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「......んっ。」
暖かい。そしてふわふわとしたこの感じ。この心地良さは天国だろうか。
確かドラマとかで聞いたことがある。血を多く失った時に雨なんかに当たったら体温が低下してしまう。体温が低下し続けると血を止める何かも働かなくなり最悪の場合死に至る。どうしてこんなことを思い出したのだろう。
そういえばわたしはあの黒修道とかいう奴に斬られたんだっけ。無事土方さんのところに辿り着いたのは覚えているけどそこから何にも覚えてないや。
あーあ、この怪我どうやって説明しよう。自分のことも話さないといけない。土方さん達ならそろそろ疑問を持ち始めるに違いない。
「......あ。」
ふと開いた目。開けばそこはつい最近見始めた天井だった。相変わらずの古びた天井と畳の独特の匂い。でも妙に落ち着く。
体を起こすと少し痛む傷口。腹を触ると綺麗に包帯が巻かれていた。それに着ているのも違う。きっと女中さんが着替えさせてくれたのだろう。迷惑をかけてしまったな。
ドタドタと縁側を歩く音が聞こえる。やばい、寝たふりした方がいいかな。
ガラッ
そんなことを考えている時に障子が開いた。開けた障子には土方さんと近藤さん、そして何故かとっつぁんがいた。
「とっつぁん?なんでここに?」
「......凛華ちゃんんんん!」
わああああと泣きながらわたしに抱きつこうとしてきた。え、とか慌てているときひょいっと体が浮いた。とっつぁんはそのままタンスやらに突っ込んでいってしまった。
「ったく、危ねーな。」
横抱きされているわたしが上を向くとそこには仏頂面の土方さんがいた。何故仏頂面かよくわからないが。そんなことよりもわたしは今の体勢が恥ずかしいことに気がついた。
「......もう、大丈夫か?」
「は、はい。なんとか。」
そうか、と一言言って土方さんは降ろしてくれた。その時ちょうどとっつぁんが瓦礫の山から出てくる。
「いてててっ。トシひでーじゃねェか。」
「これ以上怪我が悪化されても困るからな。」
「いやぁ、とにかく凛華ちゃんの目が覚めたんだ!よかったよかった!」
わたしは胸が痛んだ。こんなにわたしのことを家族同然としてここに置いて仲良くして心配されている仲間にわたしはいつまでも秘密を抱えていた。
自分の素性を晒さないよう過ごしてきた。だってそんなの絶対信用されないと思ったから。けどもうそんなこと言ってられない。言わなきゃ。
「......みなさん、お話があります。」
「なんだい?改まって。」
わたしは布団の上で正座をし立っている3人の方を向いた。
「わたし、今までずっと言わなきゃと思いつつもみなさんに秘密にしていたことがあります。」
きゅっと着物を掴む手が震える。怖いのだ、拒絶されるのが。
その手に重なるように握られたのは土方さんの手だった。びっくりして顔が上がる。
「姫路野。無理に話さなくていい。時間はあるんだ。」
「じ、時間......。」
その時気がついた。
「ひ、土方さん!あれからわたしはいつまで寝ていましたか!?」
「確か丸一日は寝てたな。」
その言葉に冷や汗をかいた。外を見る限り今は昼間らしい。太陽の日が暖かい。つまり計算をすると明日のいつかには帰らなければいけない。
「じ、時間がありません!聞いてください!」
手の上に置かれた土方さんの手を掴み、話した。
「わたしは本来ここにいてはならない人なのです!」
「いてはならない?どういうことだ。」
「......。」
既に事情を知っている(脅されて無理矢理吐かされた)とっつぁんはただ黙って下を向いていた。
「わたしは、時空の歪みが原因でここに来たらしいんです。」
「......。」
土方さんや近藤さんは黙ったままだった。その沈黙が拒絶された気がして怖くて、体の震えが止まらなかった。それでも話を続けるわたしは愚かだ。
「わ、わたしは昨日わたしがここに来た原因を知る黒修道に会いました。その人達はわたしのような人を本来いるべき場所に返すことをしているらしいです。」
「だからって怪我させるこたァねーだろ。」
「どうせ正当防衛とか思ってるんでしょう。」
とっつぁんはただ苦虫を噛んだ顔をした。納得がいかないようだ。
「彼らは言いました。直に歪みは直る、明後日には迎えに来ると。」
「っつーことは、」
「明日のいつかです。」
「明日かァ......。明日!?」
「はい、明日です。」
いつの間にか土方さんと手が離れふたりは下を向いたままだった。それが耐えられなくてわたしも下を向いていた。
「今まで、ずっと、黙ってて、ごめんなさい。」
「あぁ、本当だ。」
はっきりとした声で返ってくる近藤さんの言葉にわたしは涙が出そうになった。
「俺達は家族だろう?家族というのは背中に積んだ荷物を分け合える存在だ。どうして頼ってくれなかった?」
「だ、だって、拒絶、されるのが、怖くて怖くて...。」
「拒絶するわけないだろう!凛華ちゃんを拒絶する家族じゃない!」
「こ、近藤さん。」
嬉しい言葉ばかりで思わず顔が上がる。
「しかし凛華ちゃんのせいばかりではない。気づかなかった俺達の責任でもある。......今まで気づかなくてごめんな。」
「こ、近藤さ、ん。わ、わたしこそ、黙ってて、ごめんなさい。ごめんな、さい。」
「おあいこだな。な、トシ。」
「そうだな。」
困ったように顔を上げて笑った土方さんはわたしの頬を手で覆った。
「総悟がな、調べたんだよお前のこと。そしたら住民登録票にねェんだ姫路野の名前が。」
ぐいっと目元を拭かれる。どうやらいつの間にか泣いていたらしい。それに気づいても止めることができなかった。
「信じるしかねーだろ馬鹿。」
「ひ、土方さんーっ。」
「あー、泣くな泣くな。」
「ず、ずみまぜんんん。」
「おいおい、鼻水も垂れてっぞ。」
「うぅー。」
ハハッと笑いながら土方さんはいつまでもわたしの涙を拭ってくれた。それはまるでいつでも拭ってやるとでも聞こえた。そんな感じに聞こえてまた涙が流れる。
「とりあえずお前はどうしたいんだ?」
近藤さんはとっつぁんを見送りに玄関までいって土方さんだけが残った。その時に言われた。
「どうしたい......?」
「帰るのか?あっちに。」
はぁ、と出した白い息はまた消える。それを飽きずに土方さんは出し続ける。
「......帰る、って言ったら寂しいですか。」
いつの間にかそんなことを聞いていた。聞いた後に後悔した。これじゃあまるでわたしが寂しいと言っているようなものだから。
「総悟や近藤さんは寂しいだろうな。」
「土方さんは...?」
「あ?」
「土方さんは、寂しくないの?」
ポロッと灰が落ちる。あちちっ!と叫びながら土方さんは灰を外に払いそして戻ってきた。
なにこの気まずさ。思わず下を向く。その間の空気も居心地が悪かった。
すると土方さんも気まずかったのかわたしに背を向け、ボソリと呟いた。
「...寂しい、かもな。」
「え。」
その言葉に反応してわたしは立ち上がる。
「いいいま何て言いました!?」
「......何にも言ってねェ。」
「いや!言いました!言いましたよね!」
耳まで真っ赤にさせた土方さんに近づく。今の言葉が純粋に嬉しくて嬉しくて土方さんをからかう。彼の耳が更に真っ赤になったのが面白かった。
調子に乗ったわたしはぐいぐいと彼に迫る。そのせいかバランスが崩れてしまった。
「きゃっ!」
「うぉあ!?」
ドターン、と共に私たちは倒れた。状況を把握するべく起き上がろうとしたらわたしはとんでもない格好をしていた。
まるでわたしが土方さんを襲っているみたいな感じ。そう、わたしは土方さんの上に跨がっていた。
「すすすみませ、」
急いで退こうと体を起こしたがそれは敵わなかった。
土方さんはわたしの首に腕を絡め、自分の方に引き寄せた。そのせいでバランスが崩れ土方さんの上に乗っかってしまった。
なにやら訳がわからない状態で口をパクパクしていると、土方さんはまたポツリと呟いた。
「寂しい。」
「......え?」
「寂しい。」
ぎゅっと絡む腕の力が強くなる。
「いっつも俺の周りをチョロチョロしてたやつがいなくなると思うと、寂しいに決まってんだろ。」
「ひ、土方さん...。」
体を起こし土方さんと視線を絡める。何故か指も視線と一緒に絡んでいた。不思議と幸せな気持ちだった。なんでだろう。
「好きだ、凛華。」
真剣そのものの瞳でわたしを見つめる土方さんのその言葉を聞いて確信した。
わたし、土方さんと離れたくない。
天邪鬼の罪
それが許されないことと知りながらも、
私たちはその時神に背いて息を絡めた。
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