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「......沖田さん。」


「......。」


「沖田さん、沖田さーん。」


「......。」


「ちょっと沖田さん、大丈夫ですか?」


「アァ?」


「......そんなに威喝されても。」


「うっせー、話し掛けんな。」


「いやいや、俺は大丈夫ですけど。」


ちらっと横を見るザキの視線の方向を見る。そこには頬を膨らました女の子がいた。この仕草可愛いとか思ってんのかィ。


「さっきから総悟くん全然相手してくれなーい。」


「今はそんな気分じゃねェ。」


「えー、せっかく指名したのにぃ。」


「誰も頼んでない、寧ろ迷惑。」


「ちょっ!沖田さん!」


慌てて涙目になった女の子を慰めるザキ。俺はそれを他人事のように眺めていた。女は顔がよければ誰でもよかったのか、もう笑顔になっていた。そんなもんだ、ホストというのは。


なんだかイライラが収まらない俺。もう仕事をする気にもなれない。そんな中ザキが俺に小声で話しかけた。


「沖田さん、きっと(ある意味色々と)疲れてるんですよ。裏で休んできてください。」


「あー、そうだなー。」


てめーこの野郎括弧の中身、見えたからな。後でザキぶっ倒す。俺様の心を傷つけた罪は重たいぜィ。


まあ、とにかくよくわからねェイライラが面倒臭いのでバックに下がることにした。いつも以上に重たい足を引きずるように歩く。


あー、一体俺はどうしちまったんでィ。いつもはこんなにイライラはしねェ、更年期じゃあるまいし。


頭をくしゃっとかき混ぜるように掻く。それでも頭の中のグシャグシャは直らない。それどころか余計グシャグシャに混ざった気がする。


「......はぁ。」


溜め息が出る。今、身体中の空気を入れ換えたい気持ちだ。そんな気持ちで休憩室のドアノブに手を掛けて、捻った。


ガチャッ


「あんれー、沖田くんじゃないのー。」


ソファから体を起こしたのはサボり魔ホストの旦那。ひらひらと手を振りいつも以上のボサボサ頭の旦那がそこにいた。俺は哀れな目でそれを見る。


「またサボりですかィ、旦那。」


「サボりじゃねェ光合成してた。」


「電気の光でですかィ?太陽の光じゃなくて?」


「あのな総一郎くん、チミはどうしてこう細かいところまでツッコむかなァ。」


「総悟です旦那ァ。いい加減覚えてくだせェ。」


はいはい総一郎くん、とぼやく旦那の隣に腰を掛ける。この人は記憶力鍛え直した方がいんじゃねーの?


「総一郎くんが珍しいね、バックくるなんて。」


「ちょっとイライラしてましてね。」


「......あー、そういえば最近来てねーもんな。」


「......別に凛華のことじゃ、」


「誰もツンケン女とは言ってねーけど?」


「あ、くそ。」


俺としたことがつい口を滑らしてしまった。


「よっぽど夢中なんだねー。」


ケラケラと人を嘲笑ったかのように笑う旦那。その旦那を一睨みする。


「別に夢中じゃありやせん。」


「あ、夢中ってより余裕がないように見えるか。」


「......旦那。」


「んだよ、本当のことじゃねーか。」


旦那は本当に隙がない。だから言い返したいがそれを上手い具合に避けられるというか踊らされている気がする。そこに気がついた時、俺はまだ子供だと実感する。


「だけど総一郎くん知ってるよね、ホストの掟。」


「......あー、そんなモンありやしたねィ。」


ただ金が欲しかった俺を雇ってくれたここでは「ホストの掟」というものが存在する。お客様は神様、お客様にはいつも最高のおもてなしを、とかまあありきたりなものがツラツラ書かれているもの。


その掟のひとつを俺は犯そうとしていた。それに旦那は気づいたのだろう。


「第102条 お客様はあくまでお客様。」


その犯そうとしている掟を記憶力の悪い旦那が復唱する。こういう下らないことだけは覚えてやがる。


「それ以上の関係を持つのはご法度行為。」


これ以上にはない営業スマイルで言う。そこでまたイライラが募る。


「総一郎くーん、どうすんのォ?」


「......別に。」


「別にってちょっとー、なんか楽しくねーじゃん。」


「人のことをおもちゃみたいに楽しんでる旦那よりかマジでさァ。」


「えー、だって楽しいもん。」


「......きもっ。」


しくしくと端っこの方で泣く旦那は置いといて俺は頭の中を整理しようとした。


簡潔に述べよう。つまり俺は凛華のことがいつの間にか好きらしい。けどこの思いを簡単に伝えるのは楽しくない、だから相手を惚れさせようとしていた。


しかし、数日前から凛華は来なくなった。友達曰く早退や休んだ分のツケをそろそろ返さなくてはならなかったためだ。


「......はああぁぁ。」


「何々?恋沙汰のお悩みなら銀さんにお任せ!」


「お悩み相談室は他所でやってくだせェ。」


「要するにねー、総一郎くんはァ、」


「記憶力がまともにない奴に相談とか気味の悪いことできやせん。」


「あれ?俺一応君の先輩だよね?」


「年齢的には。精神的は俺が年上でさァ。」


「......いやいやいやいや、精神年齢は俺の方がう「坂田の旦那ァ。」」


ガチャッと音と共に出てきたのは俺が泣かした女を相手にしていたザキ。手元にはバインダー、ということは指名が入ったらしい。


「ちょっとザキヤマくーん、俺今からいいこと言おうとしたのにィ。」


「それただの芸人になってるからァァァァ!!!じゃなくて旦那、指名ですよ!準備してください!」


へいへい、と怠そうに返事をしながら立ち上がる旦那。



「沖田さんまだ休んでますか?」


「あいててて。も、もうしばらく、」


「わざとらしいな。」


「あいててて。ザキヤマ俺もやばい、」


「だからそれ違う人になってるからァァァァァ!!!」


ザキは半場旦那を引きずるようにそこを立ち去った。


「あ、総一郎くーん。」


ズルズル引きずられながら去る旦那が俺を呼ぶ。


「素直、これ大事だよー。」


「......総悟でさァ、旦那。」


俺はまだグシャグシャの頭の中に「素直」という言葉をインプットしてソファに横になった。いつもよりふかふかしていた。








一触即発







触れたが最後、

ドカーンと俺の感情は爆発しました。

さて次は爆発後の後片付けですね。




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