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「失礼しまーす...。」
カラカラと虚しい音を立てて扉を開けるのは、ここ理科室。
一歩入ると理科室の独特な臭いがわたしの鼻の中へと侵入してくる。こう、ツンとくるような臭い。
理科室には本当に不気味なものも多い。人間の腎臓の観察をするための物や得体のしれない液体と液体を混ぜて使うもの、そしてその得体のしれない液体を保管した棚。
理科室は本当に危ないものだらけであると思えた。
「姫路野。」
「ぎゃわ!?」
シンとした中、突然響いた低ボイス。あまりにも突然のことだったので飛び上がるように驚いてしまった。
「色気のねェ叫び声だな。」
「ううううるさいですよ!高杉先生!」
そこにいたのは理科担当の教師、高杉先生がいた。
高杉先生は銀ちゃんと同級生。しかも幼なじみで腐れ縁なのだ。この学校配属もたまたまだったという。仲がいいのか悪いのか。
勿論銀ちゃんと幼馴染みということは私の小さい頃も知っている。わたしもよく覚えている。わたしにとって高杉先生はお兄ちゃんみたいな人だった。
「おいおい、高杉先生ってなんか気持ちわりーな。」
「だって今は教師と先生ですけど?」
「しかも似合わねー敬語だな、凛華。」
「だーかーら!ここは学校だっつーの!」
クククッと昔と変わらない特徴ある笑い方をする。
とにかく銀ちゃんにしろ高杉先生にしろこいつらは教師と生徒の立場をわかっちゃいない。普通生徒を名前で呼び捨てで呼ぶか。
「で、何の用?」
「荷物運び。」
そういえばこの昼休みの次の授業って理科だっけ。
そんなことをぼうと考えていると気づいたら高杉先生は準備室へと入っていった。どうやら荷物を取りに行っているらしい。
ガラッ
「失礼しやーす。」
その時入ってきたのは気怠そうに歩く、沖田だった。
「あ、沖田じゃん。あんたも呼び出し?」
「俺は優秀だから呼び出しされやせん。」
「いやいや、わたし悪さして呼び出しくらったわけじゃないし。」
「高杉先生はどこでィ。」
無視かコノヤロー、という言葉は飲み込んで準備室の方を指さした。
ちぇと沖田は呟き理科室の椅子を取り出して座った。
高杉先生の準備室は勝手に開けてはならないという暗黙のルールがある。開けた場合どうなるかは皆様のご想像にお任せしよう。
溜め息をつこうと息を思い切り吸い込んだ時だ。また鼻にツンとくるような臭い。
「...ねぇ、これ何のにおい?」
「これ?」
あまり気にしていなかったのか、沖田はスンスンと鼻を動かしてにおいを嗅ぎ始めた。
「こりゃァ、ホルマリンじゃねーかィ。」
「ホルマリン?」
「よく見ねーかィ、人の腎臓なんかを保存する時に使われる液体...。」
「ももももう大丈夫です!ありがとうございました!」
なんて恐ろしい液体なのだろう、少しゾッとした。
そういえばよくホラー映画とかに出てくるよな、何かをつけているやつ。あの液体のことか。怖いな。
「しっかし、なんでホルマリンのにおいがするんでィ。」
「授業とかで使ったとか?」
「授業で使うかィ?」
「......使わない。」
はっ、もしかすると。
バッと視線が向いたのは未だ開かれない高杉先生のいる準備室。
「いやいやいやいや、そんなまさか。高杉先生がそんなこと、」
「いや、有り得るかもしれねェ。」
キランと沖田の目は光る。まるで謎解きをしているあの少年みたいに。
「高杉のヤローは謎が多いからねィ。」
「え?た、例えば?」
「......夜な夜な準備室の方から女の叫び声が聞こえる。」
「ひ、ひぃ!!あいつ何してんのさ!?」
「もしかしたら高杉は女を解剖して、臓器を...。」
「ひえええ!!なにそれ怖い!晋ちゃん恐怖!」
「晋ちゃん......?」
「あ、いや、別に...。」
あまりの恐怖でつい昔の名前で呼んでしまった。なんとも一生の不覚。
「え、てことはわたしが呼び出された理由って...。」
「姫路野今までありがとうさようなら。」
「ちょ!やめて!その棒読みなお別れ!」
し、高杉先生はいつの間にそんな怖い人になってしまったの?確かに昔から謎が多い人だったけどさ。
がちゃっ
「!!!?」
いいタイミングなのか悪いタイミングなのか準備室から高杉先生が出てきた。そしてびっくりして固まるわたし達にニヒル顔で一言。
「想像に任せるぜ、ククッ。」
やっぱり謎だ、高杉先生。
理科室のホルマリン
「銀ちゃん、ぐすっ。今までありがとう。」
「え?は?なに言ってんのこいつ?」
「我が儘な、娘で、ごめ、なさい...。」
「ちょ、え、は?お嫁に行くのお前?」
「ホルマリン漬けにされても、忘れないでね。」
「ホルマリン漬け!!?」
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