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「それじゃあ、行ってきます。」

「おお、いってら。」



銀時さんが暮らして数日。彼との生活にも慣れ彼も家でする役目をやっと覚えてくれた。ここまで教えるのにわたしがどれだけ苦労したかは想像にお任せする。


正直彼がいてくれて楽だ。仕事から帰るときひとりで暗い道を歩くこともない、家に帰ったら洗濯物やお風呂、食事の準備などは銀時さんがしてくれるのでわたしは何もしなくていい。


まるでわたしの家に家政婦がついた、そんな気分だ。家政婦がいたらこんなにも楽なのかと家政婦を雇う人のの気持ちに共感する。こりゃあ便利だ。


そんなわたしの日常は専属の家政婦がついたくらいで後のことはいつもと変わらない。



「くォらァァァァァ!!姫路野!!」

「ひぇぇぇぇ!!すみませんんん!!!」



立派な席で怒鳴り散らす部長の元へと急いで駆け寄る。先に謝るのは謝るほどのことをしたとわかっているからだ。冷や汗をたらたら流しながら部長の前に立つ。



「てめェは何回言わせれば気が済むんだ?あ?」

「す、すみま」

「この資料の作成の仕方俺はお前にいつ教えた?」

「入社してすぐの頃に...。」

「お前の頭の中はまだ入社したてか?あぁ?」

「ひっ!も、もう数年は経っております!」

「だったら資料のひとつぐらいまともに作れェェェ!!」

「すすすすみません!!やり直してきます!!」

「当たり前だこのド阿呆!!!」

「ひー!!!」



部長に叩きつけられた失敗した資料を受け止め急いで席へ戻る。そして大きな大きなため息。


あぁ、今日の部長はいつにも増して機嫌が悪い。その日の機嫌で怒鳴り方をコロコロ変えるのをやめて欲しい。というか怒り方を覚えるくらい怒られるわたしもそろそろ学習して欲しい。学習能力を見につけよう、自分。



「姫路野!!!!」

「は、はいィィィィィ!!」



どうやら今日のわたしには悪魔やら何やら、とにかく運の悪いものがついているらしい、きっとそう。わたしは急いで部長の元へと駆け寄った。足が痛い。明日は筋肉痛で悲鳴を上げそうだ。




















「お疲れ。」

「...ありがとう。」



日常と化してしまった銀時さんが仕事場の外のところで待ってくれていること。朝は銀時さんから始まり銀時さんで終わる。銀時さんを見て仕事が終わったと思えるようになった。


筋肉痛でビキビキと鳴る重たい足を引きずりながら暗い道をふたりで歩いていく。いつもビクビクしながらここを通って帰っていた以前のわたしはいない。



「足、怪我してんの?」

「ううん、筋肉痛。今日あちこち走り回ったから。」

「また例の部長こき使われたか。」

「まあね。」



へへ、と苦笑いするとその苦笑いに答えて銀時さんも苦笑いで返してくれる。そして優しい手つきでわたしの頭を撫でてくれる。わたしはこの手つきが好きだ。


その優しさに浸っていると頭上から声がかかる。



「あんま無理すんなよ。息抜きってのも必要だぜ?」

「ありがとう。でもこの仕事好きだからもう少し頑張るよ。」

「そうか。凛華らしいな。」

「え!そ、そうかな...!」



実は名前呼びにまだ慣れていない。銀時さんは普通にさらりと流すように呼ぶがわたしは時々吃る時がある。どうしても恥ずかしくて呼べない時があるのだ。


まだ出会って数日の人をいきなり呼び捨てるできるほどわたしは明るく元気なリーダー的存在な子、というわけでもない。わたしはお硬い人間。



「今日のご飯はなーに?」

「今日は豆腐ハンバーグとサラダ。」

「やった!豆腐ハンバーグ好き!」

「...喜んでもらえて何より。」



銀時さんがいることが日常となってしまった。銀時さんがわたしの隣にいることが当たり前となってしまった。今まではいないのが当たり前だったのにその当たり前に戻るのが怖いと怯えている。


銀時さんがいて「おかえり」の言葉の暖かさを知れた。言われ慣れてないから最初は照れくさくて下向いてボソボソと呟いていたが今は成長してきちんと「ただいま」と言える。


この当たり前がいつか壊れてしまう。そのことが怖くてわたしは真夜中時々不安になる。どうしてわたしはここまで銀時さんを求めるのだろう。



「凛華。」



名前を呼ばれて気がつけば家のドアの前。わたしは我に返り銀時さんを見た。彼は鍵を開けてドアを開いて待っていた。



「おかえり。」

「...ただいま。」



にこりと微笑み「さあ、飯食うか」と靴を脱ぎ散らかし部屋へと入っていった。わたしはぼうっとその背中を見つめる。


「おかえり」さっきの言葉が頭の中でずっとエコーみたいに響いて再生される。耳からへばりついて離やしない。



「凛華、何突っ立ってんだよ。ご飯だぞ。」

「あ、うん。ごめんごめん。」



再び我に返り窮屈の靴を脱いで、カバンをソファに投げご飯の準備を手伝おうと彼の方へと歩く。







当たり前です



わたしの当たり前は以前よりも明るく、

暖かいものへと変化していってしまった。

それと同時に失う不安も日に日に増していく。



 
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