乙嫁語りパロ 乙嫁語りを知らなくても多分読めます。


 突然現れた少年は、貧相な体に似合わぬ力を持っていた。ボールを弄ぶ少年に多大な興奮と畏怖を抱いた牙山は、すぐさまその少年をゴッドエデン内へ迎え入れる。
 ゴッドエデンには少年たちが住まう施設がある。しかしフィフスセクターが出来てから幾星霜、あちこちからかき集めた少年達を放り込むようにゴッドエデンへと連れ込んでいたために、施設はほぼ満員に近い状態であった。入り口は広くとも出口は狭い。
 保護とは名ばかりの監禁を要せられた少年は、彼が生活できる空間が作られるまで、急遽その島で最も実力のある白竜の部屋へと押し込まれた。

「変わった部屋だね」
「……普通だよ」

 ベッドに腰掛けながらきょろきょろと部屋を見回す少年に、白竜は少し不機嫌な様子で答えた。
 部屋が空くまで、しばらくの間この少年と同居しろというだけの命令であったが、暗に監視の役割も背負わされていることを、白竜は知っていた。
 この少年の力は凄まじい、それは教官と一緒に目の当たりにした白竜が一番良くわかっている。聖帝からの期待にこたえることを第一とする牙山達からしてみれば、その力は垂涎物であり、消して逃したくはないだろう。
 彼が逃げ出そうとしたら、実力が拮抗しているであろう白竜が取り押さえる。白竜に課せられた最も大きな役目であった。
 しかし、と純粋無垢な様相の少年を見つめて白竜は思う。自分に彼が止められるだろうか。
 傍観者には分からない、当人だからわかる事というものがある。傍から見れば白竜と少年の実力は五分五分のようであったが、白竜はわずかばかり自分が劣っていることを感じていた。
 そのことに憤慨と嫉妬を抱く。そしてわずかに恐怖を抱く。
 初めて物を見るような態度を現す少年を前に、白竜の背を冷たい汗が流れた。さっさと時間を過ごしてしまうにすぎる。

「そろそろ寝よう。申し訳ないが、俺の部屋にはベッドが一つしかないから、同じ布団で寝ることになるがな」

 時刻は11時をまわっていた。中学生としては少し早めの就寝であったが、少年はこくりと頷いた。

「その前に、自己紹介でもしない? 僕はシュウ。よろしくね」差し出された手を、白竜はとらなかった。
「……俺は白竜。アンリミテッドシャイニングのキャプテンだ」
「今のところ、君が一番強いんだろ?」

 シュウは寂しく手を引っ込める。今のところ、という言葉に白竜の怒りが少々煽られたが、表情には出さず白竜は肯定した。

「僕はどこに行くんだろうなあ」
「恐らく、エンシャントダークだろう。お前には凄まじい力がある。きっとすぐにキャプテンになれるさ」
「そうしたら、君と戦えるかな?」

 その問いに、白竜の胸がどきりと疼く。「なぜだ」と問うと、シュウはあっけらかんと、

「強い君と戦ったら、僕はもっと強くなれる。それだけだよ」

 嫌な奴だ、と白竜は思った。なんとなく、思想が自分に似ているような気がする。
 一方的に敵愾心を抱いていた白竜は、こんな奴と似るなんて最悪だ、とため息をつきながら、布団に潜った。しかし、シュウは数分たてど入ってこようとしない。
 さっき寝ると言っただろう、と文句を言うつもりで上半身を起こしたが、シュウを目にした途端、その文句は喉を下って胃の中へ落ちてしまった。

「お、お前、何を!」
「……何って、服を脱いでいるだけだけど」

 シュウの上半身は裸であった。黒い瞳が白竜を不思議そうに眺める。
 白竜が動転し叫ぶ間にも、シュウはどんどん服を脱いでいき、一糸まとわぬ姿になったところで、「あ!」と咎めるような声を出した。

「白竜、なんで服なんか着てるの、風邪ひくだろ!」
「はあ!?」

 シュウが白竜が被っていた羽毛布団を引き剥がしたために、二人の間には何の障壁もなくなってしまった。視界を覆うものを失った白竜は、目の前の奇天烈な行動に視線を向けることができず、あちこちに彷徨わせる。シュウはお構いなしに白竜に近づくと、その胸ぐらをぐいと掴んだ。

「うわ!」
「寝るんだろ。服を着てると風邪引いちゃうから」
「待て、脱がすな! お前は変態か!」

 汚れを知らなそうな幼い顔をして、とんだ性癖である。しかしシュウは心外だというように思い切り顔をしかめた。「失礼だな、とにかく脱ぎなよ」と白竜の衣服を脱がそうとするので、白竜は思わずその手を掴んだ。その際、うっかりシュウを露骨に見てしまい、うっと唸る。
 彼は生まれたままの姿で白竜の膝に乗り上げていた。褐色が全身を包んでおり、彼の浅黒い肌が生まれついてのものであることを知る。服に隠れていた為見えなかったが、ところどころに傷や打撲の痕が見える。薄いセロファンを貼りつけたように所々色が変わっているその体はお世辞にも美しいとは言えなかったが、童顔とのアンバランスさが相まって、妙な艶かしさがある。
 思わず白竜の頬が火照った。同性の体をこんなに至近距離で見たことがないということもあったが、それ以上にこのミステリアスな少年に怪しげな行為を迫られるという状況に、白竜の胸は高鳴らざるを得なかった。
 落ち着け、と言いながら白竜は深呼吸する。自分にも言い聞かせているような節があったが、この際何でもいい。

「……何故寝るときに服を脱がなければいけないんだ」
「風邪引くし、裸で寝たほうがあったかいから」
「服を脱いだほうが寒くて風邪を引くだろう!」
「僕の住んでいたところでは、みんなそうしてたけどなあ」
「嘘だ、いや嘘だろう?」

 季節は冬である。そんな中、裸で寝るなど正気がしれない。しかしシュウは「本気で言ってるの?」というような目で見つめてきたので、白竜は脱力した。常識が通じない相手というのはいるのである。いや、この場合は、お互いの常識がぶつかり合っているだけなのだが。彼の中で、概念がぐわんぐわんと揺れていた。
 「とにかく、俺は服を脱がないで寝るから、お前は勝手にしろ」と手を振りほどき、剥がされた布団を元に戻そうとしたが、再度手を掴まれる。
 今度こそ本気で怒ろうと息をすった白竜であったが、シュウの冷酷ささえ感じられる真剣な視線に、何も言えなくなる。

「脱いで」

 違う意味で寒気を感じた白竜は、素直にそれに従った。


「ほらね、あったかいだろ」
「……それは認める。しかし……」

 せめて下着だけは、という白竜の懇願が叶えられ、二人共下着一枚でベッドにもぐりこんでいた。シュウは布団の真中でご満悦のようだが、極力シュウに触れたくない白竜は、ベッドの持ち主だというのに、布団からはみ出る限界まで端により、背を向けている。隣にほぼ裸の人間が居るのだと思うと、妙に意識してしまう。確かにぬくもりも感じるが、すきま風が入ってくるので思いの外寒いのだが、言うとまた拗れそうだったので、白竜は黙っていた。

「昔、妹が嫌がってさ。しょうがないから脱がずに寝かせたんだけど、風邪引いちゃって。長引いて、困ったなあ」暗闇の中、しみじみとした口調が響く。「……もっと、幸せにしてあげたかった。風邪なんて引かせないで、もっと楽しいことさせるべきだったんだ。だから、こういうことは徹底してるんだよ」

 ふうん、と白竜はそれだけ返す。俺はお前の妹じゃない、とも言ってやりたかったが、シュウの声がひどく悲しげに聞こえたので、口をつぐんだ。
 しかし、裸で寝るなど、どこの地方の習慣だろうか。白竜はシュウの故郷を尋ねたが、返事は帰って来なかった。寝たのだろうか、勝手なやつだ、と布団をかぶり直した白竜の背に、ぴとりと冷たいものが触れたため、白竜はぎゃっと悲鳴を上げた。

「シュウ、寝てなかったのか」
「白竜、もうちょっとこっちに来なよ。寒いだろ」

 嫌だと抵抗したが、有無を言わせぬ迫力に、白竜はまたも嫌々ながら従い、シュウに身を寄せた。彼の体からお香の匂いを感じて、白竜はどぎまぎとした。長い間、汗臭く泥臭い訓練をこなしてきたため、人のいい香りを嗅ぐのは実に久しぶりのことだった。
 シュウが、白竜の胸に額を押し付けてきたために、白竜は不覚にも叫びそうになる。先ほど抱いた敵愾心がなんだかほだされていくようで、いやいや、と白竜は自分を引き締めた。こいつは男だ、ドキドキするのはひどくおかしい、さっき見ただろう。途端シュウの裸体を思い出す。もやもやとしたその姿は、時折見る淫夢のような色気を帯びていたので、白竜は頭を振ってその考えを締めだしたくなった。
 興奮して寝られそうにないと思えたが、シュウの温かな体温に、とろとろと柔らかな眠気が体を支配していく。
 「おやすみ、白竜」白竜の様子を悟ったのか、シュウが穏やかな挨拶を述べた。その声音は柔らかく、温かであった。たとえるならば、羊のように、山羊のように。
 白竜はおやすみを言いそびれた。

 寒々しさを感じて白竜は目を開ける。鳥のなき声が耳に響いた。

「おはよう、白竜」

 声の方向に顔を向けると上体を起こしたシュウが、穏やかな笑みをたたえて白竜を見下ろしていた。窓から差し込む光がシュウの体を明るく照らしている。その肌色はミルクを混ぜたように穏やかな色合いを帯びている。どこかでみたな、と白竜はぼんやりと考える。社会の教科書で見た絵画に描かれていた、聖母のようだと思った。
 「お寝坊さんだな」と笑うシュウをよそに、白竜は寝ぼけ眼でベッドの近くに置いてある時計を見た。

「お前、まだ4時じゃないか……」
「うん、そうだよ。みんな起きないの?」
「起床は6時だ……寒いだろ、早く入れ」
「え、うわ、ちょっと」

 白竜は冷たいシュウの腕を掴み、強引に布団の中に引き戻す。寝ぼけた人間特有の、邪気のない行動であった。
 掛け布団を引っ張ると、シュウに抱きついて密着した。「白竜!」とシュウが慌てたような声を出す。シュウの体はすっかり冷え切っており、冷たさが白竜の肌を刺す。「ばかだな」と、白竜は目をつむりながら呟いた。

「冷たいぞ、お前。俺の体温やるから、寝ろよ……」
「……うん」
「6時に、目覚ましなるから、その時に起こせ」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」

 今度は言いそびれない。白竜は安心してシュウを更に抱きしめると、また眠りについた。
 しかしシュウは眠らず、じっと息を潜めて白竜の寝顔を見つめる。ひどく無防備な、幼子のような寝顔だった。
 彼が部屋にいる自分を、敵対心を持って観察していたことを、シュウは知っていた。その鋭い相貌に、彼と仲良くなることはできないだろうと思っていたが、とんでもない間違いだった。たかだか常識の違いで、彼はこんなにも取り乱し、殻を破り、自分に甘くしてくれた。やはり子供なのである、シュウも、白竜も。思わぬ誤算に、取り乱したのは、白竜だけではない。
 シュウは体が火照るのを感じていた。白竜の腕が触れている部分が、やけに熱い。まるではんだごてを当てられた金属のように、溶けてしまいそうだった。
 こんな風に、人の体温を感じたのは久しぶりである。上から聞こえる寝息に、シュウの心臓がぎゅうと絞めつけられる。抱擁という行為は、シュウに安堵感を与えた。寝ぼけていたとはいえ、こんなふうに無条件に甘やかされ、見返りのない好意を顕にされたのは、一体いつぶりだろうか。無邪気に兄を慕い、きっと生贄にされるまで自分を信じていた妹を思い出し、鼻の奥がつんとした。
 甘えるように、シュウは額を白竜の胸にこすりつける。彼の小さな身震いに愛おしさがこみ上げたが、きっと妹を思い出したせいだろう。
 目覚めた白竜が抱きあっている体勢に驚き叫ぶまで、シュウもまた眠りにつくのだった。


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幕屋(遊牧民の住む簡易な家)は寒くなるのでみんな裸で寝てますよ、じゃないと風邪引きますから、というネタから。
生贄があった時代と19世紀東南アジアがどうにも結びつかず、とりあえずシュウと白竜を裸で寝かせたかっただけだったのと書いてみたら面白くならなかったためにボツ。
もう半裸で一緒に寝る小説はあったことをすっかり忘れていましたが、肌と肌が触れ合うというシチュエーションが好物なので。
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