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闇に飲み込まれたら騒ぎ出す町の一角にある店「Silver Host」。今日も客は途切れず大反響である。


俺はいつも通りの時間に(かなり遅刻している)店に来て裏に行きロッカーを開けてジャケットを取り出す。ジャケットに腕を通して花をセットしたらホストの俺、完成。


そして再び溜め息。今絶対人生最高の幸せが逃げていった気がする。


さっき店を一通り見回したが凛華はいなくて一人機嫌が悪くなる。まあ後で土方バズーカでぶっ飛ばしてスッキリすっから。


ボサボサにならない程度に頭を掻き欠伸をする。目には涙の膜が張り視界を少しぼやかす。


「あ、沖田さん。こんばんは。」


「おぉ。」


なんというか相変わらずのザキがそこにいた。いつも通りに影が薄く裏方を営んでいる。頑張れーと棒読みで応援でもしといてやろう。


「沖田さんよかったですね、指名入っていますよ。」


「何がよかったでィ。嬉しくともなんともねェ。」


「まあまあ、今日は来てますから。」


「......は?」


はい、と笑顔で渡されたのはキラキラ光る鍵。どうやら個室らしい。


ここSilver Hostはかなり人気のホスト店でそこらの店とは比べ物にならないくらい大きい。店の大きさは金の大きさも表していて簡単に飲みにこれるような場所ではない。


更に個室などといったらそりゃあ値段は普段よりも飛び抜けるわけ。だから個室指名は年にあるかないかの頻度だ。それぐらい珍しい。


指名された個室の番号と手元の番号を確認する。間違いではないらしい。俺はドアノブに手を伸ばした。


「失礼しやーす。」


思いきりドアを開ければそこにはいつものお酒を飲んでいる凛華がいた。気のせいかほのかに化粧が濃い気がする。


「ちょ、入る時にノックもしないの?とんだ非常識人ね。」


「ここでは常識もクソもねーんでさァ。」


そう言ってドカッと凛華の隣に座ると前なら嫌な顔して避けていたのに今日は避けもしない。


「どうしたんでィ、なんかあったのかィ?」


「......。」


今日の凛華はやけに静かだ。俺の問いかけも言葉を飲み込むようにお酒を入れる。


いつもなら酔わないはずの酒も今日はほんのりと頬が火照ており色っぽく見える。俺は必死に理性と戦っていた。


「やめたの。」


そうぽつりと呟いた。俺はただ耳を彼女に傾けて黙っていた。


「やめたの、水商売。」


「水商売?」


「言ってなかったっけ。わたしキャバクラで働いてたの。」


なるほど。だからこんな高い店も友達の誘いだけの理由でも来れたのか。


「キャバクラってあれかィ、おっさん達に尻触られる商売かィ?」


「......そうだね。始めはそれも住む場所とお金のためだと思って我慢してたけど。」


またごくごくと浴びるようにお酒を飲み始めた。いてもたってもいられなくなった俺は酒を注ぐ凛華の腕を掴んだ。


「酒の力借りんな。お前の言葉で話せ。」


「......沖田。」


彼女は一瞬驚いた顔をしたがすぐ手を力なく落とした。俺はずっと彼女の腕を優しく掴んでいた。


「あ、あんたと会って、わたしは自分の仕事を初めて拒んだ。こんなの嫌だって。」


「うん。」


「全部、全部、あんたのせいなんだからね...っ!」


「うん。」


「初めて来たときは、腹が立つ奴ぐらいにしか思えなかったけど、」


「うん。」


「店通う度にいつの間にか、あんたを目で追ってて、そんな自分が恥ずかしくて、」


「なんででさァ、すげェ嬉しい。」


華奢な彼女の体を包み込むように抱き締める。もう少し力を入れたら壊れそうだ。


「それでね、今日、やっと、やめれたの。」


「うん。」


「だけどね、家もお金ももうないの。だから、沖田に」


会えない、その言葉を制するように彼女に口付けをした。彼女は驚いた顔をして胸を押していたが力で制する。


いつの間にか流していた涙で頬を濡らした彼女を心の底ら愛しく感じた。名残惜しそうに唇を離し再び抱き締める。


「そんなのこっちから願い下げでさァ。」


「......。」


「野郎に会うために何百万もの金を使わせる馬鹿がどこにいるんでィ。」


「......えっ。」


「こうして話をして酒を飲んで、金を払うのは男じゃなくて女。俺は生憎そこまで落ちぶれていやせん。」


ポンポンと頭をリズムよく叩いてやるとすすり泣く声が聞こえた。俺はその顔を覗きこむように見た。


「凛華、ここの店にはもう来んな。」


「え、」


じんわり、再び目に涙の膜が出来上がる。そして溢れ出してしまった。俺はそれを指で掬いとる。


「かわりにコッチに来い。」


そう言って渡したのはキラキラと光るダイヤモンドなんかではないが安っぽい鍵。凛華はそれを開いた口が塞がらない状態で見ていた。


「こ、これって。」


「合鍵。家もねェんだろィ?」


ぎゅっと小さな手に鍵を握らせる。しかし凛華は押し返してきた。


「だ、だめ。こんな簡単に住まわしてもらうなんて。」


「誰が簡単に住まわしてやるっつった。」


その鍵を押し返し呆気にとられた凛華に話を続けた。


「毎朝俺に朝ごはんを作りなせェ。あ、勿論昼も夜もな。後は部屋を掃除して買い物も行きなせェ。それと黙ってご主人様の帰りを待つ、ていう仕事をすることが条件でさァ。」


「そ、それ、ほとんど専業主婦じゃない。」


「そうとも言えるな。」


ニヤリと笑うとまたまた鍵を押し返す凛華。


「でも、沖田に迷惑かかる。」


「なに言ってんでィ馬鹿。」


「ば、ばかって!」


「お前が俺を拒む以外迷惑なんてありやせん。だから受け取れ。」


「沖田...っ。」


凛華は俺に抱きついてきた、今度は自分から。おいおい、そんなに引っ付かれたら理性吹っ飛びやすぜ?


「沖田は、どうしてそこまでしてくれるの?」


「あぁ?んなの決まってんだろィ。」


今度は顔を見られないように思いきり胸の方に寄せた。心臓音でバレなきゃいいがねィ、まあ無理だろーな。


そして、大きく息を吸った。


「凛華好き以外に理由はねェ。」


腕の中で小さく「私も」と聞こえたのは聞かなかったフリをしよう。後でもう一度きちんとした言葉を聞くために。







今後一切のご来店を拒否します







こんなギラギラした店の中じゃなくて、

今度はどこか別の場所で歩んでいこう。



 
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