ、そうですよ!!どう責任を、」 「だから姫路野さんの用心棒になってやらァ。」 「は、い...?」 用心棒、用心棒。用心棒とはあれですか、ボディーガード的なあれですか、あれですよね、あれだ。 ボディーガードってあれですよね、常に側にいて害から守ってくれるあれですよね、黒いスーツの、いや関係ないか。いや、でもあれっすよね。 「ふええぇぇええ!?」 「よろしくな、姫路野さん。」 そうにっこり笑う坂田さんは、実に輝かしい笑みを浮かべていた。 初めまして 先程の「よろしく」の意味がやっとわかった。 そうか、用心棒としてのよろしくだったのか。 わたしは頭が更に痛くなり、眉間に皺を寄せた。 |