※ゲームネタバレ含みます。俺ブンではありません、小説ブンです。


 雷門中はカオスの権化と化していた。白竜はコートを眺めて思う。サッカーコートで走る雷門イレブン、そしてちらほらと顔が見える元他校の選手。そこまではいい。問題は他だ。
 まず自称神がいる。最初自己紹介を聞いた時はなんだそりゃと思ったが、ギリシャのようなあだ名の自称神は今日も美しく化身を生み出している。
 その横では赤髪と青髪の自称元宇宙人が苛烈な言い争いを繰り広げている。特に青髪は寒々しい言動が目立つ。その喧嘩を仲裁しているのはなんと10年前の姿の円堂である。話を聞けば本物の10年前の円堂だというのだから度肝を抜く。
 ちなみに監督はやはり円堂守だ。同じ時代、同じ場所に、流れる時系列が違うとはいえ、同一人物が存在していていいのだろうか。以前SF小説で得た知識は、もはや白竜には意味を成さないものになっている。
 そしてその上では自称天使と自称悪魔が二人技を放っている。白竜は自称悪魔が苦手だった。ことあるごとに「魂に還る」という宗教じみたことをのたまうからである。
 さらにゴールでは色黒の異国の少年が高速で走りながら必殺技を出している。確か彼も10年前、雷門イレブンと世界の盃を賭けて戦ったチームのゴールキーパーではなかっただろうか。
 そのゴールに必殺技を打ち込むのは自称未来人である。先ほどから死の槍、死の雨などと物騒な技名と轟音がこちらを揺らす。
 さらには女子マネージャーまで参戦し、その隣を犬の顔をした人間が並走している。あれはなんだ。生き物なのだろうか。白竜はなんとなく恐ろしい事実に突き当たる気がして、考えるのをやめた。知らなくてもいいことがある。
 とにかく雷門中はカオスだった。
 真偽分からぬ白竜にはすべて「自称」をつける他ないのだが、皆一様に実力は確かなものだ。
 この中では、究極の光という白竜の個性も、鼻で笑われてしまうほど――しかもその鼻息で吹っ飛ばされてしまうほど――軽いものとなっていた。しかし片割れはそうではなかった。白竜は天馬と楽しそうに会話をしている少年を見つめる。
 ある日突然姿を消し、突然雷門に引きぬかれてきたシュウはなんと元幽霊だというのである。
 白竜は自称未来人の隣で「ナイス、バダップ!」とエールを送っている、やはり自称未来人兼自称円堂のひ孫と名乗った少年をコートの片隅に引っ張ってきた。

「なあ、タイムスリップというのをやらせてくれないか」
「はい?」

 円堂カノンのきょとんとした顔を見て、早くも白竜は後悔した。円堂監督から聞いた「カノン達は未来から来たんだ。だからタイムスリップなんかお手の物だぞ」という話を真に受けたことを恥ずかしくすら思っていた。
 絶対に無理だと思っていたフィフスセクターを破った雷門中の監督であるから、多少なりとも信頼を寄せていたのだが、軽い冗談だったのかもしれない。そもそもタイムスリップなんて。
 しかし円堂監督によく似た風貌の少年は、けろりと頷いた。

「いいですよ」
「はっ?」
「どこにいくんですか? あっ、これ、その装置なんですけど」

 カノンは耳につけていた機械を外すと、何やら細々とした操作をしている。白竜は戸惑いながら「シュウがゴッドエデンにまだいた時に……」とつぶやくと、カノンは得心顔で笑った。
 白竜とカノンは年齢上では同い年であるが、流れる時系列は違っている。そのため、年上の年上のような存在の白竜たちには、カノンは常に敬語を使っている。変わらぬその様子に、白竜は落ち着きを取り戻した。
 「何しに行くかは聞きませんけど」カノンは装置を白竜に手渡す。「はい、終わりました。けど、守ってほしいことがあるんですよ」

「なんだよ」
「細々したことはまあ、省きます。大原則として、日本だけじゃなく世界のおおまかな歴史まで変えてしまうような行為は絶対にしないで下さい」
「というと、どんなことがあるんだ」
「例えば戦争です。負ける所を勝たせちゃうとか、そもそも戦争を起こさないとか、新たに戦争を起こしちゃうとか。あと、本当は死ぬはずの人を生かしてしまう、とか。世界規模での話ですけど」
「死ぬ……」

 白竜はぼんやりとシュウを見る。視線に気づいたのか、シュウはこちらを向くと、笑顔で手を降ってくる。その様子に、胸がぎゅうと締め付けられた。

「……例えば、俺の友人が死ぬところを助けるとかは」
「えっと、その人物がどんな影響を及ぼすかどうかは分からないんですけど」カノンは数学の難問を前にしたかのような顔をした。「それが本当にまずいものでしたら、未来が感知します。だから、あんまり不用意なことはしないほうがいいかと。それにそれ、正規品じゃないので」
「……正規品じゃないのか」
「はい。記憶介入ができるようなすんごい正規品は、政府とか大きな組織じゃないと持ってません。これは緊急時のために急遽入手した……」
「……」

 あ、これ秘密ですよ、と慌てて唇に人差し指を当てるカノンを見て、白竜は詳しいことは尋ねないほうが無難だと判断した。
 「人の生死に関わることは、未来でも未だに曖昧なんですよ」カノンが困った顔で頭をかく。「倫理とかだけじゃなくて、宗教的な要素も絡んできますから。難しいんです」
 つまり、鑑賞だけに留めておけというのだ。白竜は頷いた。もとより、悪事を働くつもりはない。
 白竜はカノンに倣って耳に装着すると、礼を告げる。だんだんと視界が光に包まれていく中、思い出したようにカノンが焦り始めた。

「あっ、ちょっと待ってください白竜さあん! まだ大事なことがっ」

 しかし白竜は既に其の場に居なかった。



 視界が開けたかと思うと、そこは鬱蒼と木々が生い茂る森だった。雷門の明るいサッカーコートではない。
 予想以上に足場が悪かったため、白竜は足をもつれさせて転ぶ。落ち葉の湿った感触が、現実なのだということを教えてくれた。
 ここはどこだろうか。カノンの言うことを信じるならば、ゴッドエデンだということになる。
 白竜はぼんやりと空を仰いだ。
 ゴッドエデンからの船の中に、シュウがいないことをしった白竜は、シュウを必死で探した。またサッカーがしたかったのである。しかし、めぐりにめぐり、エンシャントダークの人間に尋ねても行方を知らず、どこに行ってもシュウはいなかった。ゴッドエデンにさえも。
 途中、お前のシュウへの執着は異常だと指摘された。そこで初めて、白竜はシュウへの懸想に気づく。ただサッカーをしたいという純粋な意思のみではないことを知る。シュウに会いたかった。しかし彼はいない。
 諦めかけた矢先、白竜に雷門からのスカウトが舞い込んできた。それを受けて雷門に行くと、探し求めていたシュウがいたのだからびっくりである。さらに雷門中で再会した白竜に、シュウは自分が幽霊だったのだと告白してきたのだから、二度の驚きである。しかしそれ以上のことは聞いてもはにかむばかりであった。白竜も聞かないほうがいいのだということを理解していた。
 しかし、ゴッドエデンで、彼は一人どうしていたのだろうか。成仏したのだろうか。ならば何故ここにいるのか。楽しそうな今のシュウを見れば、恐らく悪い理由ではないのだろう。けれども、皆がいなくなった孤島で成仏する彼を思うと切なくなる。
 今、シュウに告白すべきではないと、白竜は思う。サッカーができる輝かしい日々を思う存分シュウに堪能してもらいたい。だから、ろくなことが言えなかった、ゴッドエデンから離れる日に戻り、シュウを捕まえて、今までのお礼と、それから、自分の想いを伝えたいのである。
 白竜はシュウを探そうと立ち上がろうとした。しかし、左足首に妙な違和感を感じて、ふっと背中が寒くなった。まさか。
 そっと靴下をめくってみると、足首が腫れている。
 どうやら先ほどの転倒でくじいたらしい。寒気が確実なものになった。白竜は森では不慣れであった。とりあえず立ち上がらなくては、と無理矢理に動かそうとすると、頭上から鋭い声が刺した。「誰だ!」
 見ると、高い木のてっぺんから、風を切り木の葉を散らし、素早く少年が降りてくる。その姿は紛れもなく、シュウであった。白竜の胸に喜びがこみ上げる。

「シュウ!」
「え」地面に降り立ったシュウは身じろいだ。「……なんで僕の名前を知ってるの? 君、誰?」
「は?」

 シュウの目は、異物を見る目そのものであった。白竜は動揺する。

「何言ってるんだお前。白竜だよ、ここはゴッドエデンだろう?」
「はくりゅう? ゴッドエデン? ……何言ってるか分からないな。ここには僕達の部族しか居ない、よそ者はでて行ってくれないか」

 そこまで言って、シュウの顔が幼い少年のような表情になった。「……君、どうやってきたの?」
 白竜は愕然とした。目の前のシュウは紛れも無く、ゴッドエデンで共に過ごしたシュウである。しかし相手の表情は険しく、声音も固い。よくよく見てみれば、森の木々も若々しいものばかりだった。
 シュウは幽霊だといっていた。あの島に昔住んでいたという。
 自分は「シュウがゴッドエデンにまだいた時に」といった。しかし未来人の彼はどうやら意味を履き違えたらしい。ここはシュウが「まだ生きていた」時代のようだった。
 背中を冷たい汗が流れる。
 「見たことがない顔だな」と、シュウがしゃがむ。同年齢に見えたのだろう、彼の表情は若干柔らかいものになっていた。「変な服。シャカシャカしてるし。僕達とは違う髪の色だな……」
 動揺に声が出せなくなった白竜は、体勢を直そうと足を動かす。しかし忘れていた痛みが足首を刺し、白竜の顔を歪ませた。それを見たシュウが、ほえほえと緊張を萎えさせる。「足を怪我してるのか?」
 紛れも無く、心配しているといった声音だった。ゴッドエデンにいた時と同じ。白竜の胸に熱いものがこみ上げる、その衝動に任せて、白竜は思い切りシュウを抱きしめていた。

「ひっ」

 森に、ばちんという痛そうな音が響いた。

【続】
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