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「はじめまして。」



そう目もとが笑っていない笑い方で俺に話しかけてくるのは、どこか壊れそうな華奢な女。少しでも触れれば崩れていきそうな、悲しい瞳をしたやつだった。


俺は刀をおろしてそいつに近づく。



「あなたもこの木を見に来たの?」

「いや、たまたま見つけただけでさァ。」

「そう、運がいいね。」



何がどう運がいいのかわからないが俺はただ頷いた。そんな俺を見て彼女は微笑み、そっと木に触る。壊れ物を触る優しい手つきだった。



「あんた、どこから来たんでィ。」

「わたしのこと?」

「俺は今あんたと話しているからねィ。」

「たしかに。」



そう言ってクスクスと笑う彼女をぼんやりと眺める。不思議な人だ。歳は俺と同じくらいだろうか。あまり歳に差を感じさせられない。



「残念、わたしもわからない。」



彼女が指さしたのはここ、つまり木の下だった。


ここを指差すということは気づいたらここにいたということらしい。俺はさっきの現れ方を思い出し思った。こいつはもしかしたらこの木に関するなんらかの妖精で...。


いやいや、そんなSFみたいなこと有り得ない。それでなくともこの世界は有り得ないことがたくさん起きてんだ。これ以上有り得ないことが起きてどうするよ。


あれ、そしたらこいつもしかして、



「記憶障害...?」

「そう、なのかしら。ただ自分の名前と歳は覚えているの。」

「どこか頭打ったとかはねーか?」

「ないよ。至って正常です。」



そう言ってぐーぱーした掌を俺に見せてくる。小さい手が俺の方を向いて開いたり閉じたり。顔色も悪くなさそうだしどうやら健康らしい。


記憶障害、記憶喪失は精神的な面からでも来るらしいから多分そっちの方向からであろう。面倒臭いからそう考えることにした。


そうとなればこのまま黙ってこんなところに置いてなんていれない。保護しなくてはならない。



「あー、まじか。」



なんて面倒くさいことになったんだ。でも始末書と比べたらいいほうなのかもしれない。


いや、どうせこいつを拾ったらそれなりの資料は書かなくてはならない。報告書や保護書、その他諸々。あぁ、これもこれで面倒臭い。



「...で、あんたの名前は?」

「わたしの名前より先にあなたの名前教えてよ。」

「俺かィ?なんで。」



そう問うと彼女はやんわりと笑い、答えた。



「あなたの名前、呼んでみたいから。」



そう答える彼女はどこか楽しそうにくるくるとその場を回る。楽しそうに回る彼女を見て俺は鼻から笑いが出た。



「....変な奴。」

「よく言われまーす。」

「仕方ねーな。沖田総悟でさァ。」

「ありがとう、沖田さんね。」

「さんなんて気味が悪ィ。沖田でいい。」

「わかった、あなた沖田ね。」



俺の名前を連呼してうふふと笑う彼女。先ほど出会ったばかりだというのにこの安心感は一体どこから来たものだろう。


俺ばかり教えて彼女は喜んでいて不公平だ。彼女の名前を問う。



「そういうあんたの名前は?」

「わたし?あぁ、そういえば沖田に言っていなかったね。」

「聞いてやせんね。」

「わたしは姫路野凛華。歳は18歳よ。」

「18歳か。俺と同い年じゃねーか。」

「本当?でもそんな感じはしていたの。」

「不思議だな、俺もでィ。」



どちらともなく微笑む。それはお互いよろしくとでも言っているかのような微笑みだった。


口で言えばよかったのだが何分恥ずかしい気持ちもあるし、俺らの挨拶はこんなのでいいかと何故か思ってしまったため。



「とりあえずあんたをこのまんまここに置き去りにすることはできないねィ。」

「わたし、誘拐されるの?」

「アホ、俺は真選組だ。するとしたら保護でィ。」

「保護、か。いいねそれ。」

「何がいいんだか。あんたよくわかんないでさァ。」

「わたしもあなたのことよくわからない。何考えてるのかわかんない目してるんだもん。」

「......そんなの、俺だけじゃねェだろィ。」



ふい、と彼女に背を向け歩き出す。後ろからカランコロンと心地の良い下駄の音がする。それはいつも俺の近くから離れないので多分ついてきているのだろう。


俺は真っ暗な夜空を見上げた。そこにあったのは小さな星とひとりぽつんと寂しくある三日月。その三日月はどこか寂しいそうな。そんな気がした。



「ま、待って。」



そう必死についてくる彼女の声を無視して、俺は明かりを無駄に使い過ぎた街の中を速度を落としながら歩いていった。


不思議と三日月が笑っている気がした。







桜月の夜空



その三日月を見てふと思う。

三日月は不完全で中途半端だ。

それはまるで俺を表しているようでなんだか思いを寄せられる。

その三日月の下で彼女は必死に俺に追いつこうと早足で歩いていた。



 
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