( 1/1 )
 


「特に異常は見つかりませんでした。」



カチャリと眼鏡を掛け直しレンズの底から細い目を覗かせる白衣を着たおっさん。この人が本物の医者で先日万事屋の旦那達に便器へと突っ込まれた正真正銘のお医者さんである。


医者というのはあまり好きではない。信用できないとは言わないがあの日の出来事を思い出してしまうので極力見ないようにしていた。人間という生き物はつくづく弱い者だと教えてくれる。


それでも俺はあの日のことを後悔はしていない。全くしていないと言えば嘘になるが思っていた以上にはしていない。ただ忘れないように胸に閉まっているだけ。


客間にいるのは近藤さん、土方コノヤロー、俺、凛華。本当は凛華を退出させようと言う話もあったが自分の事は自分で管理したいと凛華が言ったためその気持ちに配慮していてもらっている。


医者は再び眼鏡を掛け直し、続きを話し出す。



「体の方は健康ですね。脳の方にも異常が見られません。」

「ってことは、精神的ななにかかィ?」

「その可能性が高いですね。こちらも精神科専門ではないので断定できませんが。」

「...そ、そうですか。」



ホッと肩を撫で下ろして安心している近藤さんの横にいる凛華はただぼうと先生の方を見ていた。自分の事なのにまるで他人事のように無関心だ。


診察の終えた医者は近藤さんに見送られながら客間を出ていった。俺達は「ありがとうございました。」と一言お礼を言いその場で頭を下げ見送った。



「...とりあえず身体的に異常はねェらしいな。」

「一先ず安心でさァ。なぁ、凛華?」

「...う、うん。」



一瞬我に返り俺の方を見てニコリと微笑む。少し気がかりがあったがその笑顔につられ俺もニコリと微笑む。


するとどこからか邪魔な視線。目を向けると土方さんがタバコの灰を撒き散らしながら瞳孔の開いた目がこちらを見ていた。



「......なんですかィ。」

「いや、別に。お前がそうやって笑うの久しぶりに見たから。」

「俺はいつでも笑顔でさァ。土方さん以外は。」

「けっ、ありがたいことだ。」



土方さんは多分気づいている。いや、確信しているだろう。きっとこの後呼び出されてあいつは保護対象だとか特別な感情を捨てろとかなんとか説教を受けるのだろう。俺も注意を払うのを忘れていた。少し油断していた数秒前の俺を恨む。


呼び出されると思っていたが土方さんはその場を立ち「仕事に戻れ」と一言言って客間から立ち去った。土方さんが何も言わないなんて珍しい。なんだか寒気がした。


未だにぼうっとしている凛華の肩を叩き、仕事に戻ってもいいらしいと声を掛けようとした時だった。



「さ、くら...。」

「は?」

「桜が、綺麗だな。」



何度も言っているが今は桜の季節なんてものじゃない。桜の蕾がつくのもまだ早い時期で自分の吐いた二酸化炭素が白く空中で濁る寒い季節だ。



「桜はまだ早いでさァ。」

「いや、なんか頭の中に桜が見えてさ。それ見たらつい綺麗だなって言葉が出て...。」



そういえばこいつと出会った時も桜の花びらの中から出てきた。見間違いかもしれないが桜の花びらがあいつを取り囲んでいたがした。いや、ただ映像を綺麗にしただけかもしれない。気のせいだ。


もしかしたらこいつは重度の桜好きなのかもしれない。桜の満たさに感動してひとりで呟いていたのかもしれないぞ。そしたらこいつはただの不審者だ。



「さァ、仕事に戻りましょうか!」



よいしょ!と立ち上がり客間の障子を開ける。俺はアイマスクを取り出して「いってらっしゃい」と手を振った。


しかし真面目な凛華がそれを許してくれるわけもなく、むっとした顔で手を引っ張り起こそうとする。その姿が必死過ぎて面白かったので逆にこっちが引っ張ったら呆気なく俺の腕の中へと吸い込まれた。凛華の頭がちょうど俺の顔のところにくる。



「ちょ、お、沖田...!!」

「あー、凛華いい匂いする。」



名前から香るのはシャンプーの匂いとかではなく、女性独特の安心するいい匂い。興奮するとかムラムラするわけでもなく安心するこの匂い、俺は知っている。



「きゃー!ちょ、嗅がないで!!」

「んだっけなァ、これ。」

「ぎゃぁぁぁ!!嗅ぐな馬鹿野郎ぅぅ!!」



じたばた騒ぐ凛華を取り押さえながら俺はこの匂いのことを考えた。ふんわりと香るそれを俺の中に吸い込みながらしばらくの間考えていた。


その間も凛華は俺の上で騒いだり真っ赤になったりして表情をコロコロと変える。その様子を楽しみながら答えを探していた。


障子が中途半端に開いた間から日差しが客間へと入っていく。その日差しが俺の体と凛華の体を照らしていった。


この暖かな感じ...。



「総ちゃん。」

「あ。」



あぁ、そうか、この匂いだ。


解決した俺はぎゅっと凛華をわざと力強く抱きしめる。また叫んでぎゃあぎゃあ言っているがそれどころじゃない。あー、すっきりした。


この匂いは姉上と同じ、あの落ち着く匂いだ。







懐かしい香り



それから凛華が俺を見つけた瞬間、

戦闘態勢に入る姿を見て、面白がっていた。

凛華の俺に対する警戒は当分解かれなかった。



 
  もどる  

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -