※自慰行為表現を多数含みます。



 滅多に他人の部屋に来たりなんかしないシュウが、白竜の部屋を訪れ、

「ねえ、ぼくを抱いてよ」 

なんて言うものだから、白竜は「は?」と間抜けな返事をして雑誌をずり落とした。

「お前、何を言ってるんだ」
「聞いてなかったの? 二度も言いたくないよ」

 シュウは露骨に眉根にシワを寄せる。聞き返しは望めないようである。
 「抱きしめて」ではなく、「抱いてよ」と言った。その違いに気づかないほど白竜は純粋ではない。『抱く』に不純な意味があることを、彼は知っていた。
 問題はシュウがなぜそんなことを、同性の白竜に言ってきたかである。
 ベッドの上で固まっている白竜を無視し、シュウは隣に腰を下ろした。耐久性の強いもので、ぞんざいな座り方でも軋みはごく僅かなものだった。

「ね、いいだろ?」
「訳がわからない」
「訳なんかどうだっていいじゃないか。ぼく、言いたくないし」

 シュウがからかうような笑みを見せたので、白竜は嫌な気持ちになった。
 白竜は、性的な行為に全く興味がない。定期的に自慰行為はするが、無感動で非生産的なものである。ゴッドエデンではその行為に切望している者もいると聞くが、白竜は侮蔑的な意見しか持てない。サッカーの強さこそが最重要なのだから、そんなものにうつつを抜かしている暇はないのだ。
 加えて、男同士のやり方も知らない。なんとなくの予想はついているが、彼にとってそれは大変汚らしいように思え、なぜわざわざそんなことを、そんな場所で、という呆れしか産まないのである。
 白竜の性知識は暗かった。
 ただでさえ、シュウは化身合体のパートナーでもある。幾度も練習を重ね、互いを理解してきた間柄、ますますそのようには見れなかった。
 よって、意味はしれども、シュウが求めているであろう解答を出来ない白竜は、言葉通り隣のシュウを抱きしめた。

「……なにこれ」
「抱いてと言っただろ」
「……ぼくを馬鹿にしてるの? 君、分かってるんだろ? あ、もしかしてやり方を知らないとか」
「それ以上言うな。聞きたくない」

 本心だった。肩口で機嫌を損ねたシュウが舌打ちする。密着していて良かったと思う。下手したら殴られ、蹴られかねない。シュウは悪い癖を持っていた。
 「どうしても駄目なのか」もう一度シュウが尋ねる。白竜はそれを無視することで答える。

「……ああそうか。分かったよ、じゃあ勝手にやる」

 その言葉を聞いて白竜はさっと青ざめた。勝手にやるって、まさか、ごうかん。
 ぴしりと脳が固まったおかげで、音もなく首に両手を回してきたシュウに、咄嗟に反応が出来なかった。
 そのままシュウは白竜の膝上にのりあげ、ぎゅうと強く抱きしめてきた。そこで、腹部に不自然に押し付けられているものを察して、白竜はますます白い顔をこわばらせた。
 げえ、こいつ、ぼっきしていやがる。

「ふ、何だその顔」

 顔にかかった不思議な色合いの前髪をのけながら、シュウは馬鹿にしたように笑う。あのアンリミテッドシャイニングのキャプテンがここまで何も出来ず、ぽかんと口を開けたアホ面を晒しているのだから、白竜は何も言えなかった。
 「ちょ、ちょっと待て」とやっとの思いでそれだけ口にしたが、シュウは返事の代わりに、体を動かし始めた。白竜の腹部に押し付けたまま、腰をわずかだけあげ、落とすという軽いスクワットのような動きである。
 最初はゆっくりと、しかし往復を増すごとにどんどん動きは速くなっていく。

「……あ……はあ、ん……」

 擦り上げるごとにシュウが噛み締めるように吐息を吐き出す。時折髪の毛が触れ合う近さだ。甘い匂いがする。飴でも舐めたのかもしれないな、と、白竜は異常事態に閉店シャッターを下ろした頭の片隅でぼんやりと考えた。甘いものをよく食すからかどうか知らないが、シュウはいつも甘い匂いがする。服からも、肌からも、今触れ合っている髪の毛からも。
 指先の冷たさを感じながら、白竜はただ快楽を得ているシュウの顔を見つめる。たまにシュウと目が合うと、シュウはそのたびに褐色の頬に朱をにじませる。そして、恐らく白竜の気のせいではないだろう、その度にシュウのあげる声が若干高くなった。

「う……ふぅ……はっ」
「……シュウ」
「へ、は……なあ、に……」いつもよりゆっくりとした口調である。
「……いや、なんでもない」
「だったら……はあ、呼ぶなよ」

 シュウが冷たく睨んでくる。お楽しみの途中なのだ。だが、その目が潤んでいるのを見て、白竜は胸が疼くのを感じた。
(と、いうか、おれもとめろよ。こいつは何をしているんだ)
とようやく焦りだすのだが、抱きしめるのをやめ、だらりと垂らした腕はしびれたかのように動かない。目が離せない。目の前のシュウから。
 まじまじと見つめられているのに気がついたのか、シュウはただでさえ赤かった頬をさらに紅潮させた。眉尻が下がる。
(泣きそうだ)
 だがシュウは泣かなかった。涙目で白竜の肩におでこをこすりつける。白竜の鼻に甘い匂いが香った。

「ああ、あんまり……見るなよ……」

 瞬間、白竜の頭のてっぺんから足先まで、鳥肌が立つほどの甘い痺れが駆け抜けた。ぞくりと体がふるえる。熱くなる。
 胸がどきどきとして、頭は血が流れなくなったかのようにきんきんと冷たいのに、体に燃えるように熱がしみていくのを、白竜は確かに感じていた。
 腰を下ろしたシュウが異物を感じた瞬間、

「あっ」

短く息を吐いて、一層強く白竜の肩に頭をこすりつけた。ぶるりと一度体を震わせ、断続的に息を吐く。
 顔を上げたシュウの表情がなんともいえず艶めかしいのを見て、白竜は思わず瞠目した。

「……なんだ。君もたってるじゃないか」

 紅潮した頬をそのままに、うっとりとシュウがつぶやく。白竜の首にまわる両腕がさらに絡みつく。

「……ね。抱いてよ」

 甘い雰囲気だ。甘い匂いだ。白竜はくらくらとした。体が熱い、シュウの見たことないような淫靡な表情に呼応するように心臓が脈をうつ。
 口角があがったその顔に流されそうになる。が、白竜はがしりとシュウの細い双肩をつかんだ。

「駄目だ。シュウ、俺たちはこんなことをすべきじゃない」

 シュウの両目が見開かれる。熱い吐息が、熱をもった体が、冷水をかけられたように急速に冷めていくのを感じた。
 もっと早くに言えば良かった。もっと早くに彼をつっぱねるべきだったのだ。彼が抱いてなんて言った時点で、部屋から追い出せばよかったのだ。
 俺とシュウは同性で、同い年で、化身合体のパートナーで、好敵手で、それ以外の何者でもない。
 関係が崩れるのを恐れていた。
 シュウの眉間に深いシワが刻まれる。今度こそ本当に泣くかもしれない、白竜が胸を切り裂かれたような痛みを感じた時、目の前に星が散った。
 殴られた。

「……ばか!!」

 腹の底からシュウが怒鳴る。その拳は震えている。彼は肘をついた白竜の上から退くと、今まで見たことのない冷たくすさんだ目で白竜を睨みつける。

「……なんで好きなようにさせたんだよ。なんで最後までとめなかったんだよ。なんであんな……あんな顔で見たんだよ。……なんで気づかないんだよ」

 聞こえるか聞こえないか、蚊の鳴くような声でつぶやくと、シュウは踵を返し部屋を去った。乱暴に閉じられたドアが悲鳴をあげた。
 白竜は殴られた頬を抑えながら、口内に広がる血の味を感じていた。
 口の傷より、殴られた頬より、胸が痛かった。先ほど全身を貫いた甘い衝撃に神経をやられてしまったかのような痛さだった。
 もう口も聞いてもらえないかもしれない。未だ勃起したままの自身が憎かった。
 白竜はシュウに発情したのだ。自分を使って自慰行為をしていた可哀そうな彼に興奮したのだ。勃起したのだ。それは紛れも無い事実だった。
 死にたい、と心の底から思った。この胸の痛みで死ねたらばよかったのだが、白竜の心臓を止めるまでにはいたらなかった。

 シュウが僅かに頬を染めながら行為を迫った時点で気づくべきだったのだ。シュウの行為をとめなかった時点で気づくべきだったのだ。燃えるような熱さを感じた時点で気づくべきだったのだ。
 全ては遅すぎた。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -