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「か、帰ってくださいーっ。」

「いやいや、だから姫路野さんが死にたいんなら帰ってもいいけど。」

「え、あ、それは...。あーっと。」

「なら、お邪魔しまーす。」

「ちょ、坂田さん!」



わたしを送るだけなのにどうしてあんな大きな荷物、と疑問に思っていたことが今晴れた。急いで扉の前で締めようとしたが所詮男と女。力は圧倒的に彼の方が上で扉をこじ開けられてしまった。


彼は遠慮なしにズカズカとわたしの部屋に入る。そして部屋にあるソファに座りテレビをつける。その一連の動作をポカンとした顔で見つめた。


いやいやいや...!!



「いやいや、坂田さん!あなた図々しいにも程がありますよ!!」

「あー、もう終わったじゃねェか。ピン子。」

「え!嘘!わたしもピン子見たかったのに!!......じゃなくて!」



只でさえ仕事帰りで疲れ果てているのに大声を出すことでまた更に疲れ果ててしまいそうだ。わたしは眉間に皺を寄せ唸る。


彼はもしかして自由人なのか。人生全てを流れるままに受け止めちゃった人なのか。いやいや、それで堕天使になるっておかしくないか。


皆さんお忘れかもしれないがこの人は一応人間であって人間ではない。つまり現世に存在しないはずの人。雲の上か地の下かで現世を眺める存在の人だ。今は訳あって人に見えるようになっているが。その訳も分からない。あー、益々混乱してきた。


その姿を見て坂田さんはテレビを消してソファから立ち上がりわたしの方へ歩み寄ってきた。それに気づいてわたしは顔を上げる。


その時、坂田さんの赤い瞳とわたしの瞳が交差した。



「悪ィな、面倒くせェことに巻き込んで。」

「え。」

「大丈夫。迷惑かけねェようにする。」

「え、ちょ、坂田さん...?」



突然謝られここの部屋に住む前提で坂田さんはペラペラと喋る。



「なんなら毎日ご飯だって作ってやる。風呂も洗う。洗濯もする。あー、後は適当に。とにかくあいつら退治する意外できることがあるんならする。」

「え、あ、は、はい。」

「なんか、昨日会ったばっかでこんなことも言うのもなんだが...、」



指折りで数えて話していた手でわたしの手を握る。周りから見たら握手をしているようにも見えた。まさか握手をされるとは思わなくてびっくりする。


そんなわたしは坂田さんの射抜くような赤い瞳を見た。彼もわたしを見つめてゆっくり話す。



「俺を、信じてくれねェか。」



その言葉は誰しもが簡単に言える言葉でそれで人を騙すことだってできる。疑うべきことだとわたしは今まで思っていた。


しかし坂田さんの瞳を見てその言葉を聞いたら、ふと疑う気持ちがなくなる。そして「あぁ、わたしこの人のこと信用できる」と何故か思ってしまう。


人生生きてきた中で昨日会った男を部屋へ招き入れるような女では決してない。わたしは純粋な子だ。そう言い聞かせる。



「......言っときますけど、信じてなかったら坂田さんの堕天使説も信じてませんでしたからね。」

「え、ということは。」

「わたしは坂田さんが普通の人間じゃないと思ってます。」

「姫路野さん......っ!」

「わたしが信じる、そのかわり!」



握手をしていないもう片方の手で勢い良く坂田さんを指差す。それはもうビシィッという効果音が聞こえてきそうなくらいの勢いの良さ。



「わたしのこと、全力で守ってくださいね。」



そう言ってニコリと笑うと彼は一瞬目を開き、そして困ったように笑う。その彼を見てわたしは握っていた手に力を込めた。相手もそれに答えるように優しく力で返す。



「迷惑かけた分な。」

「当然のことです。」



くすっ、どちからともなく笑いが溢れる。一体なんの契約をしていたのかわたし達は。面白くて可笑しくて仕方がない。



「あっ。じゃあさ、そろそろ言おうと思ってたんだけどよォ。」

「え、なにを?」

「敬語とさん付け、やめにしねェ?」

「あー、そういえばそうですね。けど坂田さんの方がわたしより年上っぽいし。」

「関係ねェ、関係ねェ。はい、今から禁止な。」

「え、そんな急に!」



いつの間にか離れた手でバツのポーズをつくる坂田さん。それが子供っぽくて今のわたしにはとても新鮮に感じた。



「ほれ、銀時って呼んでみ。凛華。」

「ぎ、銀時......。」

「おー!できるじゃねェ「...さん。」」

「「......ぶっ!」」



あはは!再び漏れる笑い声。そして二人合わせて人差し指に口を当て「しーっ」と言う。今は夜中だ。こんな大声で笑っていたら近所迷惑に違いない。


しかしその動作もふたり重なっていたので再び笑いが込み上げてくるが必死にそれを抑える。これを毎日していたら腹筋が割れそうだ。



「あー、お腹空いた。なに食べようかな。」

「パフェ食いてェ。」

「それデザートだって。晩御飯食べたいの。」

「えー、じゃあ...、スパゲティ。」

「ナイスアイディア!!」



さっきまで嫌だ嫌だと抵抗していた筈なのに、今ではすっかり受け入れているわたしはとても不思議だ。


そして坂田さんの言葉ひとつひとつを何の保証もないのに信用するわたしも不思議。もしかしたら今まで気づかなかったのかもしれないが実はお人好しなのかもしれない。



「(不思議な人...。)」



横に立って晩御飯の手伝いをしてくれている彼は堕天使。まあ、不思議で当たり前か。


わたしはグツグツと煮えたお湯の中に固い麺を入れた。







信じてください



「...うんめェ!!ナニコレうま!!」

「余り物で作っただけなんだけど...。」

「やっべ!銀さんこれ気に入った!」

「そ、そう。よかったわ...。」



 
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