( 1/1 ) 「あんたなんか.....っ!!!」 脳内で響く懐かしい声にわたしは耳を塞ぎたくなる。だけど体は言う事を聞いてくれなくて、出来事を少しずつ進めていく。 「あんたがいたせいでわたしは、わたしは....っっ!!!」 わかってる、もうわかってるから改めて言うの止めてよ。これ以上聞くとこの耳引き契りたくなるからさ。そんなことはしたくないんだ、だから...。 グッと瞳を閉じるとさっきまで見れなかった映像が浮かび上がってきた。一瞬でわかった、あの時の。 「わたしはただ、あの人にーーーして欲しかった。 それだけなのにぃ.....っ。」 あぁ、人間とはなんと愚かで脆く残酷なものなのだろうか。世界中に何億人ともいる中から一人、たった一人に捨てられただけでこんなにも容易く崩れていってしまうのだから。 あぁ、わたしもその人間の中の一人だった。 「う、うわあああああ!!!!」 その日はキラキラと太陽に反射して光る桜の花びらが舞う、美しい季節を通り過ぎようとしていた。 「....暖かくなってきたなァ。」 はぁと息を吐けば空気中が白く濁る季節も終わりを告げ、陽も暖かさを増してきた。隊服の下にヒートテックを着る必要もなくなった。マフラーも来年までさようなら。 自室の障子を開け、うーんと唸りながら背伸びをする。結構間抜けな声が出たので少し恥ずかしい。 「あ、沖田。今頃起きたの?」 声のした方を見ると見るからに重そうな洗濯物を抱え、縁側を歩いている凛華がいた。ふらふらと覚束無い足取りでこちらは冷や冷やする。 「ちょ、危ねェから貸せ。」 「いいよ、大丈夫だよ。」 「転けたらどうすんでィ、隊服が汚れちまう。」 「あら、やっぱりそっちの心配なのね。」 わざとらしく溜息ついた凛華は観念したように洗濯物を半分、俺に渡してきた。それを優しい俺は持ってあげ、指示された場所へと一緒に向かう。 「そういえば、何か思い出したかィ。」 「......え?」 「記憶。」 「あ、あぁ、記憶ね。んー、ここの時間が濃くて思い出せないや。」 「おいおい、ここを原因にすんじゃねーやィ。」 「うふふ、でもここの時間が濃いのは本当だよ。」 そう言ってにこりと笑った凛華。今なら惚れた女の子には笑っといて欲しいという男子の気持ちがわかる気がする。 指示された場所についた俺達は洗濯物を縁側に置き、凛華に一言お礼を言われる。凛華は休む暇もなくせっせと洗濯物を干し始めた。その後ろ姿を縁側で座りながら眺める。 「...凛華は、思い出したくねェの?」 「わたしの、記憶を.....?」 「それ以外ないと思うんだけどねィ。」 サァァッと俺たちの間を風が通り過ぎる。まるで話を邪魔するかのように強い風が通る。 「過去は、振り返りたくないかな。」 「過去?でもその過去を見ねェと凛華が誰かわかりやしねェじゃねーかィ。」 「わたしは今ここにいる、今のために生きるじゃダメかな?」 にこり、そう笑った凛華の笑顔はあの時見た笑顔と似たものだった。その笑顔を見たことに軽くショックを受ける。 「今ここに存在してることを証明する、そのために頑張ってるんだ。」 「わたし頑張るから、だから.....。」 先日言われた言葉を思い出させるようなその言葉に俺は確信を得た。 凛華は精神的なショックで記憶喪失である。前になんかしらの酷いことをされたか何か、とにかく思い出したくもない程の思いを思い出しつつも忘れようと努力をしている。 凛華は無理矢理自分の過去を封じ込めようとしているのだ。 「凛華...。」 「沖、田?」 凛華を後ろから抱きしめる。少しでも力を入れてしまえば壊れてしまいそうな華奢な体を俺の腕の中にすっぽりと収める。 数秒後、バサリと隊服が落ちる音がして「あっ、うっ...」と唸り声も聞こえ始めた。きっと凛華が顔を真っ赤にしてるに違いない。 「凛華...。」 「は、い。」 「凛華。」 「はい...。」 「凛華。」 「......うん。」 何も言わずただ抱きしめひたすら名前を呼ぶ。それだけの行為で今は十分だと思った。 言葉にせずとも伝わる、そう思って俺はただただ自分の温もりを凛華に伝えようとできるだけ優しく壊れないように抱きしめる。 春の風が俺の頬を撫でる、愛しい季節だった。 体温で伝える愛情 下手くそな言葉はいらない。 ただこの思い、ひとつ残さず君に伝わればそれでいい。 その時は、そう思っていた。 |