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わたしの恋人はドSである。そんなのとっくの昔にわかりきっていることだ。
その恋人の苛めが度に過ぎていると思ったので少し反省してもらおう(同じ目に合ってもらおう)と考えていた矢先にこの雑誌を手に入れることができた。
これまで4つの方法を雑誌どおりに試してみたが彼は怯むどころか私の一枚上手を余裕そうに飛んでいる。なんて悔しいことだ。
やはり敵は手強く、私みたいな一般市民なんかじゃ勝てないのではないか。最近そう弱気に思い始めた。
くそう、とベッドの上でドタバタと暴れる。勿論下に響かない程度にドタバタしてる。以前あまりにも悔しくて暴れたところ親に鬼の形相で怒鳴り散らされたことがあるからだ。あれは本当に怖かった。冥土が一瞬見えた。
ピンポーン
家全体にチャイムの音が響き渡る。わたしはしばらく硬直した後、我に返って急いで階段を駆け下りた。
「凛華−?」
「わわわわかってるから!」
出かける支度をしている母を横にわたしは急いで玄関用の靴を履き扉を開けた。
「......よう。」
「ど、どもっす。」
そこにはいつもの学ランや剣道着を着ていない、珍しい私服姿の沖田が立っていた。
いつも部活部活で忙しく、剣道着姿や学ラン姿しか見ていなかったので私服はとても新鮮に感じている。そして不覚にもかっこいいとか思ってしまうのは何を着ても似合うイケメンの特権だ。
「あら、沖田くん。いらっしゃい。」
「どうもこんにちは。お邪魔させて頂きやす。」
「どうぞどうぞ。わたし出掛けるけどゆっくりしていってね。」
「ありがとうございやす。」
いつもの仏頂面じゃない爽やか青年がそこにいた。一瞬「誰?」と本気で思ったぐらい。
「それじゃ、行ってくるわね。」
支度を終えた母は友達とランチに行くだとかで上機嫌。スキップしてしまいそうな勢いで沖田と入れ替わりに出て行ってしまった。
「......。」
「......あー、疲れた。」
ドサ、とソファに倒れる。なんだか彼氏と二人っきりとは新婚さんみたいで恥ずかしい。とかなんとかはきっとわたししか思っていないだろう。
今日は久々にバイトもなく、沖田は部活も休みでちょうど休みが重なっていたので「凛華の家行きたい」という話になり今の現状に至る。
しかし彼氏が家にいるのはどうも恥ずかしく落ち着かない。いつもどおりのわたしは一体何処へ消えてしまったのだろう。
「お前の部屋は?」
「え、わたしの部屋...?」
ソファから小動物みたいにひょこっと顔を出した沖田が言う。不覚にも可愛くて抱きしめたいとかそんなこと絶対にいわない。恥ずかしさで死ねる。
「わたしの部屋、そんな対したもんないよ?」
「大丈夫でィ、期待してねーから。」
「え、それもそれでひどい。」
仕方ない、と立ち上がり2階に上がりわたしの部屋を案内した。
「......お前、女だったんだねィ。」
「え、それどういうことよ。」
人の部屋に遠慮なしにズカズカと入りベッドに飛び込む。
「ちょっ!?」
「あー、寝れそう。」
「ちょっとちょっと臭いよベッド!」
「はいはい、臭い臭い。」
「嘘でしょ!?何も思ってないでしょ!?」
彼氏が自分のベッドに寝転がるのはけしていい気分ではない。もしかしたら自分のにおいが臭いかもしれないし、それに落ち着かない。
「うるせーな。」
「きゃあ!?」
ドサ、と効果音とともに倒れたのはわたし。倒したのは勿論沖田。横抱きにぎゅっと抱きしめられる体勢になっていた。
彼のにおいがわたしの鼻をくすぐらせる。彼独特のにおいはわたしの大好きなにおいだった。
バクバクと心臓が口から飛び出るのではないかと思うくらい、心臓が飛び回っている。この心臓音。ばれないか心配だ。
「......すげー、バクバクいってる。」
「う、うるさいな。」
一発でばれました。
「恥ずかしいのかィ、これ。」
「あ、当たり前でしょ。」
「......ふーん。」
「え、ちょっ!」
恥ずかしい、そういうと彼はそっとわたしの後頭部に手を添える。そして徐々に顔が近づいていった。
「っふ。」
やられた、そう思ったときには既にわたしの唇は彼のものと重なっていた。
わざとなのか角度を変えて何度も何度も深いキスをしてきた。この前もこんなキスをされた。そう、あの自転車置き場で。
いつの間にか彼はわたしに覆いかぶさる状態だった。そんなときでもキスをやめようとしない。肺活量のないわたしには既に限界を超えていた。
「お、きっ...!」
「ばーか。」
やっと唇が離れたかと思えば突然馬鹿だと罵られる。
わたしは頭が追いつかなかった。
「最近様子がおかしいと思ったら、これかィ。」
そういって彼の手元にあるのは枕の下に隠しておいた、あの例の雑誌だった。
「ちょ!?えええ!?」
「んーと、なになに。恋人がドSなんですけど、どうしたらいいですか?...って。」
「ちょちょちょちょっと待とうか沖田くん!!」
彼の手元にある雑誌を取ろうと起き上がっても上手い具合に避けられ、最終的には頭を押さえつけられた。そしてわたしが実行していた項目を声に出して読む。
すると彼は途中で読むのをやめ、ニヤニヤと微笑んだ。なにかエロいコーナーのところでもあっただろうか。いや、彼はそんなことでにやけはしない。
なにか企んでいる微笑だ...!
「凛華、ちゃんと最後の項目まで目ェ通したかィ。」
「え、最後の項目?」
そういえばわたしが実行していた項目は全部で5つある。最後のひとつをまだ試していなかった。
彼は再びわたしに覆いかぶさり、そして耳元でそっと呟いた。
「5.あきらめてドMの道に目覚めなさい。」
「......え。」
彼は今までで最高に輝いている笑顔をわたしに向けた。
ドSは狼になりました
「とうとう凛華もドMの道に...。」
「進まないから!絶対に進まないからァァァァ!」
「じゃ、凛華がドMの道を進むことを祝して」
「勝手に祝すなァァァァァァァ!!」
「いただきます。」
「え、ちょ,,,。ぎゃあああ!?」
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