( 1/1 ) まだ暖かくもなく寒くもないそんな時期に、心のどこか欠けた場所を埋めるために外へと飛び出した。 駆け出した街並みは真っ暗で足元も目が慣れないと見れないくらいだ。その人通りも少ない通りをひとりふらふらと歩いていく。 はあ、と体の中の何かを出すように息を吐く。息なんてものはこの時期目で見えやしないがこの時は何故かふわりと消えていく溜息が見えた。 その消えた溜息の方向へ歩いていく。 少し歩くと小さな公園がひとつ。そこのベンチに座り再び深く息を吐く。やっと落ち着けた気がした。 さらさらと髪の間を通り過ぎていく風。見えない筈なのにまた目で追いかける。 追いかけた場所には、一本の美しい木があった。 凛と立っていているそれを素直に美しいと感じ取れた自分はまだ人間であるらしい。 その木に近づき、涙を流す。 その木の姿があまりにも美しく、脆く、儚く、凛としていたから。不思議と心に染みた。 静まり返った公園に響くのは、誰かの嗚咽と風で揺らされている木の音だけであった。 「総悟。」 ポカポカの布団の中でさあ寝ようとした時、頭上から憎たらしい声が聞こえた。俺はアイマスクを外さないまま「なんですかィ」と素っ気なく返事をした。 「お前ェ今日中に出す始末書はどこやった。」 「始末書?あぁ、そこのテーブルの上でさァ。」 「なんで持ってこねーんだ、たく...。」 ドタドタと足音がする。俺は素早く布団から出てサッとアイマスクを降ろし刀を持った。 俺は先のことを読み取って行動する男だ。 「総悟ォォォォ!!てめ、これ白紙じゃねェか!!どういうことだァァァァ!!!」 それ見たことか。 ガラッと障子を開けて俺は駆け出した。こんな時間だから誰とも縁側を通りすがるなんてことはない。 だからすんなりと抜け出せた。 「夜の巡回、行ってきやーす。」 「巡回よりも始末書どうにかしやがれ!!!」 「そこはフォロ方さんの出番でしょう。」 「誰がフォロ方だ!!お前のフォローはもう懲り懲りなんだよ!!」 見ざる聞かざるで俺は屯所の門をくぐり抜けていく。後ろからは間抜けな土方さんの怒鳴り声が響いていた。 その響きも次第に聞こえなくなり、俺は走る足を止めた。そして寝間着の腰に刀を差し江戸の街を歩き出す。 江戸の街はまるで夜を知らない。明かりがそこら中にあり目が眩む程だ。 本当はこのまま屯所に帰って寝たいが今の状態で帰ったら絶対寝れない。徹夜でもなんでもあの始末書を書かされそうだ。 それは嫌だから時間潰しのためにふらふらと街を彷徨う。街は相変わらずの騒がしさだ。 もう少し静かなところに行こうと明かりを遠ざけ暗闇へと道を進んでいった。 「......ありゃぁ、」 暗闇の中進んでいる途中だった。 目の前を見てみると一本の大きな木がぽつんとたっていた。 その木は精気のない、寂しい木だった。枝には何もついていない。枯れているのかもしれない。 しかしこんなところにこんな木なんてあったっけ?と疑問に思いながら、その木に何か興味をそそられ自然と足がその木の方へと向かっていた。 その刹那だった。 ぶわあ 「!!!」 突然の目を瞑るような強風。俺は腕で目を覆い足を踏ん張った。 「くっそ。いきなりなんでィ。」 その時に一瞬だけ見えたピンク色の何か。そのピンク色の何かを知らないものはここ日本にはいないはずだ。俺は目を疑った。 もう一度確かめるように、強風と戦いながらもその目をこじ開ける。 「さ、くら...?」 目の前にはあの実もついていない寂しい木とどこから来たのかはらはらと舞う桜の花びらで視界が埋まっていた。 「一体どこから来たんでさァ...。」 桜の咲くにはまだ早い季節である。桜が咲くどころか蕾もまだ早いという時期にこの桜の花びらはどこからきたというのだろうか。 「!!」 もう一度確認するべく顔をあげた時だった。 木のところに誰かいる。確かに人がいる。弱まった風をいいことにその人物のところへと歩み寄った。 「おい、てめー。何者でィ。」 刀を抜き、その人物に向けた。 桜の花びらが徐々に霧のように晴れていく。俺は片時もその人物から目を離さず刀を構えた。 どくどくと心臓が鳴る。鳴るのは怖いからではない、興奮しているからだ。何故かはわからないがこの状況を楽しんでいる俺がいた。 その時、見えた。 「え、」 「はじめまして。」 そこにいたのは目もとが笑っていない、華奢な女だった。 不思議な少女 刀をそっと降ろし、そいつに近づく。 その時のことは運命か必然か、今でもわからないんだ。 ただ俺の心臓は先程よりも高鳴り、ニヤついていたに違いない。 |