案の定、こっぴどく怒られた。さすがに白竜が自分に惚れたようだ、などとは言えなかったが、出来る限りのことを伝えた。
 身体能力に未だ問題は見えないと言っても、メンタルはフィジカルと密接な関係がある。そのことは痛いほどシュウもわかっていたが、いざ鬼の形相で厳かに叱られてみると、ただ後悔の念ばかりが募った。
 すぐさま検査をし、解毒薬を作ってくれるそうだが、シュウは少しだけ恐ろしくなった。白竜が元に戻った後の、身の振り方についてである。

(きっと薬飲んじゃったら白竜は僕に対する想いなんか忘れる)

 そうしたら、自分は白竜に対する想いを忘れられるだろうか?
 一人廊下を歩きながら首を振った。できそうにない。

(僕が白竜を好きになっちゃうなんて、まいったな……)

 自分のために髪留めを探しにいってくれた白竜に好感を覚えた。忘れ物をわざわざ届けに来てくれたことも、嬉しかった。以前の自分では考えられないほど甘いため息が出る。白竜の「好き」という言葉にすっかり酔わされたのかもしれない。
 重い気持ちを抱え、とぼとぼと歩を進めていると、見知った顔が向こうからも歩いてきた。

「……あ」
「……はくりゅう」

 紅の目がシュウを映した途端、どきんとシュウの胸が高なった。急いで冷静を装う。なんて様だ、と自分に舌打ちをしたくなりつつも、シュウは胸をときめかせていた。
 また、好きだと言ってくれるだろうか。手に汗がにじむ。そうしたら、今の自分は、なんと答えるだろう。
 しかしシュウの期待を裏切り、白竜は淡々とした口調で言った。

「お前、練習場にいないと思ったらこんなところにいたのか」
「う、うん」
「ならさっさといけよ。俺は教官に呼ばれてるから。じゃあな」

 彼はあっけなくシュウの横を通り過ぎた。呆然とするシュウには目もくれず、結局、白竜が振り返ることはなかった。
 教官に呼ばれてるから。きっと、検査をされるのだ。解毒薬を作るために。
 しかし今の白竜になんらおかしいところはない。薬を飲む前と何も変わらない、冷徹な男であった。
 おかしい。薬が効いているのであれば、今まで通り何らかのアクションを起こすはずなのに。まさか、とシュウは考える。

(薬がきれたんだ)

 素人の遊びで偶発的に出来てしまったものの効果が、そう長く続くはずがない。考えれば当たり前の話である。一粒で永遠に効く薬などないのだ。
 きっと正気に目覚めた彼は、牙山に事の詳細を聞くに違いない。白竜は覚えているのだろうか、熱に浮かされていた自分を。そして恨むだろうか。白竜に醜態を晒させた無責任なシュウを。
 シュウの中で、白竜に申し訳ない気持ちと、全てが知られたら、という恐ろしく思う気持ちと、白竜に嫌われたくないという気持ちが綯い交ぜになる。その中でも特に嫌われたくないという気持ちが強く叫んでいるのを感じて、シュウは失望した。自嘲の笑みすらこぼれた。

(最低だ。僕は)

 白竜をこんな目にあわせておきながら、まだ自分は身の保身を考えているのか! シュウはにじむ涙を必死で抑える。しかし、白竜に嫌われたくないという心は、紛れも無く本心だった。
 自分は罪深い。その意識に押しつぶされそうになる。自業自得だ、とシュウは行きたくないと泣く足に鞭を打って、エンシャントダークの連中が待つ練習場へと足をすすめる。仲間にこんな姿は見せられない、シュウは両手で目をごしごしとこすり、涙がおさまってくれることを祈りながら、最低の二文字をしっかりと心に刻み込んだ。

(僕は最低だ)



「どうしたんだよ? 顔青いぜ」
「あっ」

 カイがぼうっとつったっているシュウの顔を覗き込む。自分は心配されるほど表に出していたのだろうか、シュウはごまかすように頬を流れる汗を拳で拭う。

「気のせいじゃない?」
「いーや、気のせいじゃないね。……白竜のことか?」

 カイの言葉に、胸がどくんと疼く。知らない、と答えた声は震えていた。
 その様子に合点がいったのか、カイはしばらく目を彷徨わせていたが、決心したように口を開いた。

「お前、白竜のこと好きになっちゃったんだろ」
「……知らない、知らないよ……」
「……お前がそういうなら俺は知らない振りをしてやるよ」

 カイはどうしてこんなに、鋭いのだろうか。シュウはカイから顔を背ける。いや、自分が分かりやすいのかもしれない。どこまでわがままなんだ、とシュウは自分に泣きたくなる。
 けどさあ、とカイがボールを弄ぶ。エンシャントダークお得意のトリッキーな動きだ。手足がなめらかに泳ぐ。

「さっき白竜みた。その後にシュウが来たから、お前、途中で白竜に会ったんだろ」
「…………」
「教官に提出したんだな」
「……きっと白竜は僕を恨む」
「それはどうか分かんないけど」
「恨むさ! だって僕は……僕は……最低なんだ!」

 未だ弄ばれるボールをカイの足から奪い、思い切りゴールに叩きこむ。ボールはネットを食いやぶらんばかりに暴れた。
 森の中、練習するエンシャントダークの選手たちの中、カイとシュウの会話はごく小さなものだった。しかしシュウのただならぬ様子に、カイは頭をかく。

「シュウが最低とは思わないけどさ」
「君は何も……知らないから……」
「うん、オレ、シュウのこと全然知らない。知らないから言うけど。そんな辛いと思うんだったら、そんな恋やめちゃえばいいじゃん」
「…………」
「そんなに嫌われたくないんだったら、今からでも謝りにいって、謝り倒してこいよ。そんで、自分の気持ち伝えてこい。許してもらえなくても、お前に惚れてた白竜みたいにしつこくつきまとえばいいじゃん」
「……カイ」

 シュウが初めてカイを見つめる。その目が涙でうるんでいるのを見て、カイは少しだけ恥ずかしそうに笑った。

「カイ……ごめんね、僕は……」
「気にすんなって、キャプテン。まあ、ここは俺にまかして、お前はさっさと行ってきな」
「……うん。ありがとう!」
「オッケーオッケー」

 いってらっしゃい、と手を振るカイに心がじんわりと温かくなった。このことを知っているのが、カイで良かったと思う。
 シュウは置き言葉もそこそこに、一目散に教官室へ走った。来たばかりなのに早々出ていくキャプテンに皆目を丸くしてきょとんとしていたが、カイがどことなく楽しそうに見送っているので、皆練習を再開し始める。
 いつもの風景だった。
 道行く人が驚くのも構わず全力で走ると、すぐさま教官室が見えてきた。そこから白竜がきれいな礼をしてでてくる。白竜、とシュウは急ブレーキをかけた。

「! シュウ」
「や。……今話が終わったの」
「……ああ」

 突然目の前に現れたシュウに白竜は驚きを隠せないでいるも、ぎこちなく目を逸した。その様子にシュウの心に暗い気持ちがよぎる。きっと全てを知ったのだ。
 シュウは深呼吸を一つすると、白竜の目をまっすぐに見つめる。

「ごめんね、白竜。僕の……僕の無責任な行動に振り回しちゃって」
「……そうだな。俺も不注意だったとはいえ、お前の行動に迷惑を被ったのも事実だ」
「うん。本当にごめん。許してもらえないかもしれないけど、僕は、本当に反省してる。何度でも言うよ。ごめんね」
「……シュウ」
「僕、君に嫌われたく、ないんだ」

 白竜が瞠目する。今まで横を向いていた彼が、初めてシュウを見た。その瞳にシュウがちゃんと映っているのを見て、シュウは少し安心する。

「君は僕のこと、嫌いかもしれないけど。勝手なことばかりでごめんね。……君も、練習に行かなきゃ。だから、もう話はこれで最後だ」
「俺は」
「……これが僕の、君への気持ち」

 言葉で言おうとすると、とめどなく言葉が溢れてきて、まとまらなかった。だから、シュウは白竜の肩に両手を添えると、ほんの少しだけある身長差を埋めるために、顎を持ち上げ、白竜の頬にキスをした。
 「なっ」さっとシュウが離れると、白竜がキスをされた頬に手を当てる。「お前、今」

「じゃあね、白竜、またあとで」
「おい、ちょっと待て!」

 白竜の制止を振り切ろうとするあまり、誤って教官室に入ってしまった。やばい、とシュウが冷や汗をかいた時、

「おおシュウ! 今お前を呼ぼうとしていたところだ!」

といういやに上機嫌な牙山の声が降ってきた。
 「……は」シュウはきょとんとする。怒られこそすれ、ほめられるようなことは何一つした覚えがない。
 しかし目の前の牙山はシュウを喜び勇んで迎えようと、ポマードで固めた髪を撫でた。
 一緒に入ってしまった白竜は、所在無さげにシュウの横で佇んでいる。

「お前が偶発的に作ってしまった薬だがな、フィフスセクターの粋を集めた科学力で先ほど成分分析が終わったところだったのだ」
「……はい」
「調べてみたところ、これは――自白剤と似たような成分を持っている。しかも一般で使われているものよりも遥かに効力が高く、危険性が少ない。一体どのような調合を行った?」
「はっ?」

 ぽかんとして牙山の顔を見つめる。自白剤。簡単に言うと、精神の抑制を取る薬である。
 シュウは恐る恐る隣の白竜を見た。白竜は目線を下に落として、シュウの視線など気に求めていない様子だったが、その頬は真っ赤に染まっていた。それを見てシュウの頬にも熱が集まる。
 うそ、うそだろ。

「シュウ」
「……あっ、は、はい。えっと、調合したものはよく覚えてません。けど、森に見慣れない新種の草があったから、それが原因かも」

 その植物が生息している場所を聞かれたので、できるだけ丁寧に答えると、牙山は少し不満気に言った。「これだけ質のいいものができるとは。肝心の調合法が問題だがな」
 軍事目的に利用するつもりだったのかもしれない。なんだか違う意味でとんでもないことをやらかした気がするが、牙山の様子からして、それがまた使われる日は遠そうに思えた。
 礼もそこそこに、二人で教官室をあとにする。しばらく、無言だった。
 シュウは白竜を見上げると、そっと声をかける。

「……自白剤って言ってたね」
「…………」
「白竜、もしかして知ってた?」
「……さっききいた」
「ふうん。……君、薬飲んでた時のこと覚えてる?」

 白竜の足がとまった。シュウが振り返ると、白竜がほおずきのように真っ赤な顔で睨みつけてくる。

「覚えてるに決まってるだろう!」
「え、あ」
「日がなお前につきまとって、好きだなんだと口説きあげたあの醜態、誰が忘れるものか!」

 ちっ、と白竜が舌打ちする。

「そうだよ、俺はお前が好きだ。嫌いになんか誰がなるか。俺はお前が好きで好きでしょうがなかったんだよ!」

 彼の行動は、彼の本心からきていた行動だったのだ。シュウは白竜に負けず劣らず、顔を赤くさせる。
 牙山の説明からすると、あの薬は普段秘密を抑制する気持ちが大きければ大きいほど効力を発揮するらしい。彼が外聞を気にせずシュウに愛をささやき続けたのは、それほど覆い隠す彼の精神が強かったということか。確かに、普段の様子からはそんな様子は微塵も感じられなかった。
 黙ってしまったシュウに不安になったのか、白竜がつらそうに顔を歪ませる。

「……引いたか」
「え」
「俺のあの様子を見て、引いたか。俺はあの自白剤を飲んでああなるほど、お前が好きなんだ。……引いただろう」
「そんなこと!」猛然とシュウが突っかかる。「あるわけないじゃないか、僕だって、君が好きなんだよ!」
「……シュウ」
「さっき、言ったじゃないか……」

 急に恥ずかしくなって、ぼそぼそとつぶやくと、白竜が微笑をたたえる。やれやれ、といったように息をついた。白竜の舐めるような視線に、シュウの背筋がぞくりとする。

「そうか。シュウはそんなに俺が好きなんだな」
「……う。ゆ、許してくれる?」
「……もう一回キスしてきたらな」

 えええ。シュウはのけぞる。ほら、と近づいてくる白竜の肩に両手を添え、押し戻そうとすると、「違うだろう」と怒られる。うれしそうな白竜の表情を至近距離で見てしまって、シュウはどぎまぎした。
 意を決して、もう一度キスをしようとする。しかし。

「や……やっぱり無理! みんな待ってるし、早く行こうよ」
「仕方ないやつだな」

 シュウがほっと息をついたのもつかの間、一瞬、白竜に唇を塞がれた。すぐさま離れた白竜の顔を見て、何が起こったか理解に時間を要するシュウは目を白黒させる。

「うえ、……えっ、今っ、白竜きみ」
「お前、焦ると爪を噛む癖があるの知ってたか?」
「……知らない」
「あとで爪切ってやるよ。お前の部屋に行くから」

 キスをされた唇に指先を当てていると、さっそうと白竜が歩いて行く。
 というか、部屋にくるのかよ! シュウは慌ててその後を追いかけた。幸せな気分だった。

「……白竜はずいぶんと物事を進めたがるんだね」
「今までずっと我慢してたんだ。これくらいいだろ」
「襲ったりしたら、僕怒るからね」

 白竜の隣に並ぶ。余裕綽々といった態度だったが、隠し切れない頬の赤みを、シュウは見逃さなかった。
 俺は紳士的だからな、という白竜の声は、どうにも響かない。

【終】
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