( 1/1 ) 「沖田、何してるの。」 そう呼びかけられたのは先程お風呂から上がったのか、頭にタオルを乗っけて少し火照ている凛華の姿だった。 その姿を縁側に座りぼんやりとしていた俺は振り返って見る。実は足音もせず突然話しかけられたのでこれでも少し驚いている。 「なにって...、月眺めていただけでさァ。」 そう言って俺は未完成な月を指差す。未完成な月は不細工な形をしておりとても滑稽に思えた。だがそんな思いを知らず月は街を俺を照らす。 凛華は「ふーん」と一言呟き、俺の隣に腰をかけた。 少し火照てピンク色の頬、乾ききっていない髪から滴る水滴、潤った瞳。どれも俺の理性を擽るものばかりだった。 どうやら俺は凛華を保護対象者としてではなくひとりの女として見ているらしい。だからこんな細かいところにも目がいき、愛おしく思える。 人々はこれを「恋」と呼んでいる。 そして俺はどうやら彼女に恋というものをしているらしい。それに気づくまで大した時間はかからなかったし、然程驚くことでもなかった。 ただ、時の流れに任せてゆっくりすればいいか等他人事のように考えていた、マイペースな俺。 「今日満月じゃないよ。」 「見たらわかる三日月だろィ。」 俺は凛華から空に浮かんでいる三日月へと視線を戻す。相変わらずの欠けっぷりでだけど広い範囲に照っている。それをぼんやりと眺める。 「綺麗な、三日月だね。」 「そうかィ?欠けてて不細工でさァ。」 「そんなことないよ。欠けてるのも月の魅力のひとつだよ。」 「中途半端だと思わねェか。消えるなら消える、浮かぶなら綺麗に浮かんでほしいでさァ。」 「沖田は月の魅力をわかってないよ。」 「俺はただ中途半端が嫌いなだけでィ。」 「だからあの三日月の曲線がね、」 その時ハッと我に返り凛華を見る。凛華も我に返ったらしく丸い目で俺を見る。 そしてどちらかともなく吹き出し笑う。真夜中だったのでお腹を抱えて盛大には笑えず耐える腹筋が痛かったが、笑いを堪えることができなかった。 「ふふふ。」 「ははっ...!」 「わたし何を必死に言ってたんだろ。」 「俺も何を必死に否定していたんでィ。」 クスクス、お互いを見合わせて再び笑いが出てしまう。さっきまで思考を必死に巡らせ言葉を並べてぶつけていた自分がとても馬鹿らしく思えた。 「確かに、言われてみたら少し不細工かも。」 「言われてみれば確かにあの曲線が...、」 それを言いかけた時再び吹き出す。俺らは一体なんの言い合いをしていたのだろう。 凛華を横目で見れば顔を真っ赤にさせていた。どうやらさっき凛華が言おうとしていた言い分を思い出し恥ずかしがっているのだろう。 「ちょ、忘れてよそれ!」 「だって、きょ、曲線がって...。ぶはっ!」 「もうやめてよー!」 あー、なんて馬鹿な時間だ。そんな時間も心地よく優しく暖かい。このままずっとこんな時間が続いたら等叶わぬことを考えていた。 笑いのツボがお互い落ち着き、再び月を見上げた。そいつに手を伸ばしたが届くわけもなく俺の手をただただ優しい月光で照らしていた。 「欠けた部分、埋められないかな。」 ぼそりと呟いた凛華の言葉に少し驚く。月は忘れたが何かの惑星に隠されあのような形になっている。あれは欠けているのではなく隠されているのだ。 そういえば俺もそんな風に月の隠れている部分を表現したなと思い出す。全く人の表現というものは面白い。そしてぼんやり月を眺める凛華も俺の面白い玩具のひとつだ。 俺は凛華の方を向き疑問に思った表現を言葉にするためにゆっくりと、口を開く。こんな俺こそ滑稽なやつかもしれない。 「そうさなァ、何で埋めやしょう。」 「うーん、わたしの愛情とか。」 「そんなんじゃ足りねェや。」 「えー。やっぱり?」 そういって再びクスクス笑う凛華の横顔が、月に照らされキラキラ輝いていた。俺はそれに少しの間見とれてしまう。 この瞬間的に美しくなるとは卑怯だ。心臓がドクリと音を出して唸り始めた。徐々に加速する。全く、心臓に悪い奴だ。 「お月様、早く欠けた部分が元に戻るといいね。」 「...そうさなァ。」 「そしたらより一層綺麗に照らしていけるよ。」 ね!と歯を見せて笑う凛華の方を見て笑みを零す。 そうだな、そしたら凛華のその笑顔も今より綺麗に照らせるかもしれないな。 なんて、クサイ台詞を思ったのは俺だけの秘密。 欠けた部分 「さて、そろそろ寝やしょうかね。」 「明日も仕事だもんね。おやすみ、沖田。」 そういって笑った凛華は出会った頃と同じ悲しく儚い笑顔を浮かべていた。 |