現パロ年齢操作夫婦ネタ拍手連載
∴白竜・シュウ→17歳
∴妹→16歳


 今日は運命の日だった。
 十七歳となった白竜は、部活を終えると、すぐさま最寄りの駅へと向かった。しかし乗るのは自宅に帰る方向とは反対の電車である。見慣れぬ広告を見ながら胸の鼓動を抑えた。
 平常心。平常心だ。
 高校から電車で揺れること十六分、駅から徒歩五分の白い新築の賃貸マンションの中に入ると、白竜はエレベーターのボタンを押した。7階。最上階である。
 チン、という軽い音に、白竜の心臓がどきりと跳ねる。夕方の真新しいマンションはどこもかしこもピカピカしていて、周りの風景に全く馴染んでおらず、まるで蜃気楼のようだった。その蜃気楼の中を、白昼夢を見ているような心地で白竜はふわふわと進む。
 やがて一室の前で立ち止まると、慣れない手つきで鍵を取り出し、二度三度大きく深呼吸をして、鍵穴に差し込んだ。確かな手応えに白竜の緊張は再骨頂に達する。初めての試合でさえこんなに緊張することはなかった。しかしまあ仕方のないことだと、白竜は心のなかで言い訳する。今日は運命の日なのだから。
 彼には許嫁がいた。今日は許嫁との同棲生活の初日となる日であった。

 白竜が許嫁の話を聞いたのは十五歳の時である。サッカー部も引退し、さあこれから本格的に受験に向き合わなくては、という時期であった。久しぶりに海外から帰ってきた両親に、自分より年下の女の子の写真を見せられ、「彼女があなたの許嫁よ」と告げられたのである。話を聞けばなんと八年も前からそのようなことになっていたというのだから呆れる。それまで許嫁などが自分にいたことをとんと知ることもなく、サッカー三昧の日々を過ごしてきた白竜は、いきなりそんな人物がいたと聞かされても全く実感がわかず、まるで三件隣の家の子猫を見せられたような気分で、「はあ」とだけ答えた。

 彼の家は名だたる大企業である。大変な商才を持った曽祖父が一代で築き上げ、祖父、父と彼の才能を受け継いだ息子たちが時代の発展と共に会社を成長させた。ともすれば白竜は御曹司となるわけで、それなりの縁談もその頃からチラホラと彼の周りを彷徨いていたのだったが、今までいつの間にか消滅していたのは成程このせいだったのか、と白竜は一人合点する。
 しかし、社長になるべく英才教育を積まれてきた白竜は、多数の令嬢と顔を合わせたことはあるが、四角い枠の中で微笑む顔はそのどの顔とも一致しない。誰かと尋ねてみれば、白竜の遠い親戚の子供だという。養子であるため、血は繋がっていないのだが。

 頼まれたのだ、と厳格な父は言った。自分の娘と白竜を結婚させて欲しいと。最初は断っていたそうだが、あまりに必死に頼んでくるので、つい許してしまったのだという。

 しかし、時に冷酷と思えるほど高みを目指す父が情にほだされるわけがないと疑問に思った白竜が相手を調べてみると、思った通り、向こうはかなりの山林を持っていた。そのあたりは丁度父が目をつけていたところである。将来的に大きな利益が見込めそうだった。しかし仮にも親戚相手であるため、買収という手は若干臆するものがある。
 向こうの頼みを聞いてやったという弱みも握れるし、それを種に無償で山林を手に入れられるかもしれないという訳だ。恐らく向こうにも同じような打算があるに違いない。白竜の目は死んだ。
 結局これは政略結婚というわけである。愛は必要ない。しかしそれを悲観するほど白竜は自分を大切にしていなかった。自分も先代のように会社を大きくするのだという野心が動く。その為ならば結婚だろうがなんだろうが、どうでもいい。
 許嫁は目の冴えるような美人というわけではないが、慣れるのに三日もかかるほどの不細工というわけでもない。どちらかと言えば、可愛いと称される顔だ。苦痛には至らない。

 だから、白竜が十七歳になった時、一年間未来の伴侶と同棲するというおかしな約束事も、二つ返事で快諾した。


 何も思っていないとはいえ。
 年頃の女子とひとつ屋根の下というのは経験したことがない。自然ドアノブを回す手に汗がにじむ。
 一年後には白竜も十八になる。そうすれば結婚するという約束だ。それからは生涯を共に過ごすことになるのだから、一年なんてなんともないと自分に言い聞かせたが、彼はまだまだ青かった。
 ドアを大げさに開け、その勢いのまま玄関になだれ込んだ白竜を迎えたのは、

「や、おかえり」
「…………あ?」

 白竜は写真を何度も見ている。一応将来の妻なので。目の前に立つ人物は彼女によく似ていた。しかし、『似ている』はどこまでいっても『似ている』のまま、『本人』となることはない。彼女によく似た顔つきと髪の毛であったが、いつまで経ってもショートカットに前髪を二つ縛るという奇妙な髪型がポニーテールになることはなかったし、何度見なおしても黒いスラックスがスカートに見えることはなかった。
 少女と呼ぶには少年と呼ぶにふさわしい。
 「……髪切ったんですか?」想像とかけ離れた人物に、思わず敬語を使ってしまう。目の前の黒ずくめはころころと笑った。

「違うよ。初めまして、僕は君の許嫁……の、兄のシュウです」
「は? 兄? はあ?」
「君の許嫁となるはずだった妹の代わりに、僕が将来の伴侶となることになりました。というわけで、一年間、よろしくね。あっ、同い年だから敬語使わなくていいよ、十七歳だろ?」
「いやいやいやちょっと待て」

 兄て。伴侶て。白竜は差し伸べられた手を振り払い、予想だにしなかったことに困惑する。

「……そんな話は聞いてない」
「君のご両親、多忙だそうだね。結構前に決まったんだけど、話が行かなかったのかな? とりあえず、落ち着いて話そうよ」
「おい!」

 許嫁の兄は目を白黒させる白竜を置いて、さっさと扉の向こうに消えた。残された白竜は未だ混乱にさいなまれながら、とりあえず靴を脱ぐ。育ちのいい彼はきちんと靴を揃え、たっぷり時間をかけて手を洗い身なりを整えた後、シュウのいるリビングへと向かった。

 家具は既に部屋の中に運び込まれている。白いソファーに座ると、体が沈んだ。なんだか気分まで沈んだ。
 大きく深呼吸をする白竜に、シュウがマグカップを差し出す。中にはホットミルクが湯気を立てて踊っていた。

「これ、飲みなよ。落ち着くよ」
「……いらん」
「いいから、の、み、な、よ」

 彼の新しい未来の伴侶は、ずいぶんと強引だった。白竜は渋々と受け取る。「まあ、説明さえしてもらえればいい」

「うん、そのつもりだよ」とシュウは笑顔になった。「結論から先に言うと、妹と君が結婚するのが嫌だったんだ」
「はあ?」
「僕と妹は養子でね」

 許嫁の話が出たのは白竜よりも少し早く、十三歳の時だった。物の分別がついてきたシュウは、嬉々として一つ下の妹を嫁に行かせるという話をする養父を見て、何故自分たちが引き取られたかをなんとなく察したという。「父さん達は藤原氏になりたかったんだよ」とは彼の弁である。
 それでも今まで飯を食べさせてもらい、学校まで行かせてもらい、何不自由なく普通の子供として育ててもらった為、特にシュウにも妹にも不満はなかった。
 しかし中学生、二人共多感な時期であった。

「で、妹を見てふと思ったんだ。どこぞの誰か分からない奴より、妹が好きになった人と幸せになってほしいなって。僕は特に好きな人が居なかったから、僕が代わりに結婚すればいいやって」

 シュウも自分を大事にしないタイプの人間だったらしい。
 たった一人の肉親なのだ。幸せにしてやりたい。しかし養父とは揉めに揉めたという。顔を合さない日が続いたこともあったし、夜遅くまで言い争いが続いた日もあった。養父としては今更許婚を息子に変更など、弱みを増やすだけであるので、気持ちは分からなくはないが。
 しかし結局彼らが折れ、見事シュウは白竜に嫁ぐこととなった訳である。事の次第を聞いた白竜の眉間に海峡のような深い皺が刻まれた。
 結局、自分は元許婚にフラれたということである。白竜のプライドが擽られた。マグカップを乱暴にテーブルに置くと、彼女の兄に鋭い眼差しを向ける。

「そんなの認められるか!」
「もう決まったことだよ」
「お前の妹が嫁ぐことだって決まっていたことだろう!」
「今ここでまた変えろっての? 僕が嫁ぐことは大分前に君の家に伝えた、君に話が回らなかったのはそっちの責任だ!」
「男なんかと結婚できるか!」
シュウがぎろりと睨む。「面白いこと言うね。この時代に、まだ性別で差別するんだ?」

 近年、欧米諸国に倣って、日本でも同性結婚が認められるようになった。しかし法の書に刻まれた文字は未だ新しい。同性愛に対する偏見が消えたわけではない。
 けれども、大企業の御曹司として、偏見で人間を測るのは浅ましい。白竜はうっと詰まる。シュウがやれやれとため息をついた。

「ま、そんな気はしてたけど。君って体裁を気にするんだね。やっぱり妹に行かせなくて良かった」
「なんだと!」
「じゃあ、僕と一年間同棲生活、やれるよね?」
「……いいだろう、やってやるさ」

 売り言葉に買い言葉というやつで、白竜は承諾した。友人と同棲するような気持ちで行けば良い。同い年なのだから。
 「よかった」とシュウがにこりとする。狡猾な狐のように思え、白竜は忌々しげにミルクを飲み干した。

「これからよろしくね。名前なんだっけ?」
「……白竜」
「よろしく白竜。花嫁修業は一応やってはいたから、心配しないでよ」

 喉を通るミルクは、既に冷めていた。

【続】
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -