シュウ→中2
白竜→中1
中学生っぽくないというツッコミはなしの方向で
なぜ自分は玄関で押し倒されているのだろうかと、シュウは薄暗い天井を見つめて考えた。答えは簡単だ。友人と別れた帰り道、家に入り扉を閉めようとした途端、水のようにするりと滑り込んできた人物に押し倒されたからだ。
しかし相手が支えてくれたお陰で全く体に痛みはないし、苦しい体勢でもない。むしろ相手のほうが辛そうである。突然の出来事に驚くよりも先に体が床に寛いでしまったので、シュウは馬鹿にはっきりとさえた頭でそんなことを分析した。
普通ならこの突然のーーしかも随分過激なーー訪問に、相手が知人であろうとなかろうと、けたたましく声をあげて驚き、抵抗すべきなのであろうが、シュウはもう慣れっこになってしまっていた。
突き飛ばす代わりに、自分の胸に顔を押し付けている相手の頭を撫でながら、「白竜、帰りなよ」と穏やかに帰宅を促した。
一つ年下の後輩は、ゆっくりと顔をあげた。形のいい眉は歪められ、皺が波打っている。綺麗な顔なのに勿体無いな、と思いながら、シュウは眉間にかかった彼の前髪を指でそっとよけてやった。
「シュウ、あいつは誰だ…ですか」
「あいつって?」
「さっき一緒に歩いていただろう」
「ああ……友達だよ。ただの」
「あいつと別れてもらえますか」
白竜はまた、シュウの胸に顔をうずめた。その彼の様子に、シュウは若干うんざりしながら苦笑いをする。
「あいつと別れなきゃ、俺は離れない」
「だから、友達だってば。どうして、信じてくれないかな」
「……本当に、ただの友人なんですね」
「そうだよ。白竜、何度も言うようだけど、そうやって別れろとか言うの、やめ、な、んむ」
白竜がキスをしてきたせいで、自分は最後まで言うことができなかっ
た。
べろべろと犬のように白竜の舌がシュウの唇を舐める。シュウは歯を食いしばって、時折侵入してくる生温かい舌を拒む必要があった。最近の白竜は、少し油断をしただけで、すぐに舌を入れようとしてくるのでいけない。
少しのあと、頬を淡く染めた白竜はそっと唇を離した。濡れた唇がひんやりとするのがやけに不快だった。白竜は目を炯炯とさせる。
「なら、俺と付き合ってください」
「だから、無理だってば」
何遍も繰り返した問答だった。シュウはぎらぎらとした相手の眼を見つめる。瞳のずっと奥で、欲望が紅に燃えていた。
いつからこういうことになってしまったのか。シュウは初めてキスをした時のことーーもちろん相手は白竜なのだがーーをはっきりと思い出すことができる。
シュウと白竜は幼馴染だった。振り返れば保育園でよたよた歩いていた時から二人の関係は始まる。一つ違いだったが、あまりにずっと長く付き合っているので、白竜がシュウに対して敬語を使うことはなかったし、シュウがそれを気にすることもなかった。小学生の間は。
シュウが中学生にあがったとき、2人の関係は一変する。部活動特有の顕著な上下関係に触れ、一つ年下の幼馴染とタメ口で話すことに気恥ずかしさが芽生えはじめたシュウは、やんわりと今まで通りの関係を拒絶した。
「白竜も来年中学にあがるんだし、敬語を使わなきゃいけないと思う」
白竜はしばらく黙っていたが、やがて静かに「わかりました」と頷いた。
そして、その聞き慣れぬ敬語にむずがゆさと寂しさを感じた束の間、シュウは「実はずっと前から好きだった」というカミングアウトを受け取り、同時にファーストキスを奪われたのだった。
それから、毎日のようにキスされている。
「やっぱり付き合っているんだな」と白竜は目に暗い光を宿す。シュウは白竜の背中を撫でてやる。中学にあがったというのに、どうしても白竜を甘やかす癖が抜けない。悪いことだと自覚している。シュウが甘やかすから、白竜はシュウから離れられない。
「付き合わないから他の奴と付き合ってるっていうのは突飛すぎるよ。白竜は愛がなくてもただ形だけ付き合えればいいの」
「俺はシュウが好きだし、シュウは俺がすきだろう」
「……僕のすきは、君とはちょっと違うんだよ……わかってるだろ?」
「……なら、もう一度だけ。もう一度だけ、キスをさせてくれ。そしたら今日は、諦める」
シュウが離れていきそうで不安なんだ。と、白竜がじっと見つめてくる。ルビーのような瞳はどこまでも澄んでいる、映った自分の顔が酷く不釣り合いに見えて、シュウはいつも恥ずかしさを覚えてしまう。
シュウは返事の代わりに、小さく口をあけた。誘うようにちろりと舌をだすと、白竜がゆっくりと覆いかぶさってくる。
最後のキスと約束したからか、小さなリップ音を滲ませて、白竜は懸命にシュウの唇を、舌を吸う。それが気持ち良くて、シュウは腰を浮かせた。
甘い。白竜の唾液はすこぶる甘い。シュウは蕩けた表情で白竜の舌を味わう。まるで虫のように幼馴染の甘露を味わう自分が情けないと思いながら、舌を絡ませる。白竜の背中に手を回して、ぎゅうぎゅうとしがみつく様は、まるでシュウの方が白竜を欲しているように見えることを、シュウは知らなかった。
拒絶しながらも、白竜も、白竜とのキスも、シュウは嫌いではなかった。けれども、駄目だなんだと青く柔らかい倫理観を振り回しながら、白竜とのキスを拒みきれない理由を、シュウは認めることは出来なかった。それを認めてしまったら、今までの彼との関係が全て朽ちてしまう気がする。美しい友情の思い出が、怪しげな色ーーしかも官能の気をを含んだーーを帯びるのが、シュウは大変恐ろしかったのだ。
白竜の言ったことは、的を射ているのかもしれない。
(僕は残酷だ)
シュウはそう感じながらも、シャツを握る手に力を込める。もしかしたら、もしかしたら、白竜から離れられないのは自分なのかもしれないと思いながら、白竜の舌から逃げる振りをする。白竜は切なげな表情で、より一層キスを深くする。
漏れる声が、垂れる唾液が、全部全部自分のものだと知りながら、それら全てが白竜を煽るものだと知りながら、シュウはあえて無視をして、ただ白竜のキスを享受する。
だから、白竜の手が自分のシャツの下に滑り込んだのを、シュウは目を伏せて見逃してやった。
まだ両親の帰らない夕方五時半ごろの、いつもの風景であった。