》ゼロ戦後でシュウが成仏したと知らない白竜が必死にシュウを捜して島に残る
シュウに別れを言えなかった白竜のその後




 シュウがいないんだ、とどこか泣きそうな震えを伴ったカイの言葉に、目の前が真っ暗になった。どさり、手から落ちた鞄がにも目もくれず、白竜は操縦室へ走りだす。

「頼む、戻ってくれ! 友人がまだ島に残っているみたいなんだ!」

 無理な頼みだとは重々承知していたが、嫌な予感に早鐘を打つ心臓が焦らせた声は悲痛に満ちていたらしい、ぎょっと目を丸くさせた操縦士はすぐさま重々しく頷いた。
 急いで船は進路を変え、波を逆なでしつつも島につく。すぐさま地面へ飛び降りた白竜は、「限界になったら合図をくれ!」と森の奥へと消えた。
 シュウ、シュウ、シュウ。早る鼓動に鞭を打つ。ゴッドエデンの中には誰も居なかったはずだ。出る際に皆で確認したのだから。てっきり、シュウもその中に入っていると思っていたのに。
 彼がいるとしたら森の中しか考えられなかった。手が切れるのも構わず露に濡れる草木をかき分け、転びかけつつも木の根をまたぎ、大声でシュウの名前を呼ぶ。

「シュウ! 返事をしろ!」

 いつもの彼であったら、森のどこで彼を呼ぼうと、どこからともなく蔦から蔦へと飛び移り、「やあ白竜」となんでもないように現れてくれていたのであったが、木の葉は揺れる気配も見せない。風もなく音もなく、森は少年が一人で探しまわるには広すぎた。しかし白竜は必死でシュウを探す。どこからか聞こえる、枝が見を寄せ合う音に何度も振り返り、焦燥の色を顕にする。
 やっと、本当の意味で、友人として、繋がれたのだ。この孤島に一人寂しく置いていけるわけがなく、彼が見とる者の幻影を見ながら孤島で死んでしまうような悪いイメージがどんどん沸き上がってきて、白竜はますます息を切らせて叫ぶ。「シュウ!」しかし反応はない。森は大変静かであった。まるで白竜以外誰も存在していないかのように。
 白竜の白い服がすっかり泥だらけになるころ、彼は開けた所へと躍り出た。エンシャントダークがかつて練習に使っていた場所である。横たわり苔を携えた石達は沈黙している。

「……だれもいないのか」

 散々シュウの名前を叫んで枯れた喉からは小さな声しか絞れなかった。
 練習場は閑散としている、山羊の子一匹いない。白竜はよろよろと倒れた石柱に寄りかかると、そのまま座り込んだ。苔が滑る不快な感触が背中に纏わり付く。
 もしかして、シュウはいなくなってしまったのだろうか。先ほどから心の隅で感じていたことを考える。しかし、シュウは生身の人間ではないか。どうやっていなくなるというのだ。唯一の脱出手段は船しかない。
 ふと、白竜の背中を寒気が走る。信じがたい仮説が浮かんだ。しかしそれは非現実的であり、あり得ないと白竜の中の常識が喚く。白竜の頭は混乱するばかりであった。
 あいつは人間だったのだろうか。
 そうだとすればこれまでの日々は一気に現実味を帯びなくなってしまう。彼と化身合体を成功させた時も、雷門と戦った時も。白竜は必死でそれを否定する。(あいつはどこかにいる筈だ)しかし姿は見えない。気配もしない。白竜は項垂れる。
 未練。悲しみ。なんとも言えぬ思いに、白竜は唇を噛み締めた。様々な感情が胸を渦巻いていく。

(まだお礼も何も言ってなかったんだ)

 ずっと同じ日々が続くと思っていたので。子供が常日頃抱いている不死性が揺らぐ。また明日という言葉は、明日誰それが自身の世界から欠落することを全く可能性の片隅にも入れていないから、言えるのである。
 「シュウ」頭をたれたまま、白竜がつぶやく。「どこに行ったんだよ」
 彼がまたあの笑顔でひょっこり現れるのを、期待して。



 シュウは白竜の目の前にいた。座り込む白竜の前にしゃがみ、その顔を覗き込む。双眸からは何の感情も読み取れない。
 彼は白竜が島に戻ってきてから、ずっと彼の後をふよふよとついていき、木の根に蹴躓きそうになるのを手を貸してやり、彼が自分の名を叫ぶ度に「なあに」と返していた。しかし白竜にはその姿は見えない。シュウは既に実体を失っていた。
 「シュウ」うわ言のような白竜の呟きに、シュウは「なあに」と幾回目かの言葉を返す。しかし互いに返事はない。

「……シュウ」
「なあに、白竜」
「シュウ」
「白竜」

 シュウはおもむろに立ち上がり、膝の埃を払う。身なりを整えると、くるりと彼の前で一回転してみせ、ステップを踏む。ほんの少しだけ、砂粒が動いた。

「白竜、見てよ。僕、足があるんだ。歩けるし、サッカーだってできるよ」

 黙ってしまった白竜は頭をあげることもしなかったが、シュウはボールを蹴る真似をして笑いかける。そして、すぐに笑みを引っ込めた。
 座り込む彼を見下ろし、

「……だから、君に抱えてもらうつもりも、重荷になるつもりもないんだ」

 足がある幽霊。シュウはまたしゃがみこみ、そっと白竜の頬に指を添える。実体の無い指は彼の白い肌をほんの少しすり抜けたが、構わずシュウは白竜の額に自分のそれを擦り寄せた。自分の体がすり抜けてしまわないように気をつけて、子猫が飼い主に甘えるように。
 感触も熱も感じるはずもなかったが、白竜の指がぴくりと痙攣する。

「ね、頑張ってくれよ。僕がいなくても。サッカーも何もかも、頑張って頑張って頑張って、頑張り尽きたら」

 また僕とサッカーして。
 白竜が顔を上げる。その肌は変わらず青白かったが、瞳に浮かんでいた絶望は姿を消し、夕日の光が炯々としている。「……シュウ」
 シュウの声や感触は白竜には伝わらない筈であった。恐らく彼の野性的な直感が働いたのかもしれない。いや、そうではなかった。シュウは柔らかく微笑む。
 自分の言うことが白竜に伝わらない筈が無いのだ。だって彼は、聖騎士を生み出すために日々共に努力を重ねた、唯一無二のパートナーなのだから。世界でたった一人の、愛しき友人。
 シュウは懇願するように白竜の手を触る。「さよならだ」
 さよなら、さよなら。耳に届いた自分の声は、体内で跳ね返り、これで最後だということを嫌でも自覚させる。シュウの目頭が熱を帯びた。
 木々の間をすり抜けて、汽笛の音が聞こえてくる。もう留まるのは限界だという合図であった。
 白竜は多少よろつきながら立ち上がる。シュウはもう手を貸さず、黙ってそれを見つめる。喉を枯らした白竜はやはり黙ったままであったが、もう暗い表情は消え去っていた。純白は影を潜め、泥だらけで青臭い斑点が染み付いてしまった足を踏み出し、岸へと向かう。
 彼が自分の横を通りすぎるのを見送るシュウは、

「白竜!」ミサンガの消えた手を大きく振り上げる。「君なら大丈夫だよ!」

 彼はもう振り返らなかった。再度汽笛の音が尾を引く。
 蜜色に染まる波間に鎮座する、すっかり人気の消えた孤島は、太陽と共に、迫る夜に身を任せて眠りにつくのだった。


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そらさんリクエストありがとうございました!
シリアスかどうかは凄く凄く判断が微妙と言うか、ええはっきり言いますすみませんシリアスになりませんでした……
シリアスじゃなくてシリアルですね、牛乳のようにマイルドな御心で読んでいただけると幸いです。

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