さわさわとふく風がゆっくりとわたしの頬を撫で彼方へと消えていく。その心地よさに思わず目を閉じる。 目を閉じたら今度は視界以外の五感が感じやすくなった。耳からは鳥の鳴き声が聞こえ鼻からは何か不思議な匂いがする。そして口の中でコロコロと転がるレモン味の飴。甘酸っぱくて美味しいから暇さえあれば舐めている。 今日も平和だな、そう感じていた瞬間だった。 「あっれー、凛華ちゃんだァ。」 「っ!」 ガリッと鈍い音がする。口の中に入っていた飴を思わず噛んでしまった。飴は舐めるものではなくなり噛んで食べるものになってしまった。 「なになにどうしたのそんな嬉しそうな顔して。あ、もしかしてあれか?銀さんに会いた過ぎて仕方なかったとか?仕方ねーな、こっち来いよ。」 「変人病が移るから丁重にお断りさせて頂きます。つかわたしの半径50mに入るな。」 「残念でしたァもう半径50m以内に入ってまーす。」 「入らないよう努力しろよ!」 「努力できません。だって面倒くさいじゃん。」 「あんた本当に教師?」 こいつはわたしのクラスの担任、坂田銀八。くるくるの銀髪天パに可哀想な程死んでる瞳の持ち主だ。 彼はそのお気楽な態度のおかげか男女共人気が高い。だからだろう、生徒との悪噂が耐えやしない所謂ダメ教師というやつだ。 わたし姫路野凛華は入学時から彼のクラスの生徒であり何かしらと接触する。この前はデパートで買い物中に出会いテンションガタ落ち。 「......。」 「え、なにそんなに見つめて。食べてもいいの?」 「一回死んでこい腐れ天パ。」 何故わたしが彼をこうも嫌う理由は多々ある。ありすぎて逆に言えないかもしれない。まあ勿論その中に悪噂が耐えない軽い教師もある。しかしその他に最大の理由がある。 それは先日のことだ。 わたしが日直係りで日誌を書くために放課後教室に残っていた時だった。 「あれ、姫路野まだいんの?」 「あ、はい。」 そこには教室の鍵を片手に持って壁に寄りかかる銀八がいた。さすがの色男、この格好も絵になるとかその時はそんなことが考えれる余裕があった。 「今日日直だったっけ?」 銀八はぺたぺたとサンダルの音を鳴らしながらわたしの前の空いた席に座る。 「今日の日直は姫路野だ、って先生に言われたんですけど。」 「あー、そうだっけ?」 最近物忘れ酷いからなァ、と頭をポリポリ掻く。わたしは日誌に目を向けながら話した。 「いんじゃないんですか、物忘れ酷いのも。抜けてて可愛らしいじゃないですか。」 「それは女子だけだろ、男子はねーわ男子は。『ごっめーん今日の宿題机の上に忘れてきたァ!最近物忘れ酷くって☆』とか言われた日にゃそいつと目ェ合わせられねーな。」 「ふふっ、誰もそこまでキャピキャピしたものとは言ってませんよ。」 銀八があまりに変な声色を使って話すから思わず笑いが出た。それでも手は止めない。 すると、急に両手で頬を掴まれ上にあげられた。 「痛っ、ちょ、なに?」 「......お前の笑顔、超可愛い。」 「......は?」 今こいつなんか言った言ったよね?いや、気のせいかもしれない。きっとそうだ。耳の穴入り口におっさんがいてそのおっさんがただ囁いただけだ、きっとそうだ。 しかし銀八はわたしの必死の叫びを否定するようにもう一度呟いた。 「姫路野笑顔可愛い。」 「〜〜〜〜っ!」 バコンと日誌を銀八に投げつけわたしは鞄を取り教室を出ようとした。 「凛華ちゃん!」 名前で呼ばれとっさに振り向く。 「一目惚れしちゃった。」 「〜〜〜〜〜〜馬鹿っ!!」 これがことの始まり。そしていつの間にやら銀八はわたしが行くところ全てに現れるようになった。これはもうストーカーの領域に達していると思う。 「ほら凛華ちゃんもこっち来て昼飯食おうぜェ。」 「お断り致します。弁当に銀八菌がはいるので。」 「おめ、それ最高の弁当だぞ?」 「わたしにしたら毒です。」 弁当を片手に持ちその場から立ち去ろうとした、が腕が一向に上がらない。勿論やつのせい。 「......離して下さい。」 「やだ。離したら凛華ちゃん、どっか行くだろ?」 「そのために立ち上がったんだよ天パ。いいから早く離して。」 「嫌だ。」 と急にぐいっと引っ張られる腕。わたしは思いっきり引っ張られた方向へと体が倒れてしまった。 「きゃっ!」 「かっわいー。」 脇の下に手が入る感じ、そして体が浮くこの感じ。わたしはいつの間にか銀八の足の間に座っていた。 「!!!!?」 「はいはい暴れなーい。」 逃げ出そうと暴れるが銀八の足でしっかり固定されている。もう、逃げられない。 「ほら、早く食べねーと昼休憩終わるぞ。」 「どどどどどうすんのよ!?誰かに見られたら!?」 「あー、なんか適当に誤魔化せばいんだよ。」 「よくない!!銀八が困るでしょ!!?本当に変人扱いされるよ!!それに教師続けられなくなる!!」 だから離してとじたばた必死に豌く。しかし一向に足の力が弱まる気配がない。 「ちょ、聞いてんの銀、ぱ、ち。」 後ろを向き銀八の様子を窺った。すると銀八は耳まで真っ赤にして顔を掌で多いそっぽを向いていた。 「な、なんで顔、」 「ああああ!!見んな見んな!!」 今度はわたしの目を大きな掌が覆う。真っ暗で何も見えない。 「ちょっと見えないんだけど!!」 「あぁもうどうしてお前はさ自分のことじゃなくて人の心配ばっかすんだよコノヤロー。」 「は?なに言ってんの呪文?」 「......そっ、呪文。」 「なんの呪文よ一体。得体が知れなくて怖いわ。」 てかいい加減手を離しなさい!そう怒鳴ろうと口を開いた時だった。 暖かい温もりが唇へとあたる。急なことで頭が真っ白になる。時々鼻も息も肌で感じとることができた。それが何なのかも理解できた。 「っん。」 ようやく離れた唇と唇。わたしは酸素を取り入れるのに必死だった。そんなわたしを嘲笑うかのように銀八の口は弧を描く。 「呪文、教えてやろーか。」 掌が退かれ視界が広がる。そこには優しい笑顔であり意地悪な銀八がいた。なにか言おうと口を動かしたら中で転がるなにか。あ、これって。 「恋の味を知ることができる呪文。」 わたしの口の中はレモンの味なんかではなく甘ったるいいちごみるくの味が広がった。 恋の味を教えよう 「...てかこれ銀八が舐めてたの?」 「そっ、いちごみるく味。うめーだろ?」 「...わ、悪くないかな。飴の味も。」 「あれ?『も』って何『も』って。」 「なんでもない!」 |