自分が偶発的に作ってしまった薬は、どうやら惚れ薬らしい。らしい、というのは、確証が持てないからだ。
確固たる証拠もないし、適当に混ぜ込んだのだからどんな薬草をどのくらい、どのように調合したかなんてすっかり忘れてしまい、成分調査をすることができない。根拠は先ほどからおかしい白竜の態度だけである。
誰かに使って反応を見れば確証が得られるのかもしれないが、そんなことは到底できそうになかった。そのくらいシュウはげんなりしていた。
「シュウ、大丈夫か。疲れているようだが」
「いや君のせいなんだけど」
隣で心配してくる白竜を軽くあしらう。この男、必要以上の至近距離である。近い、離れろ、うざい、何回言っても離れないので、シュウはとっくに諦めていた。
練習がハードだったのかな、などと全く気づかずつぶやく白竜を見て、シュウはため息をついた。
今日は運が悪く、アンリミテッドシャイニングとの合同練習だった。試合中は至極真面目に動く白竜を見て、ほっとしていたシュウだったが、あんまり気にしすぎて怪我をしてしまった。
その時は白竜はいつものようにクールに一瞥しただけだったが、ハーフタイムになると、アンリミテッドシャイニングの輪を抜け出してわざわざシュウのところまで来た。
「怪我は大丈夫か。お前、利き足だろう」
事情を知らないエンシャントダークの選手、呆然。事情を知らないアンリミテッドシャイニングの選手、呆然。事情を知っているシュウとカイは真っ青である。
いつもの白竜ならば、ハーフタイム中はチームメイトに指示を出しており、こちらに一瞥だって向けたことはないのだ。わざわざこちらにきて言ったセリフが気遣いなど、前代未聞、空前絶後の事態である。
その場はなんとか過ごしたが、シュウはようやく本気で焦ってきた。
(なんとかしなきゃ、まずい。白竜がこのままだと困るな)
一応サッカーにおいてはいつもの白竜であるが、問題はシュウである。この状態が続けば、自分にどう影響するか分からない。
化身合体に影響が出て、失敗、なんてことは許されない。知らず知らず爪を噛んでいると、手首を掴まれる。
「な、なに」
「いつも思っていたが、爪を噛むのは悪い癖だ。直せ」
「ぼくの勝手だろ。いいじゃないか。それより、離してよ」
「よくない」
「白竜、君本当におかしいよ、気づいてる?」
「俺はいつも通りだけど」
(いつも通りじゃないんだよ!)
自覚がないのはますます悪手である。シュウは頭を抱えたくなった。
「爪が伸びているなら、俺が切ってやろうか」
けろりと白竜がそんなことを言うので、シュウは照れ少々苛立ち多大で思い切り右ストレートをかました。ボクシングマシーンだったなら今日の一番得点を狙えるかもしれないヒットである。
「いってーな!」と正直な感想を述べて白竜は手を離した。シュウはすぐさま身を引く。
端正な顔は本日二回殴られて痛々しく腫れている。若干の罪悪感を感じつつ、シュウはその場から逃げるように駈け出した。
「ぼくに触るな!」
何度目か分からない捨て台詞を吐きながら、(このままじゃ本当に困るな)と何度目か分からない再認識をした。
カイをつかまえて一緒に寮に戻る。今のところ唯一の理解者であるから、今後どうするかを相談したかったが、三点リーダが続いていた。
正直いってどうしようもないのである。
カイがため息をついた。これからを憂いているのだろう。シュウも勝手ながらため息をつきたくなったが、後ろからの声に飲み込んだ。
「白竜知らないか?」
アンリミテッドシャイニングの選手である。カイとシュウは首を振った。選手が暗い顔をする。「ここにもいないのか」
「ここにもって?」
「白竜がさっきから姿が見えないんだ。どこを探しても見つからない」
それは大変だな、とカイが呟いた。シュウは無言だ。あまり白竜のことは考えたくはなかった。
まあいいや、ありがとうと選手が去ろうとしたが、ふいに立ち止まり、シュウの頭を指さした。
「髪留めどうした?」
「え? あれっ」
「ホントだ、シュウどうしたんだ?」
前髪を触ってみると、片一方だけ髪留めがついていなかった。もしや、とシュウは回想する。
練習後、切り傷にきく薬草を探すのと白竜を追い払いたいのとで、森に逃げ込んだのだ。白竜は森ではついてくることが出来ない。その時、苛立ち紛れに髪留めやキャプテンマークを外したのだが、両方共つけたと思っていた。
多分森で落としたのだろう、あとで探しにいくかと軽く考えていたが、シュウの顔がこわばったのを見てカイが訝しげに覗き込んだ。
「大丈夫か?」
アンリミテッドシャイニングの選手は姿を消している。大事なキャプテンが行方不明になったのだから、急いで探しに行ったのだろう。
まさか。まさかね。
「いやまさか本当にいるとは」
「シュウ!」
シュウは泣きたくなった。白竜は嬉しそうな顔で近づいてくる。
まさかそんなことはないだろうと思っていたが、そのまさかで白竜は森の中に髪留めを探しに行ったらしい。気づいたならばその場でいえばよかったのに、ばかだなあとしか思えない。
シュウは近づいてきた白竜の頭をはたいてため息をついた。
「君のチームメイトが探していたよ」
「迷っていたからな。心配かけた」
「ぼくは別に心配していなかったけど」
「でも探しにきてくれたな」
「アンリミテッドシャイニングの人が可哀そうで……」
慣れていない夜の森に入るなんて、自殺行為だ。シュウでさえ、夜は動物のうごめく時間なのであまり近づかないようにしている。
もう絶対に入るなよ、と釘をさしつつ、シュウは髪留めを受け取る。その場で身につけると、シュウは再三ため息をついた。
白竜が月の光が入る明るいところにいて良かった。もし暗い奥深くにいたら、きっと朝まで見つけられなかっただろう。サッカーボールがあれば怖くはないが、白竜は丸腰だ。朝になって白竜発見、しかし熊に食べられたあとでした、なんて冗談では済まされない。
「シュウはやっぱりその髪留めが似合うな」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと帰るよ。なんでわざわざこんな時間に黙ってくるかなあ」
「いい格好がしたかったんだ」
はあ? と振り返ると、思いの外白竜が近くにいたので、どぎまぎした。真剣な表情である、月の光に照らされて日本人にしては彫りの深い顔がますます端正に見える。
「いつだっていい格好がしたいんだ」
「……それでこんなところまでくるなんて馬鹿だなあ。迷ってずっと見つからなかったらどうするんだよ」
「シュウが必ず探しに来るから大丈夫だ」
「必ずって……こないかもしれない」
「わかるんだよ。シュウが好きだからな」
「は」
白竜にサッカーの才能以外に何かあるとすれば、空間演出の才能だろう。
シュウにとっては悔しいことに、この状況下は最高のシチュエーションだった。
「シュウだから格好いいところが見せたいんだ。好きなんだ」
迷って見つけられるのは格好悪いんだけどな、と照れたように笑う白竜はなんともいえず美男である。
月の光が照らす夜、森にふたりきり。ドラマチックな状況に、不覚にもシュウの頬は熱を持たずには居られなかった。
【続】