白竜が幼児化してシュウが面倒を見る話



 シュウは瞠目せざるを得なかった。シュウの足の付根ほどの背丈の子供が、白髪をなびかせ元気に走り回っている。その姿は大変よく知っている人物を連想させた。
 一応として、

「……白竜の従兄弟ですか?」
「違う」

 問うた質問はすぐさま否定された。ですよねー、とカイがつぶやく。エンシャントダークとアンリミテッドシャイニング、そして牙山がミーティングルームに集まっているというのはめったにないことだった。しかし白竜の姿は見えない。その中心にいるのは五歳くらいの子供。嫌な予感がした。
 「フィフスセクターは遂に幼児からの教育まで始めたんですか?」青銅が若干引き気味に尋ねる。中学生男子を攫ってくるだけで異質だというのに、いたいけな幼児まで誘拐してくることになったのだったら、俺は迷わず海に飛び込むぞと目が語っていた。しかし青銅は魚の餌にならずに済んだらしい。牙山が首を振った。
「これは白竜だ」
「えっ! ……ええ〜」

 嫌な予感は的中した。なんとなく予想のついていた面々は、驚きつつも走りまわる五歳児――牙山によると白竜を見つめた。視線が集まったことに気づいたのか、ボールをいじっていた白竜は顔を上げて、勝気な光を宿す目でシュウ達を伺う。黒白入り混じる服を着た年上に囲まれる状況は幼い彼にある程度の恐怖を抱かせたらしく、白竜は怯んだように肩をすくめた。

「なんでこうなったんです?」帆田が尋ねる。「薬とかですか?」
「いや。恐らく化身を出しすぎたせいだろう。最近の白竜の頻度は目に余るものがあったからな。化身とは気を実体化させたものだ。化身を使いすぎるということは、気を使いすぎるに等しい。白竜の体にセーブがかかって幼児化したのではないかと推測される」
「そんな漫画みたいな!」

 木屋が叫ぶ。確かに白竜は化身を出せる気力が無くなっても無理やり化身だそうとしたり、未完成の化身ドローイングを日に何度も行うなど、手に入れたばかりの玩具で遊ぶ子供のように化身を使っていた。しかしそれだけで幼児化などあり得るのだろうか、カイ達は首を傾げる。化身にそんな副作用があるのだったら大問題である。
 しかしシュウは黙って白竜を見つめていた。事実は小説より奇なりである、それは幽霊である自身が一番よく知っている。白竜の化身に対する扱いは凄まじいものがあったので、そういうこともあるかもしれないな、程度の意識であった。それよりも気になったのは、白竜が先ほどから長い髪をうざったそうに扱っていることである。薄蒼い髪の毛はゴムでくくられていない。14歳の白竜はいつも自分で結んでいるのだろうが、五歳児に戻った彼には出来なかったらしい。ばさりと動く度に髪の毛が散らばるのに苛立ったのか、白竜がぞんざいに髪の毛を引っ張った。
 「こら!」慌てて白竜を静止すると、木屋のゴムを抜き取り――「いて!」という言葉は無視した――くるりと前を向かせると、手早く後ろ髪をまとめてやった。
 その様子を見て、牙山が感嘆する。

「中々子供の扱いが得意なようだな」
「……ええ、まあ」

 妹の遊び相手を毎日していたので、子供の扱いに関しては自負がある。しかし、にたにたとシュウと白竜を見比べる牙山の表情を見て、シュウは眉を潜めた。またも嫌な予感がする。
 「いやあ、よかったよかった」と牙山はシュウの肩を叩いた。「我々は子供の扱いに慣れんのでな。この白竜をどうしようかと思っていたが、お前が得意なようなら問題はない。今日は休みとして、白竜の面倒を見ろ」
 「はあ!?」これに驚いたのはエンシャントダークである。キャプテンのシュウが居なければ練習が滞らない。熱心な反対行動を行ったが、牙山はそれを軽くいなすと、威圧感あふれる巨躯を揺らして部屋を出た。

「これは命令だ。いいな!」

 そう言われてしまえば手も足もでない。両チームはすごすごと練習に入ることにした。ゴムを取られた木屋は泣く泣くスペアを取り出して結び直す。
 アンリミテッドシャイニングも、キャプテンが居ないのは同じである。どうすっかなあ、と帆田の声が後を引き、ミーティングルームには白竜とシュウだけが残された。

「……なにそれ」

というシュウのつぶやきは誰も聞き入れなかった。
 とりあえず白竜に話しかける。

「白竜、僕のことわかる? 君はアンリミテッドシャイニングのキャプテンで、僕はエンシャントダークのシュウだ」
「あんみみれっしゃんぐ?」
「アンリミテッドシャイニング、エンシャントダーク、シュウ」
「えんしゃ……? シュウ?」

 舌足らずな発音で首を傾げる白竜を前に、シュウは天井を仰いだ。どうやら記憶も幼児の時に戻っているらしい。どういうことだ事実、どういうことだ化身。シュウはひたすら世の不思議を考えた。
 今日は一日中このミニ白竜と過ごさなくてはならない。遅れる練習のことを考えると、胸が曇った。
 すると、白竜がズボンの裾を引っ張ってくる。なあに、と目線を合わせると、白竜が顔を覗き込んできた。
 「きょうはお前が俺とあそぶのか?」と背丈の割にずいぶん上から目線な子供に、シュウは「そうだよ」と頷く。子供の扱いは慣れている。

「僕の名前はシュウ。よろしくね」
「おれははくりゅう、5さいだ」

 ご丁寧に自己紹介を返してくるミニ白竜に、ほんの少しだけ癒される。いつもこのくらい素直だったらなあ、と思いつつもおくびに出さず、白竜に笑いかけた。「サッカー好き? 僕と一緒にサッカーしようよ」
 分かりやすく目を輝かせた彼に、頬が緩んだ。分かりやすい人間は嫌いではない。



 もう使われなくなった練習場の隅っこで、シュウと白竜はボールを蹴り合っていた。的確に戻ってくるシュウのボールに、白竜がソプラノで叫ぶ。

「お前、なかなかキコツがあるやつだな!」
「気骨て」

 五歳児が使う『気骨』。全く可愛げのない。シュウは少しだけ目眩がした。今でこそ不遜な態度が物言う白竜であるが、幼少時からこのような言動だったらさぞかし周りも苦労があったに違いない。一体どのような知識を積めばそんな風に成長するのか、いやはや情操教育は大事だと知る。

 いけ、どらごんくらっしゅ! と、ひらがな発音と共に蹴り出されたボールがシュウの足に頭突する。勿論そのボールはドラゴンどころかクラッシュと表現するにふさわしい破壊力も携えていなかったが、褒め言葉を与えて優しく蹴り返すと、白竜がうれしそうに微笑んだ。その表情に少しだけ驚く。13歳の白竜は混じりけのない笑いなどしない、どこか屈折した笑みである。恐らく成長の過程に、彼が執拗に究極を追い求める紆余曲折があったのだろう。この純粋な笑みが歪む道のりに、ほんの少しだけ興味が湧いたが、知ろうとは思わなかった。何が彼にあろうと、究極を極められるのなら構わない。
 しかし、今の彼の笑みはひどく眩しく感じる。恐らく13歳の白竜が名乗る「究極の光」よりも激しく。
 だって、こんなにも純粋に、楽しそうにサッカーをするなんて。
 シュウの胸に、暗い感情が渦巻いた。それは幼い白竜の光を押し潰そうと、薄汚れた手を這わせて侵食する。しかし彼には聖獣の加護があったらしい、シュウが嫉妬に酷似した感情に呑まれる前に、白竜はとんでもない言葉を口にした。

「けっこんしてやってもいいぞ!」
「……僕男の子だよー、結婚できる年齢まであと何年あると思ってるのー」

 ははは、と乾いた笑いと共に暗い感情は炭酸の泡のように消えた。自分より一回り年下の子供に嫉妬心なんて、恥ずかしいにも程がある。シュウは首を振った。顔が熱いのは羞恥心からであって、求婚されたからではない。幼児の求婚など、石鹸の泡に等しい。
 しかし、告白をすぐさま拒否された白竜はふくれっ面でボールを蹴り飛ばした。「おれはキューキョクにかっこよくなるんだぞ!」どうやら白竜の『究極論』は生後五年で既に形成されていたらしい。情操教育何のそのだ。そうだね、なるかもねーと軽くあしらいながら、シュウは13歳の白竜に心のなかで問いかけた。こんな風に言われたから意地になって究極を誓ったわけじゃないよね、と。しかし答える者は誰も居なかった。


 なんだかわいい子供じゃないか、と思っていたのも先刻までであった。サッカーにつかれたのか一眠りした白竜は、先ほどの疲れなんてつゆ知らず、元気にシュウの部屋を走り回っている。子供のエネルギーの底のなさには感嘆を通り越して恐れをいだく程であった。シュウの部屋の漫画を勝手に読んでいたかと思えば静かにテレビを見ていたり、かと思えばシュウになあなあと話しかけたり、とにかくせわしなくめまぐるしい。現にシュウは、白竜に背中に乗られ、大変辟易している。

「でなー、ソウタがなー、おれはぷろりーぐにいくんだぜってー」
「うんうん、誰だソウタくん」

 しかも背中に乗り上げたまま友達の話をし始めるので、シュウは重みに耐えながらひたすら相槌を打った。妹は静かにおままごとをしたり本を読むような女の子だったので、そう体力を使うことはなかった。自分もこのような子供だったのだろうか、今は亡き両親に頭が下がる思いである。
 疲れを感じ始めたシュウの気のない返事に機嫌を損ねたのか、白竜はむんずと髪飾りでまとめられた前髪を力強く掴んだ。「聞いてるのかよー!」

「痛い!」
「うわっ」

 加減できない子供の力に、思わずシュウは白竜を振り落とした。幸い柔らかなベッドの上、ぽすんと落ちた白竜に怪我はなかったが、シュウの様子は柔らかさとは対極に位置していた。文句を言おうとした白竜であったが、憤怒を顕にするシュウに思わず言葉を飲み込む。
 シュウは白竜の両腕をつかむと、彼に視線を合わせた。白竜は狼狽する。

「白竜。僕いますっごく痛かったよ。本当に痛かった」
「…………」
「こういう時いう言葉、何かわかるよね?」
「…………」
「……はあ。素直に謝れない奴、僕は嫌いだな」

 思わず声が冷たくなった。はっとシュウを見つめる白竜の双眸が見る見る間にうるんでいく。その様子を見て言い過ぎたかな、とシュウの胸に一寸後悔が過る。泣かせるのは気分が悪い。
 しかし白竜は涙をこぼすことはしなかった。暫くの間彼はうつむいていたが、鼻声で小さく小さく、「ごめんなさい」と呟いた。
 毛根が抜けそうなほどの力で引っ張られた前髪は未だじんじんと熱く痛んだが、シュウはすぐさま破顔すると、偉いねと白竜の柔らかな髪の毛を撫でる。白竜がきょとんとした目でシュウの顔を見つめた。目の端には涙が光っている。

「よく言えたね。素直で優しい子が好きだよ」
「……おれが、すなおでやさしいこになったら、結婚してくれるのか?」
「それは」

 白竜の問いに、また性別論を振りかざそうかと思ったが、逡巡の後、ゆっくりと首を縦に振った。

「……うん。君がもっと大きくなって、素直で優しい人になったら、結婚する」
「大きくなったらって、どれくらいだ?」
「うーんと、18歳かな。大きくなっても僕のこと好きでいてくれたら、僕をもらってよ」

 18という数を聞いた白竜は両手の指をおり数えていたが、やがてこくりと頷いた。

「やくそくする」

 その目は強い輝きに満ちている。それは13歳の白竜によく似ていた。シュウは心から微笑む。「ありがとう」


 翌日、何事もなかったかのように白竜は元の姿に戻った。安堵する両チームを見て、白竜がバツの悪そうな顔をする。
 しかし彼のおかげで大分練習計画が狂ってしまった。教官にこってり絞られた白竜は、もうこれから化身を出しすぎないようにしろという注意にしばし顰め面をしていたが、やがて頷いた。その様子を隣で見ていたシュウは、おやと眉を上げる。いつもの白竜ならわずかでも反論していたものだが。
 変わったのはそれだけではなかった。白竜のプレースタイルが、ほんの少しだけ優しくなった気がする。試合中のファウルが4つから2つに減ったという程度だったが、それでも劇的に変わったとアンリミテッドシャイニングのメンバーは眼の色を変えて喜んだ。試合中のファウルは大きく流れを左右する。

「あの幼児化の期間に思うところがあったのかなあ」
「……さあね」

 グラウンドの中心で、青銅のアドバイスに素直に頷く白竜を見ながらカイがつぶやく。思うところあったシュウは興味のない風を装っていたが、内心ドキドキしていた。
 あの会話を覚えている? まさか。しかし幼児化から戻ってから、度々白竜の熱のこもった視線を受けることがある。今も、青銅とわかれた白竜が射ぬくようにこちらを見ているのがわかる。13歳の彼の強い眼差しは、シュウの体を熱くさせるのに充分すぎる威力を放っていた。
 でも、まだ駄目。シュウは白竜の視線に気づいていないふりをして、背を向ける。
 結婚ができるのは18歳からだ。まだあと5年ある。その5年の間に彼が素直で優しい、究極にかっこいい人になれるかどうかは分からないが、約束は約束だ。子供だまし、その場限りのでまかせではなかった。
 性別の問題があるかもしれないが、シュウの存在に性別をつけられるかはひどく法律的に怪しいところだ。恐らく関係ないだろう。つまるところ、想いは同じなので。


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かぜひろさんリクエストありがとうございました!
なかなか幼児化というのは楽しいです。従兄弟の子に結婚してーといわれたのを思い出します。
彼の求婚は翌年すっかり消え去っていましたが、白竜は一度決めたことはちゃんとやり遂げそうですね。

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