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それから一週間後のことだった。


相変わらず渋々授業を受けている俺の耳に入ってきたのは衝撃的なことだった。



「入院...っ!?」

「ああ。」



親父の口から出された言葉は凛華お嬢様が肺炎で入院したのことだった。原因は風邪の菌が肺にまでいったことらしい。



「だ、大丈夫なのかよ!!」

「医者は心配ないと言っているが、」



ホッと息をつく。そこまで大きな病気ではないらしい。



「凛華お嬢様がどうやらお前を呼んでいるらしくてな。」

「俺を?」

「寝ている時もずーっとお前の名前を呼んでいるそうだ。」

「......。」



執事の心得その98 面会後は一人前になるまでどんな理由があろうとも絶対に会ってはならない。


俺たち執事は面会後、一人前の執事になるまでお嬢様との面会は禁止されている。それが例えお嬢様が入院していようとでもだ。なんでも面会以外で半人前でお嬢様に会ってはならないというのだ。


気持ちが、落ち着かない。



「......なあ、親父。」

「行かせないぞ。」



教材を片手に持ち低い声で俺を制した。弱かった俺は押し黙ってしまった。



「じゃあ、伝言は?」

「......それぐらいなら許してやろう。紙に書きなさい。」



一枚の白い紙を渡された俺はしがみつくようにそれに書いた。ただ、一言。



「必ず迎えに行く」



その瞬間、執事というものになることを心得た。必ず一人前になって凛華お嬢様を迎えに行く。そう決めたのだった。


しかしここでまた新たな理由ができた。










「......新たな理由?」

「そーだ。」



わたしの手を握りしめて、彼は申し訳なさそうに呟いた。



「不正を働いている主人の野望を潰すためだ。」

「主人......?」



一瞬頭が停止する。先程の聞いていた話を思い出す。銀さんの主人にあたる人、それは。



「父、様?」

「正確には主人のあるモンだけど。」



銀さんはわたしの顎を持ち、息がかかるくらいの距離で呟く。



「USB。」

「!!」


父様がわたしに託した会社の情報が入ったものだ。そんな大切なものを?



「疑問に思わなかったか?どうしてそんな大切なモンをお前に渡すのか、どうして自分で管理しないのか。」



それは依然父様に聞いた。そしたら笑顔で「凛華に我が会社のことを知ってほしかったから」と言った。



「答えは簡単。不正を隠すためだ。」




頭が、真っ白になる。



「会社にさえ持ち込まなければ不正がバレることはまずない。更に捜索となっても凛華に護るように伝えてある。凛華は言いつけを守るやつだ。必ず欠かさずもっているだろう?」

「そ、」

「今も、形見外さず。」

「そ、そんな。」



カラーン、と虚しい音を立てて落ちたのはネックレス型のUSB。そう、銀さんの言うとおりわたしは形見外さず持っていた。しかしそれも今日で終わりだ。



「凛華、中身見たことあるか?」

「......ない、興味がないから。」

「それもきっと計算済みだな。」



今まで自分の父の尊敬像が一気に崩れた。



「......なあ、こんな時にこんなこと言うのもおかしいけどよ、俺が今言ったこと信じる?」



静かにそう呟いた。そう、もしかしたら嘘かもしれない。けど銀さんのこの表情をみてもまだそんなことが言えるか。



「信じるよ。」



赤い瞳が、揺らぐ。



「ずっと、ずっと待ってた気がする。思い出せないけどわたしは誰かを待っていた。それは可愛いお洋服でも大好きなおもちゃでもなくて「銀さん」でした。」



そうか、だから父様や母様はわたしの幼い頃の写真を見せてくれなかった。もし見せたら銀さんのことを思い出してしまうから。思い出したらあの、入院してる時と同じように悲しくて大泣きしてしまうから。


しかしつい最近わたしはひとつの紙を見つけた。そこには雑な字で「必ず迎えに行く」と書かれたものだった。なんだか心にポッカリと穴が開いた感じがした。



「ずっとその紙を見つけてから思ってた、どうしてこんなに寂しいのだろうって。それは誰かがいなかったせいね。」



涙ながら微笑むと銀さんは困ったように笑い、わたしを抱き寄せた。



「凛華。」

「はい。」

「......約束、護った。」

「うん。」

「ごめん、あん時会えなくて。」

「わたしこそ今まで思い出さないでいてごめんなさい。ありがとう、何も言わないで護ってくれてて。」

「それが俺の役目だ。」



体を離し、床に落とした例の物を拾う。



「銀さんの言うことが本当なら放っておけない。戦おう。」

「......ありがとう。けどな今日はもうおやすみの時間だ。」



わたしをお姫様抱っこをして布団の中へと入れる。



「ゆっくりおやすみ。」



そう優しそうに微笑む銀さん。出て行こうとするのをわたしは止めた。



「もう少し、わたしが寝つくもう少しまでそばにいて。」



自分でもわかるぐらい顔を真っ赤にさせて勇気を振り絞って言った。すると銀さんは意地悪な顔をした。



「仰せのままに、凛華お嬢様。」







私の執事を信じる



今夜はたくさんのことを知った、そしてしなくてはならないことがわかった。

だけどね、もう少しだけ甘い時間を過ごさせて。



 
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