》23歳保健医白竜と13歳シュウの学パロ



 養護教諭の先生が産休をとったということで、急遽白竜が臨時で母校の中学校の養護教諭を務めることとなった。
 「よろしくお願いします」と頭を下げた女性の笑みは生徒たちに人気だったであろうことをうかがわせた。前養護教諭は、細かなことを白竜に伝えると、最後に、初めて幸せそうな笑みを少しだけ崩した。

「1年生に、シュウくんという子がいるのですけど。その子は、よく保健室に来るので、注意してあげてください」

 若い女性教諭に代わって若い男性教諭。生徒たちの注目の的であった。白竜は端正な顔立ちをしていたので、女子からの人気を集めたが、白竜は生徒と教師が慣れ合うことをよしとしなかったため、なんとなく冷たい教師だとして、生徒たちは話さえすれど遠巻きに見つめていた。女性教諭の時はよく昼休みに遊びに来たりしていた生徒も、白竜が着任した途端、徐々に足が遠くなってしまった。
 しかし、保健室は怪我や具合が悪い時にくるものであって、それ以外に来ていいような場所じゃない。そんな信条をもつ白竜は、生徒たちの、まるで草食動物がそっと敵を伺うような視線に心地よさすら感じていた。
 今日も黙々と学校保健の業務企画を作成していると、不意にからからと戸が開いた。時計を見ると、朝の9時頃を指している。授業はもう、とっくに始まっている頃である。
 白竜は顔をしかめた。誰が来たのか、大体見当がついてしまった。

「おはよう、白竜。今日も誰も居ないね」
「シュウ。白竜じゃない、先生と呼べ。誰もいなくて結構、皆健康優良児だ。お前以外はな」

 白竜の刺のある言葉を、シュウは笑み一つで一蹴した。そのまま鞄を戸の近くに降ろすと、白竜のデスクの側にあるソファーにゆったりと腰掛けた。そこが――恐らく前任の時から――彼の定位置であることを、白竜は知っていた。
 白竜はシュウをじろりと睨み、忌々しげに舌打ちを落とす。

「お前、また制服を着てないな。着てこいと、何遍も繰り返しただろう」
「ごめんね」
「謝るのなら着てこい」

 しかしシュウは、「これがいいんだ」と学校の制服に少しだけ似た上着の赤いボタンを指でいじる。「制服、窮屈なんだもん。動きづらいよ」
 この答えも、何遍聞かされたか知れない。白竜は付き合いきれないというように首を振ると、デスクに戻って作業を再開した。生徒の更生は養護教諭の仕事ではない。それは担任の仕事だ。
 けれども、シュウが毎朝のように遅刻して、保健室に入り浸っているのに、担任が彼を注意しているところは見たことがない。特殊な事情を抱えている生徒なのかも知れない。しかし、それは白竜の知ったことではなかった。
 前任の嘘つきめ。白竜は心の中で毒づく。よく来るどころか、毎日じゃないか。
 しかしながら、前任は嘘はついていなかった。白竜が着任してから、シュウの訪問が、週に3度程から毎日に変わったことを、白竜はしらない。
 シュウはソファーの上に寝転がると、白竜を見上げた。「ねえ、白竜」

「なんだ」
「彼女いる?」この質問は、白竜にとって聞きなれた質問だった。くるりと回転椅子を回して、シュウを見据える。
「またそれか。俺が入ってきた直後、よく女子に聞かれたな。そいつらにもお前にも、何度も言ったが、俺に彼女はいない」
「じゃあ、好きな人は?」
「お前はそれを知って、どうしたいんだ。女子に話して、人気者にでもなりたいのか?」

 憤慨にまくし立ててから、はたと冷静になる。シュウはそのような人間ではないということを、まだ知りあって短いが、白竜はよく理解していた。
 「また濁した」シュウはにっこりと微笑む。「やっぱり、いるんだね。好きな人」
 白竜は呆れたようにため息をついて、また作業に向き直った。
 シュウの発言を、否定も肯定もしない。この沈黙をシュウがどう受け取るかはしらないが、この質問にはいつも、そうやって対応していた。
 その後は、シュウが度々白竜に話しかけて過ごす。シュウの話の内容は時に哲学的だったり、特に民俗学的なものだったりと幅広く、年齢不相応の知識と精神の深さを思わせた。白竜にとって頭の良いシュウとの会話は歯ごたえがあり、終業の鐘がなるまで暇つぶし程度に話に応えている。終業の鐘がなるとシュウは保健室をでていき、どこかに姿を消すのが常であったが、ふと思いついて身なりを整えるシュウの背中に問いかけた。

「お前は、何故よく俺に彼女の有無や、恋愛感情の有無を尋ねるんだ」

 不意に問いを投げかけられたシュウは目をしばしばと瞬かせたが、少しだけ口角をあげて答えた。

「僕が白竜のことを好きだからかな」

 呆然とする白竜をからかいながら、「じゃあね」と戸口を静かに閉めてシュウはでていった。「白竜、この学校にいる期間が増えたんだってね。まだまだ話せると思うよ、嬉しいよ」
 残された白竜は、始業の音にはっと我に返ると、デスクに頭を打ち付けた。
 一体どこから情報を手に入れたのか知れないが、確かに、前教諭の産休期間が長引いてしまい、それにくっついて、ひっぱられたガムの如く白竜が雷門中を離れる予定も伸びてしまったのは事実である。白竜は目の前の書類を見つめた。綺麗に書いたつもりであったが、誤字を見つけてしまい、いらだちが募る。

(この学校は、嘘つきばかりだ。校長も、前任の教諭も)

 そしてシュウも。男子生徒が男子教諭を好いているなんて、悪い冗談といい冗談がある。
 23歳と13歳、俺とお前は10歳も年が離れているんだぞと考えた自分に震えがして、再度白竜は頭を机に打ち付けた。



 次の日も、シュウはけろりとして保健室に来た。惚れた腫れたの話題には一切触れなくなり、それが白竜を混乱させた。
 一体シュウはどういうつもりなのか。本当に自分のことが好きなのか。しかし、白竜がシュウにそれを尋ねることは難しい。
 生徒と深い仲にならないという己の信条が崩れかけていくようで、白竜はシュウへの対応に困り果て、彼を持て余し始めていた時のことであった。
 いつも9時頃に遅刻してくるシュウが来ない。9時半を過ぎてから、白竜の視線は頻繁に時計に注がれた。10時を過ぎても、まだ来ない。
 11時を目前にして、ようやく、シュウが姿を現した。今日はやけに遅いな、と皮肉を言うつもりであったが、シュウの姿を見た途端、白竜はぎょっと目を丸くさせた。
 シュウの浅黒い肌を幾粒もの汗が流れ、苦しげに顔を歪めている。校則違反の服を纏う体はふらふらと今にも崩れ落ちそうだった。
 「シュウ!」思わずシュウに飛びついて、彼を支える。ほっとしたのか、シュウは白竜の腕を弱々しく掴むと、力を抜いた。白竜の腕に一気に荷重がかかる。

「お前、こんなにふらついて……熱があるじゃないか。風邪を引いているのか、なら何故登校してくる、どうして休まない!」
「……ふふ、僕の家、学校からちょっと近いから、大丈夫だよ。学校にくるくらい、平気、だった」

 だった、と過去形になっているということは、今は平気ではないらしい。白竜はひとまずシュウをベッドに寝かせた。長らく人を寝かせることがなかったベッドはやけに軋む。男子生徒の体重はなかなかに白竜の腕を震わせたが、それでも想像していたよりはずっと軽く、細い体がぶかぶかの服の中を泳いでいた。
 シュウの額は熱く、体温計で測るまでもなく高熱だと分かった。このような場合、保護者を呼ばなくてはならない。シュウに両親がこられるかどうか確認しようとしたが、既に限界を超えたシュウはベッドの上で朦朧としていて、白竜の問いかけに返事にならない返事をするばかりだった。
 仕方ないので、担任に連絡し、担任が到着するまでシュウの側で彼を見守ることにした。
 ベッドで息を荒くさせるシュウをじっと見つめる。遅刻ばかりの彼だったが、学校に来なかった日は無かった。風の日も雨の日も、時には警報がでて学校が休みになった時だって、シュウはちゃんと学校にきたのだった。
 その変に強情なところは、白竜は嫌いではなかった。
 ふと、シュウが、うわ言のように「あつい……あつい……」とつぶやいているのに気づいた。あわてて布団をはがすがシュウの呻きは途絶えない。仕方なくシュウの服のボタンをひとつずつ外し、ハンカチで体の汗を拭ってやることにしたのだが、

「おいシュウ、なんで下に何も着ていない」

現れた肌に白竜は驚き、視線を彷徨わせた。シュウは答えられずに目を瞑っている。
 ふと、蝿のように宙を漂っていた視線が、シュウの上下する胸にとまった。シュウの呼吸音に呼応して、薄い胸板が動く。汗を拭くという目的を忘れて、ハンカチをきつく握りしめてそれに魅入った。腰から、ぞくぞくとした何かが背中をゆっくりと這い上がっていく。
 シュウがあまりほかの生徒と喋らないことを、どこかの教師から聞いていた。教師に対しても生徒に対しても会話に応ぜず、壁を感じると。
 しかし白竜はそうは感じない。シュウはどちらかといえば積極的に会話を求めてくる。少なくとも壁を感じたことは無かった。
 目の前の彼はひどくちっぽけで弱っちく思える。話に聞いていた少年とはまったく違う姿に、白竜は戸惑いを感じる反面、妙に惹かれているのを自覚していた。
 どうしてシュウは俺と話したがるのか、どうしてシュウは俺に弱みを見せてくれるのか。もしかして。
 頼られているのだろうか。
「白竜」シュウの弱々しいつぶやきにはっと我に返った。顔を見ると、シュウが薄っすらと目を開けていて、白竜を見つめていた、しかしその焦点は合わない。

「白竜」

 もう一度つぶやかれた名前と、恐らく生理的であろう、シュウの目尻から流れ落ちた涙を見た途端、白竜は、シュウの汗ばんだ額にキスをしていた。シュウの荒い呼気が、白竜の頬をぬるりと撫でた。
 扉が大仰な音を立てて開かれた。白竜はさっとシュウから離れる。しっとりと湿った唇を触りながら呆然とする白竜を気にも留めず、やってきた担任はシュウを慈愛に満ちた表情で見つめる。

「シュウくんが、熱を出したと」
「……ええ、はい」
「可哀想に。ご両親はちょっと遠くに仕事に出ていて、すぐにはこちらに来られないそうなんです。でも、電話してみます。白竜先生、ちょっと来てください」
「わかりました」

 早鐘を打つ心臓を抑えながら、白竜は担任のあとについていった。
 シュウの横を過ぎる時、シュウが仄かに笑ったような気がした。


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匿名さんリクエストありがとうございました!
10歳差のCPというのは、なんだかアダルティで危険な香りがしますね。
精神年齢が高いシュウに戸惑う白竜さんとても美味しいと思います。
養護教諭と生徒……凄く……セウトです……

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