》アレソレで話が通じるような熟年夫婦白シュウ



 それに最初に気づいたのはエンシャントダークのメンバーだった。いやアンリミテッドシャイニングかもしれない。正負のチームどちらが先に見つけたとて、結局のところゼロになってしまうのだから全く意味はない。大事なのは何を見つけたかだ。
 食堂でのことだった。
 「白竜、あれとって」シュウが隣でスパゲティを食べる白竜に話しかける。あれってなんだ、と他のチームメイトが首をかしげている間に、白竜は紙ナプキンを流れるような手つきでシュウに渡した。シュウが礼もそこそこに口元を拭ったので、どうやら正解だったらしい。すると今度は白竜が、「シュウ、それをとってくれ」と頼む。代名詞の応酬に困惑する中、シュウはすぐさまパルメザンチーズを手渡した。
 シュウはいつも行儀よくきれいに食べるので、紙ナプキンを使っている所を滅多に見ない。それに、白竜がミートソーススパゲティにチーズをかけて食べるなど知らなかった。アンリミテッドシャイニングの面々も同じだったに違いない。ミートソーススパゲティは今日初めて出た新メニューなので。
 黒と白のチームの視線が混じり合う。カイと林音は顔を見合わせた。

「どう思うよ」
「どうもこうもないだろ」
「なんでこそあどで意味が通じンの?」
「俺に聞くなよ!」

 化身合体はどれだけお互いの波長が合うかが鍵になる。シンクロ率、よくいえばお互いの絆の深さに起因する。例えそれが目的を遂行するためだとしても、一時的にお互いを信頼できてさえすれば良い。
 そのため白竜とシュウは化身を生み出すために最近共同生活を強いられていると聞くが。
 ここまでお互いを理解し合うとは。まるで長年連れ添った熟年夫婦のような二人にカイは舌を巻いた。林音はスパゲッティをくるくる巻いた。のんきなその様子に、カイが呆れたように頬杖をつく。

「シュウ達凄いと思わないか? さすがだよな」
「凄いと思うけど、俺たちもうかうかしてらんねーんじゃねえの?」
「何で?」
「同じチームの俺達がシュウの言うことがわかんなくて、白竜がわかるってどうよ」

 林音の言葉にエンシャントダークのメンバーに稲妻が走った。木屋、芦屋、久雲、悠木、野谷等々。ゼロのメンバー以外はおろか遠くのテーブルで食事していたメンバーまで、はっとしたように顔を上げる。彼らの感じるところははからずも皆同じだった。
 負のチームの強みは相手の力を見切り力を奪うことに重点を置いた異色の戦法である。相手を翻弄できるか否かは、選手たちのフットワークにかかっていることが多い。化身合体とは違うが、こちらもやはりお互いの絆の深さに起因するものがある。
 キャプテンのいうことが分からず何故マイナスのチームを名乗れるのか。林音の言葉にひどくうちひがれた選手たちは、己の怠慢を恥じ、やがて燃えるような闘志を目に宿し、打倒白竜、いやいや凌駕白竜を誓い合うのだった。
 そうとも知らず、食事を終えたシュウと白竜は、綺麗に揃ってごちそうさまを述べた。




「あれ無い? えっと……」
「ああ、タオルね」
「あ、ごめんそれとって」
「はいよ、ドリンク」

 数週間後の合同訓練後、シュウの周りには人だかりが出来ていた。皆一様に少し汚れた黒のユニフォームをまとっている。
 メンバーは代名詞で指されるものをいち早く察知し、要求されたものをシュウに渡す。先ほどからそれの繰り返しだった。シュウは何もせず、ただあれそれと言っていれば良いので、まるで箱入り娘のような扱いであった。
 老妻をとられた元夫役はその様子を見ていらだたしげに地面を踏む。シュウの周りに気づかれた王国を見て、白竜に近づいてきた青銅が凄いな、と感嘆を漏らした。

「お前の役割じゃなかったか?」
「……別に、俺の役割と限定されていたわけじゃない。というか、お前達は何故あのような扱いを俺にしようと思わないんだよ」

 白竜の周りはひどく寒々しかった。彼の取り巻きは風だけである。熱烈なファンなら大歓迎だが、そろそろ秋も終わりに近づいてきた頃、熱は冷め始めている。青銅はぽんと「お前に合わせる意味がないし」と正論を吐いた。白竜も、あのような一種妄信的とさえ思える行動を別段して欲しいわけではなかったので、口をつぐんだ。問題はそこではない。
 これから今度の練習についてミーティングをしなくてはならない。白竜は施設内に戻る途中だというのに、横を動く未だ黒ずくめの集団をうざったそうに見つめる。まるでかさこそと動く煤のようだと思った。彼が夫役を取られてしまった原因は、この数の利であった。恐らくシュウのこそあどに最もいち早く気付けるのは自分だという自負があるが、それが幅を利かせるのは1対1の話であって、数の利にはどうにも太刀打ち出来ない。
 カイや林音がいつシュウが何を要望しても対処できるように、横にぴったりと並んでいるのを見て、ますます眉間にシワが寄る。そんなことをしていて疑問に思うところはないのか、と問いたくなるが、チェス盤の駒のような化身揃いの連中である。キングを守るためならなんでもできるのかもしれない。白竜は吐き気がした。しかし、最も白竜を苛立たせているのは、自身が抱いている、この紛れもない嫉妬心であった。面白くない。実に面白くない。その感情が何故起こるのか、指し示す答えはそこらの飼い犬だってわかる。要するにどの動物も起こし得る感情だというわけで、その意ではあらゆる種族に共通する古代からの感情、なんとも浪漫風を吹かせる言葉であるが、今の白竜にとってはロマンチシズムなど腹の虫の餌にすらならないのだった。
 ミーティングルームの椅子に乱暴に座り、白竜は舌打ちを打つ。彼の機嫌を損ねないように、チームのメンバーが遠巻きに座ったのがますます彼の鱗を逆なでした。
 面白くない。この感情にも、囲まれて嫌な顔一つしないシュウにも!
 しかし白竜のいらだちは意外な形で解消された。

「えっと……その。あれがしたいというか、えーっと……」

 突然、シュウが若干顔を赤くさせて、プラスチックの椅子の上でもじもじと足を動かす。熱いのかと野谷がうちわを渡そうとしたが、首をぶんぶんと横にふられる。「そうじゃなくて……その……」
 エンシャントダークの面々は初めて見る態度であった。黒い騎士たちは困惑する。未だ視線を彷徨わせ、言葉にならない声を出しているシュウ、今まで、状況と彼の態度から内容を大体把握していたが、これはとんと分からない。しかし白竜はすぐにピンときていた。乱暴に立ち上がると、黒いユニフォームをかき分けてシュウに近づく。
 なんだよ、と若干強めに押されて痛みを感じたのか、林音が尖った声を出す。「てめーにはわかんのか?」しかし白竜は「わかるさ」さらりとかわす。その自信に満ちた態度に、エンシャントダークに動揺が走った。
 白竜と視線を合わせたシュウは、ぎょっと慌てふためいた。「やっぱ、やっぱりいいよ」その瞳に仄かな期待がちらついたのを見逃さない。
 「こんなところで」とシュウが最後まで言う前に、白竜は彼の唇を塞いだ。

「わーっ!!」

 一寸の間を置いて、驚きと悲痛さがDNAのように螺旋を描きながら入り混じる叫びが、小さな室内を圧倒した。なんだなんだと白い子供たちも首を伸ばし、ぎょっとして慌てて目をそらす。しかしシュウと白竜を取り囲む少年たちは驚きに固まってしまい、ようやく理性を取り戻した時には生々しい水音と怪しげな吐息が鼓膜を叩いていたのであった。
 舌を翻弄され、口内をまさぐられ、溶け始めたシュウの目がうつろになっていく。今までこんなに激しいキスはしたことがなかった。「……ふあ、……あ、やっ」呼吸がまま成るのはわずかに声が漏れる瞬間だけである。酸欠は白竜にしっかりと腰を抱き寄せられているシュウから抵抗と羞恥と理性を根こそぎ奪っていった。べろべろと犬のように唇を舐められ、吸われ、シュウの体が熱を増していく、浅ましい動物の心が彼の瞳から白竜の顔を覗いている。白竜はぞくりと何かが背中を駆け登るのを感じた。薄い布越しに感じる熱が危うい。夢中で貪る間にすっかり怒りや吐き気は鳴りを潜めてしまったので、更に勢いづいたのであったが、背中のあちこちをシュウに殴られる。どうやら限界がきたらしい。秒を増すごとに力が強くなっていくので、ステンレス缶のようになってはかなわないと、白竜は名残惜しみつつも最後に強く唇を吸うと、シュウから離れた。
 シュウの唇は充血していた。戻ってきた羞恥心にかられたのか、彼の顔は赤いセロファンを通して見たような色になっていた。「白竜!」

「いきな、いきなりなにするんだよ!」
「何って、お前が口寂しいと言ったからキスをしたまでだ」

 台風の目はいつも落ち着いている。白竜は幾分すっきりした気持ちでけろりと答えた。シュウは「違う、違う」と首を乱暴に振る。

「何が違う。キスがしたいと言ったのは本当だろう。間違いなはずがない」
「違う、違う、違うよっ!」

 シュウは真っ赤な顔で白竜の胸をどんとつくと、すぐさま部屋を飛び出した。違うんだよ、という叫びが廊下に尾を引いていく。

「お前が居ないとミーティングが始まらん!」

 自分の解釈が間違っていたのかと若干ショックを受けた白竜は、いささか憮然とした面持ちで後を追いかける。ミーティングルームに残された少年たちは放心状態の中ヒソヒソとささやき合った。
 違うと否定しつつも、本当は何がしたかったのか、言わなかった理由は。あのもじもじとした様子は。
 「俺達にゃ無理だな」と林音が肩をすくめる。

「あんなの、できっこねえや」
「そうだな。あの言い方だと、いつもしてるんだろうしな……」

 なんとも物哀しい気持ちではあったが、触れてはいけないものがこの世にはある。自分にあてられた役割をこなすことを目標にし、カイ達は究極の光と顔を合わせるのを若干ためらいながら、いつ帰ってくるか分からないキャプテン達を待つために椅子に座り始めた。


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匿名さんリクエストありがとうございました!
もろに熟年夫婦という単語を文面にいれてしまいましたがお許し下さいませ!
アレソレどころか目と目だけで通じ合っても白シュウはおかしくないと思うんですよ……
ところかまわずチュッチュしてても全然おかしくないと思うんですよ……
大変妄想が膨らみますね本当にありがとうございました。
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