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外ではポツポツとリズムよく滴が落ちる音がする。最初は優しく落ちていったが次第にその音も多くなり重なり合い、地面を濡らしていった。
それをぼぅっと縁側に座り見つめる。股の方が雨で少し濡れてしまった。それを冷たいと思うも動かず天から落ちてくる滴を見ていた。
「......。」
そっと唇に手を持っていく。されたのは昨日のことで、もう何十時間も経っているのにまだ熱を持っている。思い出す度に火傷をするのではないかと思うくらい、熱い。
彼はあの後、一言謝り部屋を出ていった。その謝られたことが悲しくて辛くてでも不思議と幸せだと思ったわたしは本当に狂っている。
「......凛華。」
「沖田さん。」
濡れちまうだろィ、彼はそういってわたしにタオルを投げた。それを有り難く受け取り股の上に敷いた。暖かい。
「いきなりでさァ。」
どかっと隣に座り呟く。
「あんた、もしかしたら今日中に居なくなるんだろィ?」
「質問がストレートだね。」
「俺は真っ直ぐな男なもんで。」
「性格ひね曲がってるのに?」
「......は?」
「いえ、なんにもないっすすんません。」
「わかればいいんでさァ。」
相変わらずの黒いオーラにビクビクしながら謝る。本当に沖田さんは出会った頃から変わらない。
「さよなら。」
「本当にストレート。名残惜しいこととかないんですか?」
「ないね。」
「そうやってハッキリ言われるとキツいんですけど。」
「......あ、でもひとつだけありまさァ。」
ニコリと笑い、わたしの手をとった。急に手を掴まれたので少し身を引いた。
「あんた、剣術が長けてやすね。」
「ど、どうも。」
「それなのに、この手はどうみても今まで剣を握ってきたように見えやせん。」
「普通ならタコとか刀傷とか色々できるもんね。」
「一体どうしてでさァ。」
ぐっと掴まれた手を痛いと感じながらも、話す。
「わからない。わからないけど、剣を握ったときまるで今まで握っていたかのように体が覚えていた。あの真っ赤の血の光景もどこか見ていた気がした。」
「......ふーん。」
実はですねィ、と彼はまた呟く。
「俺、あんたの剣術どっかで見たことあるんでさァ。」
「え?」
「昔のことだけどねィ。」
よっこらしょーいち、その掛け声と共に立ち上がる沖田さんを見つめる。
「ま、あっちに行っても頑張れよ。」
「......その言葉、なんかわたしがあっちに帰る前提じゃん。」
「え?帰らないのかィ?」
その言葉に戸惑う。本当は帰らなきゃいけないのに帰りたくないとわたしは思ってしまっている。
「凛華。」
答えに戸惑っていると沖田さんがわたしの頭を撫でた。
「人間逃げたら負けでさァ。」
「え、」
意味深な言葉を放ち、沖田さんは手を刀に置いた。その行動に疑問を持つ。
「凛華。」
「......ひ、土方さん。」
沖田さんとは違う声に振り向くとそこには鬼の副長こと、土方さんがいた。彼もまた刀を抜いて立っていた。
「凛華...。」
土方さんはわたしに近付き、そして頬に手を添える。わたしは真っ直ぐな瞳から逸らすことができなかった。
「お前はどーしてんだ?」
土方さんの言葉に沖田さんの時と同様、戸惑ってしまう。
正直なところ帰りたくない。沖田さんとまた遊びたい、近藤さんの家族愛のお返しをまだしていない、土方さんに、まだ気持ちを伝えていない。
だけど現実わたしはここにいてはいけない人間。歴史上いてはいけない。そう思ったら帰らなければならない。
「わ、わたしは...、」
と、そのときだった。
「真撰組ィィィィィィィ!!!!」
「!?」
叫びながら真撰組に入ってきたのは刀を持った柄の悪い人達。見る限り攘夷志士であろう。
「来やがったか。」
「いいタイミングだねィ。」
ニヤリ、と笑いカチャと不気味な音を立てて刀を構えるふたり。そのふたりの後ろには先程の叫びで何事だと飛び出してきた隊員がいた。
「お、沖田さん!土方さん!?」
わたしも戦おうと刀を抜こうとした。
しかし、それは土方さんの片手でいとも簡単に止められた。再び力を入れるが抜けれない。
「凛華!!よく聞け!」
わあぁあああぁ
沖田さんを先頭にした刀を持った隊員と攘夷志士が激しくぶつかり合う。
「お前は戦うとき、誰も信じていやしねェ!!」
「!」
「ひとりで何でも解決したがる大馬鹿者だ!!」
呆気にとられた顔で土方さんを見る。
「少しは周りを頼れ!頼ったら俺らはそれを「信頼」としてお前に返す!」
「ひ、土方さん...。」
「お前はここに来たとき上っ面だけいいようにして誰も信じてねェ目を貫いていた!」
そう、わたしは信用していない、信用なんかしない。とっつぁんにああしろと言われたのは信じてもメリットもデメリットもないかなと成り行きで行動しただけ。
わたしは上っ面だけで生きてきた人間だ。
そしてそれを家族以外誰にも明かさないまま生きてきた。友達なんか信用してもすぐ裏切る。そんな弱いものに群がるほどわたしは弱くない。
ここに来るまではそう、思っていた。
「信じろ!俺達は上っ面だけでお前を護ったりしねェ、家族だって言わねェ、好きだって言わねェ!!!」
「ひ、ひじか、」
その時だった。
「姫路野凛華。」
肩にポンと置かれる何か。わたしは背中に冷や汗が垂れるのがわかった。
「迎えに来ました、姫路野凛華。」
「あ、あんたら...。」
そこには黒修道がいた。わたしがここに来た原因であるやつらだ。こんな最悪なタイミングで来るとは。
「い、いや、」
「凛華!!!」
ガキィン
刃と刃がぶつかる音がする。わたしの真上で土方さんがギリギリと相手を刀で受け止めていた。
「逃げんな!!戦え!!」
「い、いや、やだよォ。」
「凛華!!」
「は、離れたくない。沖田さんや近藤さん、土方さんと、離れたくない......っ。」
ぼろぼろと目から流れる醜い涙。わたしは歴史を変えてでもここにいたいと思う自己中心的な女だ。そう罵ってもここにいたい気持ちは変わらない。
「お前は、馬鹿だ!」
「は、」
「馬鹿でアホで世話の焼ける大馬鹿者で、だけど本当は脆い女!!!」
「な、なにそれ、」
「そんな女だから好きだって言える!!」
「、」
「お前のあっちでの戦いはまだ続いてんだろ!?逃げんな戦え!!」
「っ!」
その言葉に胸が打たれた。
「姫路野凛華。時間だ。」
その言葉と共にふわふわと手からたくさんの粒が浮き上がっては消えていった。徐々に薄くなる掌を見てわたしは本当に消えてしまうのだと恐怖を感じた。
「ひ、土方さんっ!」
「凛華。」
わたしに背を向る土方さん。その土方さんにたくさんの攘夷志士が襲いかかる。刀を持とうと手を伸ばしたが、それを掴むことはできなかった。手が消えてなくなっていたのだ。
「頑張れよ。」
「土方さっっ!!!」
あなたを見た最後の姿は思っていたよりも黒く、大きく、逞しい背中姿だった。
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