( 1/1 ) 久々に感じた人の温もりは暖かかった。 ほわほわと宙に舞っているような無重力の感覚がいつまでも続く暖かな空間だった。 時々トクントクンとリズムよく鳴る音を耳にしながら静かに目を閉じた。 そうか、この温もりが人間か。このリズムよく鳴るのが人間か。あの人も愛した人間か。 こんなにも暖かく気持ちいいのに、何故だろう。 「足りない...。」 「はああぁぁぁぁ。」 深い深い溜息をつく。体中の息を全て溜息にして吐き出す。それでもこの溜息、止まることを知らない。また鼻から吸って溜息となり出ていく。先程からこれの繰り返しだ。 「.....あったけーな。」 春の季節に近づいてきた今日この頃、縁側に座って日向ぼっこでもしたいと思えるいい季節になってきた。そのお気に入りの縁側に座り溜息をついている。 思い出されるのは昨日のこと。自分を殻に閉じ込めようとする凛華を見て悲しくなって、こんな俺に何ができるだろうって短時間で色々試行錯誤して結果、名前を呼びながらただ抱きしめていた。 別に抱きしめたことで後悔しているわけではない。そんなことで一々溜息つくような初な人間ではない。ただ昨日のあれはあまりにも大胆すぎる行動だった。俺はあの瞬間大胆すぎる行動をしてしまったのだ。あんなの見たら誰だって思うだろう。 あれじゃあまるで、 「好きって、言ってるようなもんじゃねーか。」 「好きなの?」 「!!!!?」 声のした方向から遠ざかる。その瞬間柱までの距離を知らなかった俺は一直線に柱に頭をぶつけてしまった。鈍い音と俺の声にならない声が混ざり合う。 「なにしてるの。馬鹿ね。」 クスクスと他人事のように笑う凛華を俺は軽く睨んだ。それを見てまたクスクスと笑う。酷いやつだ。 凛華はそっと縁側に座り、中庭にある大きな木を見つめた。下から徐々に視線を変え葉のついたたくさんの枝へと視線を変えていく。 そして口を開いた。 「沖田、好きな人がいるの?」 「!!!?」 「さっき呟いてたじゃない。」 「....あれは、だなァ。」 なんて言い訳しようか。ぶつけた頭を摩りながらまた必死に考えていると凛華は口を開いた。 「私もね、気になる人いるの。」 「気になる人?」 「そう、好きとかよくわかんないけどね。」 凛華は日陰から日向の方へと手を伸ばす。だけどいくら伸ばしても日陰からでることはできない。諦めて手を下ろし、その手をもう片方の手でぎゅっと力弱く握った。 そのひとつひとつの動作が凛華が伝えたい何かのメッセージではないか、そう思えた。 「その人はね、逃げ出した私が目を開けた瞬間にそこにいたの。 その人の目を見てね、あぁなんて綺麗な瞳なんだろうって思ったの。何か色々なもので汚れていてだけど芯の通ってる綺麗な瞳。今まで見たことがなかった。」 「綺麗な、瞳ねィ。」 「だから私その人について行った。どんな人かわからないのにね。もしかしたら殺されちゃうかもしれないのに。だけどついて行った。」 「.......。」 「ついて行ったらね、私の知らない世界が広がってた。こんな暖かさも気持ちも楽しさも笑顔も、全部全部知らないものだらけだった。」 凛華の言っていた言葉をひとつひとつ解釈し繋げていく。あぁ、そうかそういうことか。こいつは知らなかったのか。俺はひとり納得していた。 「なんていうのかな、この気持ち。とてもポカポカしていてでもすごく居心地が悪い。でもそこにいたい。」 「いたかったらいればいんじゃねーの?」 そう言うと凛華は驚いたようにこちらを見た。そのとらえた瞳を離さずゆっくりと答える。 「凛華は知らねーんだろィ?その感情。それなら少しずつそこで知っていけばいい。知らないことを知らないといつまでも放っておいたらそれこそいつまでもわからない。知ろうと思うのが大切なんじゃないかねィ。」 「私今まで逃げてたから知らなかったんだ...。」 「いつまでも逃げてたら分かんねーまんまだぜィ。」 「......沖田いいこと言うよね。」 「本当のこと言ったまででさァ。」 「もう、素直に喜べばいいのに。」 凛華がスクッと立ち上がる。座った時みたいに重く怠そうなんかではなく肩の荷が降りたのか軽々と飛び跳ねるように立ち上がった。 そして座っている俺の方を見て言った。 「沖田は知ってるの?この感じ。」 「知ってる。だから凛華がこの感じがわかるまで俺は待ってる。」 「待っててくれるの?」 「俺ァ気短なんでできれば早めにお願いしまさァ。」 「うふふ。うん、頑張るね。」 あっ、また笑った。今度はちゃんとしたというか綺麗な純粋な笑い。心の底から滲みでた笑い。嬉しそうな笑い。それを見てなんだか安心した。 少しずつ自分の事を話してきた凛華。あれは思い出したのではなく思い出したくもないことに少しずつ触れ言葉に出して伝えてきてくれている。 記憶障害は嘘らしい。まあそれもだいぶ前からわかっていたことだ。 「じゃあ私お仕事に戻るね。」 「おう、頑張れ。」 「沖田もお仕事サボらないようにね。」 「俺ァいつでも真面目でさァ。」 クスクスと再び笑い軽い足取りで縁側を歩いていった。俺は凛華の姿が消えてなくなるまでずっと見つめていた。その姿は前みたいに壊れそうな儚いものではなかった。 「総悟。」 「なんでィ、土方さん。」 後ろを振り返るとニコチンを振りまいてる土方さんがいた。一目見てまた前へと視線を戻す。その格好でも構わないとでも言うように土方さんは淡々と話を続けた。 「攘夷志士である可能性は?」 「ゼロには近いかねィ。警戒心なさすぎでさァ。」 「まだ疑い晴れたわけじゃねーからな。しっかり見張っとけよ。」 「へィへィ。」 「それにしてもお前自ら見張り役立候補するとはな。情でもうつったか。」 「死ね土方。」 「とことん生きてやるよ。」 そう言ってバサバサと頭の上から資料を叩き落とし縁側を歩いていく。あの野郎絶対に殺すと誓いを再び立てて資料を見る。どうやら溜りに溜まった始末書の一部らしい。 「めんどくせェ。」 重たい腰をあげて俺は始末書片手に、自室へと踵を返した。 少しの間だけ待ちます 焦って知ろうとしなくていい。 ただ俺が待っているのも忘れないでくれ。 |